拒絶
聖は急いて数十枚目の襖を開き、「あれ」とつんのめる様に足を止めた。
(おかしい……もう二十四枚は数えたはずだ)
この立ち並ぶ四畳間は、聖と大陽が三つ前の生の時にこさえた結界だ。
入口と出口は同じだが、正しい道順は通るものによって異なる。正解の道を辿らなければ、いつまでもいつまでも出口には辿り着かない。これによって何十二も閉じ込めているものは、今は深い深い眠りについていた。
作り手である聖は、今まで一度もこの迷宮から抜け出せなくなったことは無かった。狭い四畳間がよけいに息苦しい。
背後を振り返ると、今しがた通ってきた四畳間が口を開いていた。
(戻るか? ……いや、進んで原因を突き止めておいた方がいいか)
脳裏に、聖との会話が過る。体ごと顔を正面に向けた時だった。
ごとん。
片足が蹴っ飛ばしたそれが、ごろりと転がった。白い布袋でできたそれは、中身が割れて口から洩れている。
「……骨壺? 」
緻密な刺繍のされた袋を持ち上げた聖は、背後で襖が閉じる音を聞いた。
(閉じ込められた! )
背後から、音が迫ってくる。
………リリリリリン。ジリリリリリリリン。ジリリリリリリリン。
足元がぶよんと沈みこんだ。水が染み出すように畳を濡らし、急速に腐らせていく。
足だけではなかった。天井から、雨のように水が湧いてくる。
「サキ様! お止めください! 」
どこからか、少女のすすり泣く声が聞こえる。
「サキ様! ……くそっ」
聖は、拾い上げた布袋の口をくつろげる。手掛かりはこれだけだ。滑らかで固く伸びない布地を強引に暴くと、ぼとぼとと割れた陶器とともに、中身が水に零れ落ちる。
それは泥のようなものだった。ひどい悪臭がし、粘度のある液体とも固体ともつかない、遺骸の成れの果てか悪夢の残滓のようなものだった。
水に落ちた残骸の中に、鮮やかに青い紙片が沈んでいるのに聖は気が付く。拾い上げた指先ほどの紙片には、流れるような文字でこう書かれていた。
「『わたしをお食べ』って……なんて悪趣味……な…………」
聖は、瞬間目の前に閃いた自らの思考に、額を抑えて足を踏みしめた。
「そういう……ことか! アリス、あの女……」
少女の声がすすり泣きを止め、くすくすと笑っている。
これは『サキ』の声ではない。
「アリスめ……サキ様の体を手に入れるつもりか! 」
聖は布袋を放り出し、満ちていく水で手を洗った。
かつて、聖の魂が獣だったころ。
彼の神は、三晩の雨で世界を浸そうとした。その雨は彼の神の嘆きの涙であり、浄化のための水であった。そのはずだ。
聖は顔を上げて水を受け、目を閉じる。
(……忘れていた。もともとあの方は、お優しくて無垢なんだ)
そう、夢うつつに子供の姿を選び取るくらいに。
(抗ってはいけない。俺が信じなくてどうする。……これはあの方からの救いの手だ)
瞼の奥で、あの日の赤い空が見えた。
雨の止んだあと、ふやけた太陽で満ちた水は赤く染まり、彼の人のいない世界で聖はそれを見た。
……再び瞼を開いたとき、乾いた四畳間の中心に、聖は立っていた。