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悪党に鉄槌を 殺人犯に花束を  作者: 菊郎
第三部 殺人犯に花束を
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第三部 十四


 真っ当な言い訳は手に入った。カーティスは通話を終えると、ポケットにスマートフォンを突っ込み、アレクシアのもとへ戻った。

 悪党と協力するのは忍びない。だが、アレクシアを守るなら話は別だ。バルタサールの相手はメキシコの連中がすればいい。

 カーティスは棚から拳銃(相棒)を取り出した。スライドの動作やグリップの握り具合など、不備がないか確認する。さらにテレビの下段の棚を引っ張り、なかに入っていた武器を取り出した。


「どうしたの」


 動きやすい服に着替えたカーティスが振り返ると、アレクシアが心配そうにこちらを見ていた。拳銃をレッグホルスターに収めたカーティスは、


「君を守る。冤罪をかけられた堅気(市民)を助けるのは警察の義務だ」


 防弾チョッキを付け、その上からミリタリージャケットを羽織った。棚から拳銃の弾を取り出し、空のマガジンに押し込んでいく。


「どうして」


「メキシコから来た協力隊は、君を殺そうとしてる。リカルド・サンティジャン、ひいてはパトリシオ・アルアージョの引き金だ」


 いつの間にか真顔になっていたアレクシアは立ち上がった。


「なんで知ってるの」


「さっき君の父親から訊いた」


「……そうだったんだ」


 カーティスはマガジンをポケットに入れると、リビングのクローゼットからバックパックを取り出し、缶詰など日持ちする食べ物を詰め込み始めた。


「殺人犯は、償いを受けるべきだわ」


 震える細く美しい右手を、カーティスの両手が包んだ。幾度となく銃を握り、ナイフを握り、血に塗れたその手は武骨だった。だが力強かった。


「当然だ。だが、死ぬのは間違っている。ちゃんとした場所で裁きを受けるんだ。それまで君を守る」


「でも、ひとりで大勢を相手にするなんて」


「なにも真正面からぶつかるわけじゃない。バルタサール・ベネディクトが、パトリシオ・アルアージョとリカルド・サンティジャンの癒着を確かめるまで持ちこたえればいい」


 十四年前、イラク戦争で敵の機甲師団を相手にたった六人で渡り合った日が脳裏に浮かんだ。あのときよりも分が悪い。しかし、ロンドンは戦闘地域ではないし、地形も熟知している。時間を稼ぐだけならどうにかなる。


「あなたに死んでほしくない」


だから君を守るんだ(・・・・・・・・)


 命を失うことだけが死ではないと、カーティスは知っていた。

 カーティスはテレビの側にある棚のいちばん下の引き出しから、リボルバー式の拳銃を取り出した。手でできるだけ錆を取り除くと弾を装填し、予備の弾とともにアレクシアに手渡した。


「護身用だ。使い方は……わかるな」


 アレクシアは黙って頷いた。


「ただし、使うのは最後の手段だ。万が一、俺がやられたときにな」


 ※


 リビングのテーブルに広げたロンドンの地図と、カーティスは睨みあっていた。明日の作戦開始は七時。動き出すなら今日の深夜がいい。

 アレクシアの準備が整ったことを確認し、彼は手持ちの荷物に漏れがないかもう一度確認を取り始めた。

 バックパックを開けた瞬間、カーティスの家の呼び鈴が鳴った。


「誰か来たみたい」


 ソファーに座っていたアレクシアが言った。


「念のため、俺の部屋に隠れてくれ」


 カーティスはレッグホルスターに手をかけつつ、ゆっくりとした足取りで玄関へ向かいながら、板一枚を挟んださきにいる来訪者の姿を思い浮かべた。

 最初に想像したのは、エドワードとクライヴのどちらか、あるいは両方だった。それか、アレクシアのことを知って駆けつけた警察関係者か、メキシコの協力隊か。

 相手が誰だろうがここには自分しかいないと言い張るつもりだが、令状を持って押しかけられたら打つ手がない。最悪、関係者には全員眠ってもらう。

 小さな覗き穴で外の様子をうかがうと、ひとりの男性が立っていた。明かりを点けたものの、右端にいるせいで、帽子を被っていることくらいしかわからない。

 意を決したクライヴは、ドアノブを捻りそっとドアを開けた。


「こんばんは、カーティスさん。おお、顎髭生やしたんですね」


 男の無機質な右前腕が、玄関の明かりを照り返した。


 ◆◆


 ケビンを寝かしつけて寝室へ向かったクライヴは、手に持っていた紅茶の入ったカップをポーラに手渡した。ふたりでベッドに寄り添って座り、ひとときの団らんを楽しむ。妻が静かに紅茶を喉に運ぶ一方で、クライヴのカップに注がれた紅茶の水面は、わずかに波打っていた。不安に染まる自らの顔を、ずっと見つめていた。


