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気狂い教授の講釈②

 あっ、もしもし? ……聞こえてる? そっちはどうかしら。楽しんでる?

 ああ、ついにボロが出たのね。まあ、せいぜいその程度よ。人の生き死になんて誤魔化しきれないわ。そうでしょう?

 え? わたしが何かやったかって? まあ、ちょっと伏線は張ったわね。でも、言ってしまえばそれだけよ。

 あの叔父さんに、甥っ子が生きているかもって教えたのは、確かに先輩の刑事だし、たまたま聖兄さんの顔を知っているその先輩刑事が、五年前にこの魅島市警察に異動していたり、その直属の部下が、聖兄さんの聴取を取っていたり……そういうものもすべて偶然だわ。偶然ってすごいわねえ。ただ、わたしはそういう『偶然』を知ってはいたけれど。

 ……あら、わたしは天下のアリスちゃんよ? それくらい出来ないでどうします?

 でも大丈夫。きっとあなたは、また(あきら)兄さんに会えるもの。近いうちにね。

 誓ってあげる。だから悲しまないで。あなたが悲しいと、わたしも不思議と悲しいの。

 わたし、人って生き物が、心底愛しくて愛しくてたまらないんだもの。なんて果敢(はか)なくて苦しい生き物なのかしら。思い込みが激しくって、愚かで、可能性が無限大。そうでしょう?

 でもあなたは、ちょっと違うわね。興味深いわ。憎らしいわ。嫉妬しちゃう。

 あはは。ちょっと話しすぎちゃった。

 だってあなた、前、わたしのことを無視したでしょう? 話したいことはいっぱいあったのに。わたし、うきうきして掛けたのに。悪い人ね。でも嫌いじゃあないわ。

 どうか元気を出してね。じゃないと、本当に死んじゃうんだから。

 あなたが?


 ……ええもちろん。


 あなたと、誰かと、誰か。


 みんな死んじゃうんだから。


 全部死んじゃうんだから。





 がちゃん!


 ◎◎◎◎◎


 あなたはどうして、わたしの研究を手伝ってくれるのです。

 魔女は語る。


 ――――知りたいものが、たくさんあるの。百年では足らなかった。千年でも足りなかった。それだけ。それだけ……。だから、あなたたちは可哀想。


 そりゃあ、あなたから見れば、どんな生き物もちっぽけでしょうとも。


 ――――ちっぽけでも、一つとして同じ死は無いわ。実に興味深いこと。それをすべて記録できたのなら、もっと研究がはかどるかしらと思ったこともあるわ。


 そんなことが出来るのですか? 生物すべての死を記録するなんて。


 ――――あら、できますとも。もちろん膨大な時間と、特殊な肉体が必要だけれどね。わたしの目は、今この時も、観測しているのよ。


 ――――いいこと、ジェイムズ。この世であなた程度が考えることが、どうしてこの世に存在しないって思うの? 無いのなら『無い』と証明しなくては。箱の中には『有る』のかもしれないわ。そうでしょう?



 1950年代ごろからだろうか。魔女と博士は、わたしとの研究から緩やかに手を引きつつあった。

 いや、実験結果は変わらず報告しているのだが、とくに目新しい反応をするでもなく、意見するでもなく、アドバイスがあるでもなく……そう、なんというか……こちらを静観しているように思う。

 わたしはこの数年、試されていると感じている。このままでは、わたしは見限られてしまうのかもしれない。



 ……一つの試みを、試してみようと思う。

 この実験において、必要になるのはソフィにもたらされた魔術のすべと、わたしが持ちえるだけの科学の知識だ。

 魔術処置を施した受精卵の細胞分裂の初期過程……つまりは胚発生の過程において、魔術的処置を再び施すことは、過去にもやってきた。そして生まれたものを見て、わたしは早々に失敗を悟ってきた。

 封印したその実験を、わたしは便宜上『キメラ実験』と称している。

『キメラ』と冠するとおり、これはヒトの胚に、他生物の遺伝子を魔術的手法で結合させる。いや表現が難しい。融合? 混合? 捏和? 捏和は違うか。


 今までのキメラ実験体は、理性というものはなく、ただ破壊的衝動を抑えられない、生命力に溢れただけの生物であった。その姿かたちは、たとえば、ギリシャ神話に出てくる数々の怪物たち、ラヴクラフトの創作に出てくる奇形の生物、中国の伝承にある異形に似ている。

 もともと、『アリス』を造るにあたって、派生した研究をもとにした実験であり、その目的は『アリス』に還元されるためでしかなかった。



 わたしがこの実験を再開したのは、まったくの思いつきである。

 世界中には、異類婚姻譚と称される逸話が数多く残っている。時に異種との交配により生まれた生物たちは、多大な役目を負う。キメラの語源となった怪物『キマイラ』や、多くの兄弟姉妹の怪物たちも、その母エキドナもそう。

 あるいは、アーサー王伝説に登場した獣は、王朝崩壊を予言する不吉の象徴として現れ、グリフォンは権力を表し、東洋ならば、瑞兆を表す神獣の多くがキメラ的合成獣であるし、エジプトの神々などは、それそのものが獣面をした人間として描写される。アメリカ大陸にも、蛇や鳥などの一部を、何らかの外見特徴として持つ神が多い。キメラ生物は、併せ持った生物が持つ特性を、良くも悪くも強化した働きをする傾向にあるように思う。


 魔女たちが人類の祖である以上、過去、各地で語られたこれらの怪物たちが、本当に存在しなかったと言えるのか? 古代バビロニアの獣の怪物エンキドゥは、野性を捨てて知恵ある人間に変化したというではないか。あの魔女が、このわたしが思いつくことを試みなかったと?

