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音声記録

 ◎◎◎◎◎


「交渉……と、いうと、君はなにを出せるんだい?」

「俺の持っている、アリスについてのすべて」

 俺は、目の前の若い男の神官に向かって、なるべく不敵に見える様に笑んだ。神官は頷いて、「わかりました。それで十分です」と言った。


 看守の神官が連れてきたのは、灰色の髪をした若い男の神官だった。十代後半から、二十代前半。いや、もう少し上かもしれない。

 灰色の髪は、この男の第一印象を老けさせた。垂れた目じりが細くなっていく柔和な顔立ちをしていて、体格は痩躯、身長は座っているのでよくわからない。


「まず、あなたの名前と立場、生い立ちについて、教えてください」

「俺はチェシャー猫。戸籍上の名前はアレン・C・フェルヴィン。ジェイムズ・フェルヴィンの養子ってことになってるはずだ。母親はカミラ・グリム。うちの研究員兼実験体だった女で、『魔女』の第三世代目……つまりは俺の曾祖母は魔女にあたる。こいつの親父がドイツ人だから、母にはドイツ名が付けられた」


 神官は、視線で俺を促した。その仕草で、俺は録音されていることを悟る。


 ◎◎◎◎◎


(ガガガッ、という、マイクの位置を操作するくぐもった音)



 ……俺は、キメラ実験の第三十六世代目の実験体だった。使われたのはネコ型。材料になった父親の方は知らない。母親のカミラは、俺が生まれてすぐに逃亡して、そのまま逃げ切れず死んだらしいって聞いてるな。

 思い入れ? 無いよ。あるわけないだろ。会ったことも無いのに。


 アリスとは……五歳かそこらか? それくらいから一緒に育ったな。アリスは五歳当時から、すでにかなりの能力を使いこなしていた。あんたも見たんだろ? あの手帳。そう、俺にも魔女の下位互換能力がある。


 それは変身能力と、怪力、精神感応、の三つだ。変身能力と怪力は、キメラとしての基本能力。

 精神感応っていうのは、今のところ、俺と、アリスと、白兎にしかない能力だ。目の前にいて、自分に意識を向けている誰かに、こっちも意識を向ける。そうすると、そいつの考えていること、意識してほしいことがよく理解できるっていう能力。ようするに、テレパシーだな。ただし考えの表層の意識しか読み取れない。


 白兎は、それが感情を読み取ることの方に特化している。空気を読むってやつ。

 俺の方は、知識を読み取る。講義の理解が深まるんだ。1訊いたら10が分かるってえの? 見たことが無い道具を渡されて、『これは料理に使う道具です』と言われたら、目の前のリンゴの皮をお手本みたいに剥いて見せることができる。教えられると、無意識に教師役が考える『正しいやり方』が分かるんだ。そういう能力。


 アリス? アリスはどちらも複合して使えるな。あいつは特別だから……。


 ジェイムズは、その能力を利用して、俺たちに教育をした。動物を中心とした自然科学、進化学、医学、解剖学、化学……神話や各地文化も魔女について理解するために勉強した。アリスのサポートをするために必要と判断された広い知識を、ジジイ自らの手で教育された。

 そのジジイを、他の研究員と一緒に殺ったのが、十二の五月。今から一年半前だ。

 ……なぜ殺したか。そりゃあ、これからの障害になると判断したからだ。

 何のって……アリスの計画にだ。

 はあ? どうして世界征服を企てたって……ああ、わかったよ。わかった。


(ズズズッ、という椅子を引く音)



 まず、アリスの能力について話す必要があるな。これから言うのは、うちの機密事項だぜ? 文書にもしちゃいない。禁止してる。俺自身も、頭ン中にあるけどあえて口に出すのは初めてだ。

 一度しか言わねえからな。


 アリスの能力の第一段階は、さっき言った『精神感応』だった。目の前にいる人間が感じていることを、リアルタイムで『受信』する。

 第二段階は、より深い深層心理への『侵入』だった。記憶と、それに付属した感情、ついでに知識を『閲覧』して、血脈を『検索』し、先祖を割り出すところまで出来るようになった。ここまでは、目の前の一人の人間に集中しているときに限り、使える能力だった。

