表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

3.蕾から開花へ (end)

 本日は曇り。暗い曇りではない。晴天に近い。青空が見える。雲も少ない。

「あら、今日はまた物騒な本を読んでるのね」

 ヴォルドさんの声に顔を上げる。

「本の装丁は怖い雰囲気が出てますけど、内容は勉強になりますよ」

 ヴォルドさんのお店の奥にいさせてもらっている。夕方前の時間はお店も穏やからしい。

ヴォルドさんは店内にお客さんがいないから、と奥で事務作業をしている。

私は近くで本を読んでいる。獣について書かれている本だ。


 獣は森からでることは殆どない。出てきても、こちらから危害を加えなければ攻撃されることはない。体を使った直接攻撃が多いが、国の外には魔力を持った獣もいる。こちらの方が厄介だ。自我がもっているかのような変則的な動きをする。

 そして、獣を退治する仕事。人数が多いのは、騎士団。ひとつの国に縛られない戦士、騎士、魔道士など。


「獣はなくなると思いますか?」

「なくならないわ。量は減っても消えはしない。光と影があるように、この世界の一部だから」

「……なら、増えることはありますか?」

 ヴォルドさんが静かに目を伏せる。

「そうね、……増えると言われたときもあったわ。でもいまは増えるより前に、騎士団が退治している」

「ルミエールが…」

 黒い液体をつけて帰ってきたことを思い出す。

「私……、どうして戦えないんでしょうか。攻撃魔法が使えれば私にも――」

「アオイちゃん、見誤らないでね」

 方法はあるはずだ。私にも戦える方法が。

「大丈夫です。胸張って報告できるように頑張ります」

 にっこり笑ってみせる。ヴォルドさんも安心したように笑った。


 カラン、とお店のベルが鳴った。お客さんだ。ヴォルドさんが商品スペースへと訪問者を出迎えに行った。

 私は何冊目かの借りてきた本に手を伸ばす。鞄の中にはぎっしりと重みがある。

「アオイちゃん!」

 血相を変えたヴォルドさんが叫ぶように名前を呼んだ。





 城の近くに騎士団の宿舎がある。隣り合わせのように医務室もあった。

「ルミエールが怪我をした」と彼は言った。

今回は運が悪かったとも言った。獣の数が推測より多く、状況が不利になった、と。

 ベッドに眠っているルミエールを見る。

右腕から胸元まで包帯で巻かれている。治療の際に取られたのか、サイドテーブルに彼の上着がある。

赤く汚れている。

顔色が悪い。目の下の隈は私のせいだ。夜遅くまで私の話を聞いていたから。傷が痛むのだろう。表情も悪い。

 癒したい。魔法で少しでも傷を軽くしたい。

包帯へ、そっと手を合わせる。掌に熱量が集まり、ぼんやりと淡く光る。すり硝子越しのように視界が滲む。

「うっ……」

 ルミエールが小さく呻いた。

「ルミエール?」

 声を掛けると、瞳がうっすらと開いた。

「アオイ?」

「そうだよ。ここにいるよ」

 傷ついていない方の手を握る。

「どうしてここに?」

 彼はゆっくりと瞬きをして焦点を合わせた。

「ヴォルドさんに教えてもらって」

 嗚咽で言葉が詰まる。

「あー…、格好悪いところ見せてしまったな」

 彼の言葉に頭を振る。涙が零れた。

「心配かけたな」

 そっと、親指で涙をすくった。

「違う。びっくりしただけで……」

 泣くつもりなんかない。ないのに、溢れ出てくる。そのたびに彼が拭ってくれる。

何度目かのときに、ルミエールが気付いた。

「花も持ってきてくれたのか?」

 サイドテーブルに置いた花を見て言った。花瓶に生けていない。紙で包んだだけの花束。

「家の近くに咲いていた花だよ」

「こんなに……気付かなかった。アオイが咲かせたのか?」

 頷いてから顔を上げる。ルミエールがベッドから上半身を起こしていた。

支えようと背中に手を伸ばす、とルミエールが呟いた。

「すごいな……」

 息が多く零れる。傷口が傷むのだろうか。

「すごくなんて、……ないよ」

 私の魔法は不完全だ。未熟だ。花を咲かすことしかできない。


「ごめんね。私のせいだ。もっと知っておくべきだった」

「どうしてだ?」

「だって、私はそのためにここにいるんでしょ」

 異世界の人間の力があれば傷つかない。私さえ使い方を知っていれば。

獣を退治する力。夢物語だとしても願ってしまう。魔法でもなんでもいい、私に力があれば。彼に必要とされる力が。


「アオイがいなくても戦うことはできる」

「でも……怪我してる」

「誰も傷つかないのは難しいことなんだ」

「わかってるよ、でも」

「お前が傷つくのは嫌だ」

 優しく頬を撫でないでほしい。また涙が溢れそうになる。

「……つかないよ」

 あの顔だ。また、悲しそうな顔をしている。

ルミエールは分かってたんだ。

異世界の人間がどうして求められるのか、分かって黙っていた。

「ずるいよ。私だってそんな姿見たくないよ」

「アオイ、俺はお前が好きだ」


「好きだから守りたい」

 濡れる瞼を瞬いて彼を見つめ返す。怪我をしている方の手を、両手で包み込む。力を加えないようにそうっと。

「……怪我はしないで。危なくなったら格好悪くてもいいから逃げて」

「努力する」

「ほんとに?」

「あぁ、死なない程度に頑張る」

「なにそれ」

 ふ、と思わず笑みが出た。

気付くと距離が近くなっていた。私の頬を両手で包み込み、彼が優しく目を細める。

ルミエールは、濡れた頬にキスをした。





「白魔道士?」

「そう」

 魔法使いと呼ばれて、白魔術士、更にその先に白魔道士がある。治癒、回復を特意とする魔道士のことをいう。

「目指そうと思って」そう言ってルミエールを見上げる。

怒ってはいないけど複雑な表情をしている。口角は上がったまま私を抱き寄せた。

毎朝のマーキングである。

「学校に通ったり、誰かの弟子にしてもらうのか? それとも独学で?」

 首元で声が響きくすぐったい。

「図書館に来ていた女の子に紹介されてね。師匠っていうのかな? 先生を紹介してもらえたよ。まだまだ現役だっていう、おじさまで――」

「男か?」

「う? うん」

 おじさまって言ったよ?

私が話している途中に言葉をかぶせるなんて珍しい。いつも、うんうん聞いてくれるのに。

 抱きしめている腕に力が込められる。ぎゅっと、潰れそうなぐらい。潰れる手前で力を引いてくれているんだろうけど、いつもより長い。

 腕を緩めて離れるときに、彼が頬にキスをした。

「いってくる」

「うん。いってらっしゃい、ルミエール」

 どうか、今日も君が元気に過ごせますように。

 君が元気に帰ってきますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