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2.降り注ぐのは雨か愛か

「曇ってきた」

 窓から見える空を見て思わす呟く。

「朝は晴れていたのにね。雨が降らないうちに帰る?」

 狐のヴォルドさんが言った。

「いえ、もう少し」

 ヴォルドさんと一緒にランチをした。

一緒に座っているテーブルの上には小さな袋にラッピングしたお菓子が置かれている。

作りすぎたと言って出してくれたお土産用の焼き菓子だ。家に帰ったらルミエールと一緒に食べるつもり。


「気になる本をがあるんですけど見てもらえませんか?」

 机の上に本を置く。<異世界について>と書かれている本。

この世界についての考察や著者が思うことが書かれていた。タイトルの異世界とは、私がいまいる世界の方だった。

異世界――この世界について様々なできごとが異世界人の視点で書かれている。

生活のちょっとした疑問から、食べ物に関することまで。注意が必要な物事に関しては詳しく書かれている。毒をもつ植物、調理にこつがいる食べ物、怪我をしたときはここの店の薬がいいだとかも。


「図書館から借りてきたんです」

 ヴォルドさんが中をパラパラと捲ってはじめの方に目を通す。

そして、本の最後に印字されている出版年月を見た。出版年月が随分古い。百年以上前だ。


「異世界人の力……ね。こうゆう話があるのは確かだけれど、信憑性は分からないわ。噂では聞いたことがあっても、実際に見たことがないから」

 本に力の使い方は載っていなかった。本当に力があるのか分からない。


「ルミエールには聞かなかったの?」

「聞いても話してくれないと思います」

 彼は、異世界人の話をあまり話したくないと思う。

「あらあら。彼、信用されてないのね」

「そういうわけじゃ、ないけど」

 以前のこともあり、話題にすることは戸惑われる。悲しい顔はしてほしくない。

「何も話してくれないと寂しがると思うわ」

「そうなのかな」

「アオイちゃんが逆の立場だったらどう?」

 想像してみる。ヴォルドさんには話していて、私には話していないこと。

私が知らないことは、きっとたくさんある。彼のことは少ししか知らない。

「……寂しいかも」

 自然に言葉が零れ落ちた。

 狐さんは静かに微笑んで私の頭を撫でた。





 夜になっても空は曇ったままだけど、雨は降らなかった。

コンコンと合図のように家のドアが鳴って鍵が開かれた。

「おかえりなさい、ルミエール」

 読んでいた本から顔を上げて反射的に駆け寄ろうとして足が止まる。

「ただいま」

 出かけるときのように帰ってきたら軽くハグをするのが日課になっているのだけれど、向かい合ったまま立ち尽くす。

 彼の服装はそのままだけれど、所々汚れている。黒いペンキが飛び散ったような液体が付いていた。

赤かったら血に見えたかもしれない。私の考えを読み取ってか、ルミエールが告げる。

「心配するな、怪我はしていない」

 恐る恐る、彼の腕に触れる。服が汚れているだけで言葉通りに怪我はしていないようだ。

「汚れるぞ」

「汚れるだけなんだよね? 毒とか体によくないものとかは……」

「これは獣の液体だ。害はない」


「……獣?」

 頭の中で黒々とした獣が現れる。

前に一度だけ見た。動物のような特徴を残しつつも、見たことのないもの。

退治をすると砂のように消えていった姿を見た。

「あぁ。黒い液体を出す獣がいてな。そんな顔をするな」

 ルミエールの大きな手が頬を包む。液体の付いていない左手で頬を撫でた。

 言葉が出てこない。優しい動作に泣きそうになるのは、どうしてだろうか。

 雨音が聞こえる。

「雨、降ってるね」

「そうだな」

 頭を撫でられる。子供を落ち着かせるような動作だ。

「戦ったら獣は滅びるの」

「あぁ」

 優しく、すっぽりと包み込まれる。

「でも、倒しても新たな獣が生まれる」

「それでも倒す。それ以上は増えないように。この世界はそういう風にやって行くんだ」

 続けていくこと。終わらないこと。

だから、人々はそこに願いを込めたのだろうか。異世界人に願ったのだろうか。

私は――改めて突きつけられた帰れないことより、異世界人の力の話より、彼が傷つくことが嫌だ。怖い。


ルミエールは優しい。家族のように愛情を降り注いでくれる。

花に水をあげるように丁寧に。私が花なら、もう咲いてるよ。

貰った分だけ返したい。何もできなくても近くにいたい。知らない間に傷つくと心配する。

「話してくれないと寂しい」あぁ、そうだね。私も寂しいよ。

彼が傷つくときも傍にいたい。





 目が覚めると、ルミエールのベッドに私はいた。

昨日の夜は借りた本の話をした。ヴォルドさんと話していたことも話した。

ルミエールは相槌をうって長々と話を聞いてくれた。あやすように一緒のベッドで眠らせてくれた。

いま彼はいない。シーツに僅かな体温だけが残っている。彼はもう仕事に行ったのだろう。キッチンには一人分の朝食が用意されていた。



 借りていた本を図書館の本棚へと、ひとつずつ戻す。

背表紙にナンバリングがついているので本棚の表示と照らし合わせながら、ひとつ。またひとつ。

最後の本を棚に戻したとき、聞き覚えのある声がした。

「面白かった?」

 前に会った少女がいた。

服装は違うけど、同じような雰囲気の服だった。絵本から飛び出したお姫様。

よく見ると瞳に好奇心が宿っている。

 面白いか、面白くないかで言えば後者だった。気分のいい読み物ではない。

ただ、後半は生活に必要な知識だったので役に立つと思う。

「……勉強にはなったよ」

 私がどうにか言葉をひねり出すと、少女は悪戯っぽく笑う。

「誰も持っていない力ってすごいよね」

 これは。彼女は、この本を読んだことがあるのか。

「この世界には魔法があるじゃない」

 特殊な力がなくとも、魔法がある。私の世界ではなかった。


「……魔法は誰にでもあるものじゃないから」

 少女が目を伏せる。愁いを帯びて不思議と大人びて見えた。それも短な時のこと。

す、と真っ直ぐな視線で私を見上げる。

「魔法の量も質も人によって様々。オールラウンドもいるけど、大抵は得意分野を磨いてるわ。ねぇ、あなたは何をもってるの」


 愛らしい瞳が私を映す。

「私は、」

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