 第三段階。周囲の人間……正確には、壁で隔てられた一つの密室状態にいる複数の人間の記憶、知識への『侵入』『閲覧』を可能にした。また、能力が発達したことで、自己認識……今見て意識している五感を操作して、『幻覚』『幻聴』などを起こす『五感干渉』が可能になった。このあたりから、アリスの能力は『精神干渉』と名前を変える。

 第四段階。『千里眼』能力の出現。『過去視』が発現。

 第五段階。『予知』能力の発現。予知は極めて断片的に、睡眠中に行われる。『予知』と『千里眼』は、周囲の認識をより広範囲に、深く認識できるようになったことから発現した。

 第六段階。『予知』能力の発展。覚醒中にも予知を行うことができるようになる。これで、現在を見る『千里眼』と『精神感応』、過去を見る『過去視』、未来を視にあたる『予知』を発現させたことになる。

 第七段階。『精神干渉』の発展。『侵入』『閲覧』『五感干渉』の強化と、対象の血脈や交友関係を伝い、他者への『精神干渉』も可能になる。 

 深層心理へ『侵入』、記憶から知識を『閲覧』、対象の血筋を『検索』し、対象の深い関係にある人物にも、『侵入』を可能にする。これに距離や、物理的な隔たりは関係が無い。



(男の声)


 ……そうだ。


 アリスは『予知』を覚えたことで、ジェイムズの抹消を決めた。

『予知』の発現の経緯はこうだ。アリスの『精神干渉』のネットワークが可能になったことで、ほぼ完ぺきな未来の予測が出来るようになった。それを『予知』と定義したんだ。だからアリスは、『精神干渉』によって、対象の情報が多ければ多いだけ、より詳細で確実な『予知』ができる。事の発端はそれだった。


 ……え?


(ゴトゴト、という何かを置く音。飲料水を入れたコップと思われる。)


(水を飲む音。)



 ……そうだよ。研究資料や、実験の内容は全部覚えてる。記録になったやつも、なってないやつもだ。アリスについて必要なことは一語一句記憶してる自信があるよ。当然だろ? アリスのことだからな。

 ……もういいか? 続けるぞ。


 アリスは自分自身にも『検索』をかけて、俺や、他の実験体たちにも干渉をしていた。

 アリスは干渉しているときの感覚を、電話やインターネットに例えていた。

『電話番号を知っている人間の家を乗っ取り、新しい電話番号を手に入れると、その人の家も乗っ取ることが出来る』んだとさ。アリスはそうやって、ネットワークを広げていくんだ。ウイルスみたいにさ。

『乗っ取り』をしないで、『閲覧』に留まることを、俺たちは『同期』と呼んでいる。アリスは『同期』で、他の実験体たちや、研究員たちのしていることをたまに覗き見ていた。『ジェイムズ』との『同期』がお気に入りだったな。ジェイムズの記憶は、かなり面白いものだったらしい。『魔女』の顔を、俺も見せてもらったよ。『同期』してアリスから『送信』すれば、俺にも見ることができるんだ。

 それが発端だった。


 アリスは、ジェイムズの記憶の中を潜るうち、やつの野望と、その方法を見てしまった。あと、他の実験体たちへの実験の内容だな。


 そりゃあ、人体実験してんのは知ってたよ。俺もアリスもな。ケーサツに捕まるようなことをいっぱいしてんのは知ってたし、俺たち自身も普通のガキが一生縁のないような訓練や実験をやらされた。

 でも……あーっ! なんて言ったらいいんだろうな! 実験内容を説明すンのは得意なんだが……。

 俺たちは、教養として『標準』の基準は知ってた。法律や、情緒教育のために見せられたビデオとかでな。漠然とした『普通の家庭』のイメージを与えられた上で、だから俺たちは特別なんだって、そう言われてきたんだ。特別だから違うんだって。


 そこに、アリスは『同期』で具体的な『普通』を知った。感情も込みで、幸せな子供……不幸な子供……不幸なのか幸福なのか分からない子供……さまざまなパターンを学習していった。この時点じゃあ、俺たちはまだ納得してたさ。

