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沈黙

 微睡みの中で、彼女は空にいた。

 錦と輝く空に、聳える岩山のような質量ある雲が、彼女を囲い込んでいる。風は彼女のスカートの裾を乱すほどにも激しいのに、あたりは一切の無音だった。

 意識のどこかでは、微睡む自分を自覚している。しかし瞼の裏の瞳には、確かにそこに立つ自分がいた。

 切れ切れに声が降ってくる。女のような高い声。子供のものかもしれない。

 ――――通行儀礼? 名のショウメイ?

「名前を言えばいいの? あたしの名前は……――――」言葉が途切れる。

 ……あれ?

 あたしの名前は何だっけ。



 ◎◎◎◎◎



 恐ろしい夢を見た気がして、夜も明けぬうちに目が覚めることがある。

 そういう日はなぜか、×××と○○○が何かを察したように部屋にやってきて、眠るまで傍にいてくれる。

 鮮やかに色づいた夕日の雲を見ると、地面が揺れている錯覚をして、どうしてか不安になって涙が出る。

 ふとした時、どこかで聞いたことのある声が、誰かの名前を呼んでいる。

 その声が繰り返し呼ぶ名前や、浮かぶ感情の意味を、サキは知らない。



 美嶋邸は沈黙していた。

 周囲の家屋が明かりを落とす中、深夜を大きく回っても、美嶋邸の居間と玄関の明かりは消えない。

 一人息子が帰宅せず、すでに三日。その日は長針が頂点を指した頃から霧雨が降りだし、虫の音すらも黙する夜だった。

 だから丑三つ時にインターホンが響いたとき、サキは布団の中で凍り付いて、シーツにしがみついた。階下で玄関に向かう足音は、大陽のものだ。

 引き戸が開く音がする。微かな女の声と、それに応じる大陽の声。何を話しているかは、床板に遮られていて分からない。

 この家では、何か異常なことが起こっている。サキはそう感じていた。

 『兄』である純は、温和な性格の中学生だ。眼鏡の奥は優しく細められていて、声を荒げたところなんて見たこともなく、叱られることも喧嘩をした覚えもない。そんな彼が、深夜に家を出て行ったまま帰らない。

 ――――これからどうなるんだろう。


 サキは枕を抱えてすすり泣く。得体のしれないものが迫っている気がした。

 やがて泣き疲れた少女が眠りに落ちたころ、足音が忍び寄る。

 慎重に最低限の幅だけ開かれた襖から体を滑り込ませ、大陽はサキの眠る布団の傍に腰を下ろした。

 少女の柔い髪を撫で、抑えきれないため息を漏らす。しばらく寝顔を眺めた大陽は、去り際に小さく喉を震わせた。

「……我らが主」

 大陽は、サキを確かにそう呼んだ。

「御身は必ずお守りいたします。悠久にお側にと、お約束いたしましたから……」

 カタン。

 襖が音を立てて閉まる。

(……あるじ? )


 サキは布団の中で目を開き、冷たい汗をかく。大陽の抑揚のない低い声は、あまりに冷たく聞こえた。

 彼女はぎゅっと目を閉じ、軋むほど鳴っている胸を抑えて丸くなった。



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