『アラン』は、人類が三十年先の未来に到達するであろう知識を有していた。それは何よりの裏付けではないか?



 神の血を受けた獣。あるいは、神の意志に追従する獣。



 わたしは科学者として、過去の経験として、神というものを信じていない。けれど、でも……もし、それが存在するとしたならば、それはもう、ずっとわたしの目の前にいたのでは? 少なくともわたしにとっての『神』とは、彼と彼女だ。


 世界創造を成した神。それらの神話は、どこから来たのだろう。誰が最初に口にしたのだろう。神そのものが、人々に語った? 魔女が自らを、『原初の女』と言うのはなぜ?

『魔女』とは、つまり……?


 わたしは二つの意味で、神に試されていると感じている。

 結果的にこのキメラ実験は、のち数十年に渡り、アリス研究と並行して追究した。

 どうして失敗だと決めつける? 不可能ならば、『不可能』と証明しなくては。






 1988年の2月2日!わたしは彼女が生まれたこの日を、絶対に忘れないだろう!


 第32実験、この奇跡の子をアリスと名付ける。成功体につけようと数十年夢想してきた名前だ!

 母親は第六実験のアンナ。やはり、魔女の血を引く母体は優れた実験体を産む。アンナが成功体を産んだのには、やはり父親の血にもこだわったからだろうか。

 成果を見てほしい一心で、連絡をする。博士に取り次いでもらうと、一言『もう行っている』とのこと。

 やはり! 今までにないソフィの行動に、やはり彼女は成功体なのだと確信する。

 戻ると、すでにソフィがベッドの脇で、アリスを眺めていた。こんなに誇らしい瞬間があろうか!










 ……ああ、悲しいことを書かなければならない。これは記録だから、真実を偽りなく綴らなければならないのだ。

 ソフィは言った。


「この子は魔女ではない」

 この子とはつまり、アリスである。

 要点を纏めるならば、アリスは魔女の領域には達していない。しかし、魔女の血を引くものとしては、最もその性質を受け継いだ個体であることは間違いない。

 では、なんであるか。

 その質問にソフィは少し、頭を探る仕草をした。

 仮称をつけるのならば、魔女の稚児といったところである――――そう、たとえばこう呼称すべきだ。

 生まれながらの賢者。知識を行使する瓶詰の生命体ーー――ホムンクルス、と。



 ホムンクルス『アリス』は、哺乳類的な生殖機能が退化しており、生物として虚弱である。生命活動においては、魔術と医術、両面においての処置が必要になる。

 しかしこの、小さな未熟児の脳みそには、今! もうすでに! 膨大な量の情報が詰まっており、ある一点においては『魔女』をも凌駕する能力を得ている。それは『アリス』としては、十分に成功と言える能力だ。

 では、アリスが、その能力を備えて後天的に『魔女』になることはあるのかという問いに、ソフィは首を振った。

 母体となって死んでいった者達と同じである。ぎりぎり母体となるほどには成長するだろう。そして、やがては身に持つその能力に潰される。しかしその前に、その体を使えることが出来れば……あるいは。

 “次”ならばもしくは……と。

 アリスを母体とすれば、次の世代はもしくは、と。




 わたしはさっそく、彼女の伴侶の選定を始めた。

 あの『実験』が、実になりつつある。ソフィの第三世代、つまり孫にあたる研究員に産ませたキメラ実験体の一人が、極めてまれな性能を見せている。

 キメラ材料は、哺乳類型のネコ科。魔女の血縁による下位互換的能力と、キメラの利点である身体能力を備えている。また、ネコ科はイヌ科と同じく哺乳類系の中で、最も繁殖能力が高い。

 この夫の血なら、次の世代でアリスの肉体の弱さを補いつつ、ほかを損なうことも無いように思われる。彼を第一候補として育成する。


 ああ、アリスの次の世代に、わたしがまだ生きている保証はどこにあるのだろう!

 時は疾風のように過ぎていく。わたしはもう、聳える九十年の歳月に手をついている。あともう少し。もう少しなのに! 雲の上の領域まで、もう少しで手が届くというのに!

 人類には、流れる薄れた魔女の血を、神の血を、濯いで濾過し、抽出する作業が必要だ。豚や馬や犬猫は、品種改良によって種を拡大した。

 それらを古代より手ずから行ってきた我々が、どうしてそれをしてはいけないのだろう。

 これは禁忌か? 否、否、否!

 神が罰する? いいや! そんなわけがない!

 本当に神がいるのなら、どうしてわたしはアランに出会った? 彼女に出会った?

 彼女がわたしに与えたのだ! 知識を! すべを!

 アリス! 神様の子! わたしのホムンクルス! おまえは出来そこないの魔女なのだそうだ。

 ああ、ぼくの魔法使い! おまえがちょっとでもぼくを憐れんで導いてくれるというのなら、ぼくの願いを叶えておくれ!



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