 でもジェイムズのあの実験は……違ったんだ。ぜんぜんそういうのじゃ、無かった。


 ……前提として、俺たちは特別な実験体だった。

 コストも手間も時間もかかってて、二度と同じものを作れるかどうかも分からない。そんな俺たちを作る過程で、失敗作として処分された実験体は山ほどいた。俺たちは知識でしか、それを知らなかったんだ。


 アリスは……好奇心が旺盛で、知りたがりだの女の子だ。

『これは何? 』『何がどういうこと? 』っていうもんでさ。魔女の血を引いているからなのか、どうかはわかんないけど……でも、そういうやつなんだ。疑問を持ったら、それがどんなに恐怖を覚えるような、嫌悪するような内容でも、途中で目を背けるってことが出来ない。

 失敗作の実験体とされた奴らでも、すぐに処分されるわけじゃない。ある程度の能力は持っているから、文字通りの『実験体』として、俺たち『成功作』には危険で出来ない実験に、使い潰されるまで酷使される。


 クイーンとキング、白ウサギは、そういう『失敗作』の実験の中で、特異な能力が発掘されて『成功作』に繰り上げられた実験体だった。


 アリスは、ジェイムズを嫌いになったってわけじゃあ無かった……と思う。

 少なくとも俺は、ジェイムズを理解できた。


 ジジイの記憶を見ていると、不思議な気分になったんだ。ドン底から這い上がっていくのは爽快だったし、映画の主人公みたいで羨ましかった。たくさんの実験も、それをジェイムズの立場でやったなら、どんなにドキドキすることだろうって思った。試験管と顕微鏡とデータとにらめっこして、指がインクまみれになりながらレポートを纏めて、やがて世界を構成する設計図が見えてくる! ……それは漫画や映画よりもすごい世界だった。世界一贅沢で楽しい趣味。

 でも、俺とアリスはそっち側じゃない。

 顕微鏡で覗かれるほうの側で、机の上で解剖されるほうの側だ。……解剖されたことは無いけどさ。

 ジェイムズは、魔女が一番怖かったんだ。神様っていうやつが怖かった。自分が机の上で解剖される側だっていうのが、ずっと怖かったんだ。


 だからジェイムズは、神になりたかった。アリスを使ってさ……。

 アリスは、そういう時に『予知』を覚えた。

 アリスに蓄積されたジェイムズの情報は膨大だ。なんせ、記憶も端から端までダイジェストで見てるしな。アリスは何パターンも『予知』をして……そう、『予知』って、一つのパターンだけじゃないんだよ。……それで決めた。

 あいつを殺すってさ。


(男の声)


 ……さあね。アリスがどんな『予知』をしたのかなんて、俺には教えてくれなかった。最終判断はいつもアリスだ。俺たちはそれで失敗したことなんて無い。

 ああ……俺、なんでこんな話をベラベラしてんだろうなぁ……。


(男の声)


 ……『同期』の前兆?

 とくには無いな。ただ、アリスはほら、『精神干渉』を電話に例えてたって言ったろ?親しい仲間に限っては合図を送ることはしてたんだ。

 電話の着信音。音楽だったり、初期設定だったり、人によって違うけど。頭ン中でさ、合図に響くんだ。最近はインターネットとかにハマってたな。あれがもっと発展したら、アリスの『干渉』も形を変えるかも……おい、どうしてそんなことを訊くんだ?


 (沈黙)


 ……分かったぞ。あんた、何か知ってンだろ? ほら、俺は話したぜ。とりあえずはここまでだ。次はあんたの番だろ。なぁ?

(男の声。『……わかりました。何を訊きたいのでしょう? 』)

 まず、あんたたちは異世界人か?


 …………。

 ……なんだ。違うのか。


 じゃあ、あいつらはどうなった? 帽子屋、クイーン、キング、白ウサギ……眠りネズミと三月ウサギは、あの日あの研究室にはいなかった。うまく逃げ果せたんだろ?

