僕が王子と呼ばれていた頃
いや半分以上馬鹿にする感じで言われてたことがあって、全然誇らしい話じゃない。
大学の時に金髪にしていてグルングルンの天パだったから多分その印象と、当時マックとウィンドウズが学校のパソコンルームにあってマックばっかり使ってたらそれが珍しかったみたいで。部屋に半々でウィンドウズPCとアイマックの初期型の奴がいっぱい置いてあったんだけどフロッピーディスクとかから書いた課題やレポートをプリントアウトしたりするための。マックの方はいつもガラガラで、常にそれを使うような奴はレアだったそうだ。野球の何とかいうハンカチ王子とかがちょうど流行ってたからそれにあやかってマック王子って陰で言われてた事を、俺がダブった後に副手になった同期の友達が教えてくれた。
今思えば恥ずかしい経験に違いないけど当時は少し嬉しかった事を覚えてる、マックユーザーがスタバでドヤ顔するようになる前の時代の話。
その頃に、ある人物に焼いてもらったCDに聖歌ばっかり入ってる奴があって、最近フラックとかいうハイレゾ音源に手持ちのCDを全部変えてパソコンで聴けるように取り込んでる時にひょっこり出てきた。ずっとその素性を知らないままでいたんだけど何かデータを勝手に曲の長さとかでタイトルや作曲者を見つけてくれるソフトがあってそれで見たらジョスカン・何とか言う人が作ったらしい。
荘厳な曲で、当時付き合ってた彼女に聞かせたらお経みたいでこわいよって言っていた。
何とか卒業していくつか職を変えて京都で営業をしてた時に知り合って仲良くなった先輩、フランスに留学して何かのクラッシックの楽器をやってた彼が、普通に知っていたのでびっくりした。
ロックとかポップスしか聴かない適当に無知で薄っぺらい音楽人生を送っている俺にはそんな世界もあるんだなあって感想だった。
今パソコンを起動してアーティスト名を確認したらジョスカン・ディプレ、アルバム名はミサ・パンゲ・リンガというそうだ。
ググったらめちゃくちゃ偉い人でバッハとかの対位法を最初に完成させたのだとかそんな情報が書いてあってだいぶ古いらしい。
疲れた時に聞いたりすると和声の響きが落ち着く。何言ってるのかどころか何語なのかすら分からないけど。
その先輩が生きていたら、教えてもらうことも出来たんだろうけどある時俺のしょうもない行動が元で喧嘩して、そのあと連絡を取らなくなった数年後に彼は癌で亡くなった。
どうしようもなく馬鹿で無茶苦茶だった当時の事を思い出しながら、今でも何も変わってないことにため息をつきながら、その音楽を聴いているとどこかに救いがあるような、こんな人間でももしかしたら救われるのかも知れないみたいな気持ちに少しだけなれる。
最近大学の後輩に電話したら土建屋に就職出来たそうだ。三十を過ぎてニートをしていた、多分破天荒ででたらめないわゆる作家の生活みたいなのに憧れてまともに人生を考えたりしないで過ごして来た同志みたいに思っていた奴だ。
才能って何だろう。
ベックというグランジロックのミュージシャンはホームレス生活をずっと続けてやっとヒットしたと、最近洋楽は歌詞を読みながら聞いているんだけどネット社会は便利だから英語の分からないところなんかはカンニングでそのへんの在野の人が訳詞だとか解説を書いてる奴がいくつかあるその中の一つにあった。
最後までただのホームレスで終わる巡り合わせの悪い人の方がはるかにたくさんいるんだろうし、ちゃんと諦めてまっとうに生きる道を選べる人も多いだろう。辞めさえしなきゃ他の人がどんどん挫折していって、残った数人になれれば何とかなるって聞いたことがあるけど話半分だと思う。
何か大それた事をしたかったのに、何も出来ないで狭い部屋に閉じこもってスマホ見て自慰ばっかりしてるような人生しか送れない、そんな現実。
何者かの人物には永遠になれないって知ってる。
はい。でも、それでも、まあ別にいいんじゃない。
医大に行ったのにニートしてる人だっていて、音楽の才能があって哲学の知識も半端ない人だってあっけなく死んでしまったりするし努力とかってしても心の本当の底で嫌々だったら結局何にもならんのだわ。
何がしたいのか。
いや何も。
日本中のニートを集めてニートの国っていうのを建国して、そこの王になってニートをする、みたいな夢物語を思い描くくらいに何もしたくない。
土方になった後輩は、「働けって言われたんじゃなくて、親戚の会社で人が足りないってひたすら言われて」って言ってて、何の望みももはや抱けない敗残者には、誰かに望まれる事でしか自分の目指す指針を持ち得ないんだと思う。
敗残者って何に負けたのかって言ったら、現実。詳しく言うと、こうありたいと思う自らの姿が他の誰にも認められなかった、ってところだろうか。
それは俺も全く同じ、っていうよりこれはむしろ後輩を引き合いにして俺自身の事を言っていて、今働いてる会社には人手不足だって頼まれて入った、自分の希望は見ないふりで。
希望。どっかにはそんな形のない何かがあるんだろう。こんなに挫折を感じてても多分。
チー転無双みたいな奴かな。
いやそんな姿すら描けないしさらにそれを気に病んで自分を責めて卑下しているし罪悪感まで持ってる、そんな、よくいるとは言わないがたまにいる情け無い駄目な奴でしかない。それでももう、「誰でも俺を殺したらいいだろ」みたいな若々しい気持ちにもなれないし。
まあ馬鹿は馬鹿なりに、クズはクズなりに、負け犬は負け犬なりに、でも心の中には色々あるんだよ。
俺と同じように出来の悪いこの世界に住む全員に、その中の数人にでも何かを与えて喜んで貰えればそれで嬉しいんじゃないかなって今は思ってて、ただその為の何かを一つも持ってなんかいない。
それでも、何かしたい事を探すことだけは遅いも早いも無くていつだって、何一つ持ってなくたって出来るからこうやって駄文書いて誰かに何かを発信してる気分に浸りたいってさっきふと思ったそれだけの話。