第4話
黒崎とは、小学校からいっしょで母親も良く知っている。かなり、疲れた様子であったが、黒崎の母親は笑顔で私を出迎えてくれた。
すぐに帰るつもりであった私を母親は強引なまでに引き止め、リビングに通した。恐らく、黒崎は何も話していないのだろう。突然、様子がおかしくなった息子の原因を私から探り出そうとしている様子で、学校での彼の行動などを詳しく聞かれた。しかし、本人が隠している事をどこまで話していいものか分からない。あたふたしていると、2階から黒崎の声が聞こえた。
「おい、誰か来てるのか?」
母親は、私の名前を伝えると、本当に私なのかと何度も念を押し、黒崎は階段を下りてきた。目の下に隈ができ、やつれていた。
「よかった。お前が来てくれて、誰かに話さなきゃ気が狂いそうだった。」
黒崎は、涙ぐんで私の手をとった。
カーテンが閉めっ放しの彼の部屋に通されると黒崎はすぐに扉に鍵を閉めた。私をソファに座らせ、自分はベッドの上に腰掛けた。
「木ノ下は、無事か?」
私は頷く。
「学校には来ていないが、亡くなったとかそういった話は聞いてない。」
黒崎は安堵の溜息をついた。
「実は、俺の所にも来たんだ。浅木が・・・。」
「えっ。」
「5日前の晩だ。寝ていると、誰かが俺の名前を呼んでいる声で目を覚ました。俺の場合は山田裕香の声だった。時計を見たら深夜2時だぜ。しかも、ここ2階なのに声がどんどん近づいてくる。布団を被って必死にお経を唱えたよ。声は部屋の外をグルグル回っているようだった。」
「・・・で、どうなった。」
「どうもこうも、10分。いや、その時は、もっとずっと長く感じたけど、あとで時計を見たら10分ほどだった。それで声は消えた。」
私は、鼓動が早まっていくのを感じた。
黒崎は、もう1人でいると頭が変になりそうだと私に訴え、数日間泊まってくれと懇願してきた。正直、私はいやだった。しかし、すぐに私の所にも浅木がやってくるのではないか?その時、ひとりでは、私もどうにかなってしまいそうだと思い、結局親に連絡をとって2日間、黒崎の家に泊まることにした。
私が、泊まるということで黒崎も随分元気が出たようすで、彼の母親は大いに私の事を歓迎してくれた。テーブルに乗り切らないほどの料理と私が飽きてしまうだろうからと新作のゲームを3本も買ってきてくれた。
そして、その晩のこと。深夜12時を回った頃。
ゲームをしながら、私はウトウトとし始めていた。黒崎は、明日も学校を休むつもりだろうが、私はそういう訳にもいかない。ゲームに夢中になっている黒崎を横目に深い眠りに入っていった。
「おい。おい。」
黒崎が、私の肩を揺する。
「お前、何かいったか?」
寝ぼけ眼で私は首を傾げた。
「いや、ごめん。今、寝てた。」
黒崎は、納得いかぬ様子で辺りを見渡す。そして・・・。
「ほら、やっぱり声がする。お前の声じゃないか?」
「なに言ってるんだ。俺は、何も言っていないじゃないか。それに、何も聞こえてこないぞ。」
黒崎は、テレビを消して耳を傾ける。
「ほら、お前には聞こえないのか?声が近づいてくる。」
黒崎の顔は蒼白になり、私の腕にしがみ付いてきた。私も、怖くなり彼にしがみ付く。黒崎の視線が、カーテンの閉まっている窓に向いた。
「お前の声が、ほら、窓から聞こえてくる!俺の名を呼んでいる。助けてくれ!!!」
黒崎は、私の背中に隠れ、お経を唱え始めた。彼の手から振るえが伝わってくる。
いよいよ、私も怖くなり「部屋から逃げるぞ!」と叫んだ。
しかし、黒崎は、「ダメだ!窓やドアを開けたら浅木が部屋に入ってくるぞ。分かるんだ。俺にはわかる。部屋に入ってきたら殺される!」
そう言って、私の足にしがみ付いた。
壁にかかっている時計に目をやった。12時15分。私には、声が聞こえはしなかったが、それでも10分間、この状況が続くかと思うとすぐにでも気が変になりそうだった。
階段を駆け上ってくる足音が聞こえ、私と黒崎は同時にドアへと視線を移した。
「大吾、どうしたの?何かあったの?」
黒崎の母親の声だ。階段を駆け上りながら、こちらに声をかけてくる。助かった。私は、ドアへ駆け寄り、鍵を開けようとした。
「ダメだ、開けちゃ。浅木かもしれない。あいつは、誰かの声を借りて、俺たちを油断させようとしている。そうして、部屋に入って俺に呪いをかけるつもりだ。」
狂乱して、私の腕を黒崎は掴んだ。しかし、私はその腕を振り払い、鍵を開けた。もう、この部屋にいるのは耐えられない。それに、今の声は私にも聞こえていた。間違いなく、声の主は黒崎の母親だ。鍵を開けた瞬間にドアが開いた。黒崎の母親が息を切らして立っていた。部屋でうずくまる黒崎を見て「何があったの?」と私に聞いてきた。
私がどう説明すればいいのか、頭の中を整理しているうちに黒崎がうめき声をあげ始めた。彼のうめき声とは別の方向から、
「黒崎・・・。黒崎・・・。」
テープをスロー再生しているような声が私にもはっきり聞こえる。自分の声のようにも思える。黒崎の母親の背後、暗闇の階段から聞こえてくるように感じた。
声は徐々に近づいてくる。闇の中に目を凝らす。足をするような音と共に人影が階段を登ってくる姿が見えた。
私は、言葉を発することすら出来ずに立ち尽くした。ただ、視線を反らすことも出来ない。
気が付くと浅木は目の前に立っていた。
乱れた髪、青紫の肌。骨がむき出しになった頬。感情のない、目で私を見つめていた。手には、私の生首を抱えている。
遠くから、黒崎の母親の声が聞こえてきた。なにやら、心配した声で私の名前を呼んでいたが、それからの記憶はない。
目を覚ましたのは、自分の家のベッドだった。後で、聞いた話では私はその場で気を失ったらしい。しかし、私よりも大変だったのは黒崎の方で、彼は過呼吸で意識を失い病院に運ばれたそうだ。命に別状は無かったが、それ以来、彼は学校へ顔を現さなくなった。噂では、転校したという話も聞いた。




