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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

改良工事

作者: 潮路

工事とは安全を担保する為に行うもの。

つまり工事中の場所とは、悉く危険なものなのだ。


 夜。いつもの通り散歩をしていると、通行止めのバリケードが設置されていた。

 その隣には、ヘルメットを被った男性が「今、工事してる。危険だから、すまんが迂回してくれ」なんてことを言いながら頭を下げている、お決まりの看板が。

 迂回路を見てみると、相当の遠回りをしなくてはならないし、車通りが激しい割には歩道も狭いときている。なにより、このバリケードの先には、散歩をする目的の一つにもなっている高台がある。そこから眺めるビル群は絶景なのだ。

 バリケードの先を見てみる。コンクリートこそは禿げているが、歩けない状態というわけでもない。周りに工事関係者のような人たちもいない。そうなれば、取る手段は一つだ。

 バリケードの間を縫って工事現場に入り込み、舗装されていない上り坂を歩いていく。一歩進む度に、砂利が擦れる音がする。この先にいつもの光景が待っていると思うと、胸が高鳴った。

 しばらく歩き、ちらりとビルの頂上が視界に入った時、ボンと何かが弾けた音がした。その次の瞬間、ビルが突然横に倒れ、地面が視界に入り込んだ。自分が転倒したことを把握するのに少し時間がかかった。

 立ちくらみでも起こしたのかと思った。しかし、起き上がる為に右足を立てようとしても、何度も崩れ落ちてしまうのだ。

 なぜだろうと思い、何気なく右足を見てみると、膝から先がきれいさっぱりなくなっている。その光景があまりにおかしくて、アハハと声を出して笑った。いくらなんでも、突拍子がなさすぎる。

 しばらくすると、その笑いも引きつったものに変わった。脳内麻薬が切れてしまったからなのか、焼けるような激しい痛みが容赦なくやってきた。無意識のうちに、眼から涙まで流れ出ている。

 意識が醒めるとともに、事態がようやく吞み込めた。自分の右足がどうした理由かは知らないが失われてしまったこと。切断面から血が流れ続けていること。移動は絶望的だということ。携帯電話は家に置いてきてしまったこと。夜はまだまだ、これからだということ……

 会社はどうしようか。この様子では、入院しなくてはいけないだろう。プロジェクトのリーダーとなり、ようやくこれからという時だったのに。肝心な時にリーダーが失踪だなんて、確実に混乱するに違いない。上司も部下もこぞって家に電話をかけてくるだろうし、これでは嫁にも迷惑が掛かる。

 そうだ、嫁。今、妊娠六ヶ月なのだった。腹を蹴ってくるとか言ってたっけ。あいつ一人じゃあ、生活も大変だ。無理をしたら、赤ん坊にも悪影響が出る……俺がいない間、無理を承知で友人にでも色々頼んでみるか?

 友人にしたって、中々気の毒だ。結婚式の友人代表に俺を選んだのだから。手紙を読んだり、出し物でバンドをやることも決めている。二次会の幹事だって申し出ているのだ。もう、一週間もない。今更止めようもないが、この様ではとても出席できない。新郎側だけ代表がいないなんて、そんなことあるか。

 頭がふらついてきたのは、痛みのせいか、血が流れ出ているせいか。まさか、死んでしまうなんて、そんなことないよな。父さんにも母さんにも、まだ、何も恩返し出来ていないのだ。孫の顔を見せたり、海外旅行のペアチケットを渡して、沢山くつろがせてやるんだ。

 焼けつく痛みが消え去ると、手足の先から徐々に冷たくなっていくのを感じる。細胞の一つ一つが「ON」から「OFF」になっていく。夢のように感じていた「死」が、徐々に現実を塗り替えていく。一体なぜ、こんなことになった。そもそも、自分に何が起こったのだ……


 工事現場の前。

 スーパー帰りのおばちゃんが、工事理由の看板を見て苦言を呈した。

「あら、地雷の撤去作業だなんて、物騒ねえ」

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