「大丈夫?」


「最近、疲れが溜まってるだけだよ」


 クライヴは今回の仕事を案じていた。

 明朝から始まる作戦、カーティスは消極的になるはずだ。これまで親しく付き合って来た女性を殺すなど、精神にどれほど負担がかかるかわからない。どんな理由があるにしろ、ようやく立ち直りつつある男には、あまりに惨い。せめてあいつが、アレクシアと話し合う時間をつくれないだろうか。


「明日も早いんでしょう」


「七時集合だから、五時くらいには起きないと。今日はもう寝ようか」


 激務でくたびれた体に親友への憂いが重なって、クライヴは強烈な眠気に誘われた。ポーラに頬に口づけをしてベッドに潜り込んだかと思うと、あっという間に眠りに落ちた。


 ◆◆


「アレンなのか?」


 目の前に立っている男は、紛れもなくアレンだった。美青年という形容がふさわしかった顔は、いまでもその面影を色濃く残していた。整った顔立ちを見れば、浮き出たほうれい線も気にならない。かつて第二十二歩兵分隊の一員として、カーティスとともに修羅場を潜り抜けてきた戦友。思いもよらぬ邂逅に、彼は言葉を失った。


「じつは、ふたりもいます」


 アレンは背後を向くと、義手となった右前腕を振り上げた。通りに止まっていたアウディの運転席と助手席が開いたかと思うと、屈強な体格の男がふたり、こちらに近づいてきた。


「隊長、元気そうでなによりだ」


 同じ三十代だというのに頭髪に白が混じっているハワードを見て、カーティスは彼がイラク戦争後に送った人生の壮絶さを感じた。それでも、戦地にいた頃と比べて幾分か若返っていた(・・・・・・)。重火器の扱いに長けていた両腕は、いまでも変わらず太かった。


「ハワード」


 カーティスは戦友の名を噛み締めた。


「私を忘れてもらっては困るよ」


 アレンの左に立っているノーマンが言った。頭に生い茂っていた茶髪は跡形もなく消えていた。頭部が玄関の明かりで反射しているのを見て、カーティスは笑いをこらえながら言った。


「ノーマン、聖書は相変わらず読んでるのか」


 ノーマンは微笑みながら、


「もちろん」


「どうしてここに? こういうのもあれだが、お前たちに家を教えた覚えがない」


 アレンが口を開いた。


「昨晩、携帯電話にメッセージが届いたんです。ノッティングヒルの住居を示した住所と、『お前の戦友に危険が迫っている。明日の晩までにここへ向かえ』という文言が。それも三人全員に」


 玄関を開けっぱなしにしていたため、カーティスもひとまず外に出た。夜に冷やされた空気が彼の顔を撫でた。辺りは静まり返り、ときおり通る車の音だけが響いている。


「加えて、互いの連絡先が記されていました。そこで私たちは連絡を取り合い、ロンドンのビッグ・ベンの前で落ち合いました。通りに止まっているアウディはノーマンのです」


 本当ならこのまま家に招き入れ、朝まで酒を飲みながら語り明かしたいところだが、タイミングが悪い。カーティスは思考を切り替えた。


「悪いが、いま同窓会を開いている余裕はないんだ。あと一週間、下手すれば半月くらいは家を空けなくちゃならない」


「それを助けるために俺たちがいるんだぜ」


 ハワードが言った。


「『お前の戦友に危険が迫っている。明日の晩までにここへ向かえ』。その危険ってのは、いま隊長が直面していることだろう? ひとまず話してくれよ」


 カーティスは三人を家に招き入れると、リビングに集めてこれまでの出来事を3人に話した。重大犯罪対策チーム(SCO0)、バルタサール・カルテル、アレクシアのこと。ひと通り話し終えたカーティスは、重しから解放されたような気がした。

 三人はアレクシアと握手を交わした。


「つまり、メキシコにいるバルタサール・ベネディクトが癒着の事実を訊きだし、サンティジャンに命令を止めさせる。それまでそちらのお嬢さんを護衛すればいいと」


 メモを取っていたノーマンは、カーティスが時間をかけて説明した内容を要約した。


「そうだ。相手は、メキシコの協力隊に加えて、ロンドン警視庁。もしかすると銃器専門指令部(SCO19)が出てくるかもしれない」


 ハワードは眉をひそめた。


「マジかよ、特殊部隊か」


「適当に交戦しつつ逃げ続ければいい」


 ハワードとノーマンは、カーティスに協力することを前提に話を進めていた。


「ちょっと待ってくれ。三人の申し出はありがたいが、武器はどうするんだ」


「これを見てください」


 その言葉を待っていたかのように、アレンは持っていた自分のスマートフォンの画面をカーティスに見せた。画面には、さきほどアレンが述べていた内容とは異なるメッセージが記されていた。


 <武器が必要ならここに寄れ>


 その下に添付されていた画像を見たカーティスは驚きに目を見開いた。

 映っているのは、彼の行きつけのパン屋だった。



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