 分かるって。言っただろう? 俺にも『精神感応』はあるんだよ。俺には質問の『正解』が分かるんだ。

 まあ、ただの人間にしちゃあ、もったいない奴らだよ。あっ、先に言っとくけど、あいつらのことについては話さないぜ? ちょっと頭がいいだけの、ただの人間だからな。これくらいのハンデいいじゃねえか。ははは。


 ……帽子屋はどうした?

 あいつ、裏切ったのか? あんたたちの仲間だったのか? ……違う? じゃあ……くそっ! あいつ、操られてたんだな。あいつはどこにいる?

 ……ああ、そうだよ。アリスは帽子屋にやられたんだ。あいつを操ったのはあんたたちか?

  ……違うな。あんたたちじゃない。じゃあ誰だ。管理局とやらのやつらか?


 アリスは……いや、いい。クイーンとキングは? 白ウサギと逃げたか?

 ……だんまりかよ。まあいいや。逃げたんだろ。どうせ。分かるよ。

 白ウサギがうまくやったな。クイーンは白ウサギの言うことなら半分くらいはきくのさ。白ウサギの頭と、クイーンの体とキングの慎重さを足して割ったらちょうどいいんだって、帽子屋がよく言ってたな。

 ……あんた、やっぱり何か知ってるな。


 あと、俺になんかしただろう。自白剤か? いや……俺はちゃんと頭が働いてるぞ。何か……そうか、そういう術が何かだな? 正解か。何を知ってる?

 異世界人のことか? ……イエスだな。

 それは管理局とかいうやつら? イエス。

 アリスは生きている? ……イエス。

 帽子屋のこと? ……イエス。

 キングたちの行方? ……ノー。

 帽子屋を操ったやつ? ……イエス? ノー? 決めかねてるってとこか。

 アリスの行方? ……これも目星はついている感じだな。

 ……そうか。誰かアリスと接触したんだろう。『同期』されたんだ。違うか? いや……でもアリスは仲間にだけしかあの合図は…………そうか。そうか!


(椅子が転がる音。『座ってください』という声。)


 そうか! 分かったぞ。アリスがどこにいるか。

 そうか……そうか! アリスは生きてるんだな! そうか! それなら俺たちの勝ちだ! ざまあみろ! アリスは生きてる!

 はははははは!

 分かったぞ! あんたたち、魔女の手引きがあるんだろう! イエス! イエスだな! そうだろう?

 じゃあ魔女もそこにいるんだ! じゃあここは……。分かったぞ、はは! 俺も遠くに来たもんだなあ!


(『座って』と繰り返す声。)


 アリス! 俺はここだぞ! 分かってるんだろ! おい!


(扉が開く音。)


 ……ん? 何だ?


 あんた誰だ。

 おい、何してる。ふざけてんのか? おい。

 何をしようって…………。


(重いものが落ちる音。)


(沈黙)


(男の声『彼を部屋に』)


(『わかりました』)


(ガタガタ、ゴソゴソという音。)



(録音機を叩く音。)


 あーあー……。


 大丈夫。壊れてないみたいだ。録音もできてる。

 いや、ありがとう。助かったよ……。

 アリスの能力は、彼の言葉が確かなら……そうとうに恐ろしいものだね。

 彼、十四歳だって? 質問していて怖かったよ。同時に、なるほどとも思ったな。世界征服なんて、どこまで本気かと思ったら……確かに、彼らには出来てしまうかもしれないね。正直、質問攻めにされた時は、焦って黙り込むしか出来なかった。

 失敗したよ。たぶん彼はまだ、一番大事なところを言っていない。アリスが『現在』、どれほどの能力を保持しているのか……とかね。

 ……それは大丈夫。結界を張ったのは君じゃないか。

 アリス……彼女はまだ姿を現さない? そうか……。

 あの子は? どんな感じ?


(女の声)


 そう……。

 ああ……大陽さんと聖さんによろしく。あの人たちも大変だ……コジロウさん? コジロウさんは、どうせ元気だろう? 心配ないさ。


(女の笑い声。)


   ははは……。

 うん。そうだね。うん……。

 ……ねえ、うめちゃん、僕は……。



(ブツンッ)



 ◎◎◎◎◎


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