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第2話


 そして、それからひと月が経った頃。


「お前、恭子の話を聞いたか?」


 私は、何の事だ?と返した。すると、黒崎は私の手を引いて田中恭子の前まで連れて行った。


「恭子、昨晩、お前が見た話をこいつにもしてやってくれ。」


 田中恭子は、親指を噛み締め渋っているようすであったが、やがて小さく頷いた。


 昨晩、風呂に入っていた時の事だ。その日は、父親の食事会に両親ともに呼ばれ、家には恭子ひとりだけだったらしい。シャワーで頭を洗っていると誰かに名を呼ばれた気がして顔を上げた。シャワーを止め、辺りに耳を傾けるが声は聞こえてこない。-気のせいか?


 そう思い、再び蛇口に手を伸ばした瞬間、小さくだが再び自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。始めは、両親が帰ってきたのかとも思ったが、声質がまったく違う。

首を傾げていると・・・。


「恭子・・・。」


 驚き、恭子は持っていたシャワーをタイルに落とした。今度は、すぐそこ。風呂場の壁の向こうから聞こえてくる。


「恭子、開けて・・・窓を開けて・・・。」


 曇りガラスの向こうに人の影が映っていた。声の主は、クラスメートの木ノ下智子だった。すでに、夜の8時は過ぎている。それも、玄関からではなく、直接風呂場で声を掛けてくるなんて・・・。眉間にシワを寄せていると。


「恭子、開けてよ。早く。」


 影は、雲ガラスを激しく叩き出した。何かあったのだろうか?体を隠す事も忘れ、窓を慌てて開けた。


 外の冷たい風が一気に風呂場に入り込んできた。濡れた、髪が急速に冷えてゆく。

目の前の光景に理解が出来ず、ただ硬直し立ち尽くしていた。


 木ノ下智子。彼女の顔には首から下がない。


 生首になった彼女は女に抱きかかえられていた。乱れた髪、青紫の肌。女の顔は頬から下の皮が殆んど剥がれ、骨が見えている。瞳孔の開いた眼。血と泥にまみれた制服。-浅木真紀子だ。


 電車に轢かれた時のまま、彼女はそのままで姿を現した。死体。生気をまったく感じることの出来ぬ死体が立ち上がり、木ノ下智子の生首を持って目の前に立っている。


 声を上げることすら、眼を瞑ることすらできない。田中恭子は、ただ立ち尽くした。


 浅木真紀子の口から小さなうめき声が聞こえてきた。そのうめき声が不思議と何を言っているのか恭子には理解できた。


・・・呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。


 田中恭子は、気を失いその場に倒れ込んだ。



 話を聞き終えた私は、すぐに教室を見渡し、木ノ下智子の姿を探した。黒板の前で他の生徒数名と笑顔で雑談を交わしている。


「どういうことだ。」


 口に出してから、私はその質問がまったく無意味である事に気が付いた。

 案の定、「分からないよ。」と、いう答えが恭子から返ってくる。


「木ノ下には今の話をしたのか?」


 恭子は首を振った。もっとも、今の話を本人にしていたら、あんな笑顔で友達と話などしていないだろう。


 教室のドアが開き、担任の早瀬がパンパンと手を叩く。生徒たちは、一斉に自分の席へと戻った。


 その時、まだ田中恭子には聞きたい事が沢山あったが、遂に聞くことは出来なかった。田中は、その授業中、気分が悪いと席を立ち、帰り道に車に轢かれて亡くなったのだ。


 轢かれた場所は、浅木が電車に身を投げた場所から200メートルと離れていない場所だった。


 教室には、主のいなくなった机が2つに増えた。


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