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1.花が咲けば

続編。シリアスです。

全三話、まとめて本日中に更新予定です。

前回までの、書ききれなかった補足のような内容なので物語的にはあまり進んでんないです。例の如くゆるく終わります。

 ふあ、と欠伸をひとつ。

一人だけのベッドで思い切り伸びをして眠気を飛ばす。

目が覚めてきたところで、ベッドから降りてペタリと床を歩く。

階段を下りて洗面所で顔を洗い。キッチンに顔を出す。

ルミエールの後姿が見えた。朝ごはんの準備をしている背中に声を掛ける。

「おはよう」

 手を止めて彼が振り返る。

「おはよう、アオイ」

 テーブルや彼の手元を見ると、いつもより皿が多い気がする。

野菜は種類ごとに皿に分けられている。

「手伝うことある?」

「いや、もうこれで準備は終わりだ。折角だし一緒につくるか」

 手元で切っていたものを皿に入れてテーブルに置かれた。

いままでの朝食と違う感じに首を傾げる。

「アオイ、食べよう」

 テーブルにいるルミエールに呼ばれ、私は彼の隣に座った。

目の前には真っ白な皿がある。掌二つ分ぐらいの大きさだ。

 ルミエールを見る。彼はにっと笑ってテーブルの真ん中にあるバケットからパンを手に取った。

フランスパンのようなハード系のパンだ。手で持てる大きさに切られている。

彼はそこに具になるものを乗せていった。

生で食べれる新鮮な野菜を何種類かと、塩漬けにした肉をスライスしたものを一枚、

仕上げにドレッシングのようなソースをかけてパンで挟む。


サンドイッチだ。

私も真似してパンに野菜と肉を挟む。そうして口に運ぶ。

「おいしい!」

 最後にかけた不思議なソースがよく合う。マヨネーズとソースを合わせたような、少しピリッとした辛みもある。ルミエールが作ったソースだろうか。

「気に入ったか? 休みの日にはゆっくり食べれる料理もいいだろ」

 私は口の中がいっぱいだったので、何度も頷いてみせた。

朝食はいつもルミエールが用意してくれる。

サラダとパンと、あと簡単に作れるものが一品。それが、いつもの朝食。

自分で具材を挟むのも楽しい。いま食べてるもの以外にも材料は並んでいる。

何種類も楽しめそうだ。

「アオイ」

 名前を呼ばれて視線を向ける。

「口元についてる」

 彼が笑って手を伸ばす。


 唐突に、ピー、ピーとアラームみたいな音が響いた。

その音はルミエールの通信機から鳴っていた。

魔石が埋め込まれている特殊な通信機で仕事の連絡で使ってるらしい。

 ルミエールは騎士団に所属している。街の見回りと、騒ぎがあったときの緊急時の対応。

獣人同士のいざこざだったり、獣が騒ぎを起こしてたり、人助けだったり、力がいることを割りとなんでもしてるそうだ。

「仕事が入った」

 通信機に目を落とし、ルミエールが言った。



「アオイ、今日も図書館に行くのか?」

 ルミエールが、準備を済ませ家のドアを開けて外に出た。

私も見送るために後ろから外に出る。

「うん。まだまだ読んでない本がいっぱいあるし」

 城の人に、私達が番だと言ってしまった以上、私達は番のように一緒に住んでいる。

恋愛感情と、いうわけではお互いないと思う。家族が同居しているような感覚。

「気をつけてな」

 彼の手が私の頭を撫でる。

 人間の私と、狼の獣人であるルミエール。獣人はこの国では珍しくない。

近くに人間はいないけど、国の中心の方、図書館がある辺りに行けば多い。

「わかってる。ルミエールも」


 頭を撫でていた手が後頭部へと回されて、そのまま抱え込むように抱きしめられた。

 マーキング。自分の匂いを相手に刷り込む。番だと主張するためらしい。

獣人は人間より匂いに敏感だから、番なのに匂いがないのは不自然になってしまう。

本当は首筋にキスマークでも付ければ完璧なんだろうけど……。


 彼の手が私の背中を撫でる。

 抱きしめられて彼の匂いも体温も感じるけれど、彼の表情は見えない。

背伸びをしたら近付くだろうか。胸元に埋もれた顔を上げる。

 視線が合う前に、彼の体は離れていった。

「……いってくる」

「いってらっしゃい、ルミエール」

 仕事へと向かうルミエールに、手を振って見送った。





 本が読めるようになった。

どうやらこの国の魔法書は古い国の文字で書かれているらしい。

古い文字と現代の文字が載っている辞書を、ヴォルドさんに貸してもらった。

読めなかった『はじめての魔法』という本が読めるようになった。

それから図書館でも本を読むようになった。


本に載っている魔法は練習している。

といっても、いまは防御魔法しか使うことはできない。

他の魔法を口にしても何も変化がない。

「君、元気ないね」

 住まわせてもらっている家の近くに咲いている花に話しかけた。

花の名前は分からない。オレンジ色の花びらをした小さな花だ。

「よし、私が元気にしてあげよう」

 花に手をかざして呪文を唱える。掌に熱量が集まり、ぼんやりと光る。だが、暫くして

勢いなく光は消えた。

「今日も変化なしか……」

 治癒魔法を使いこなせるように、まずは植物を魔法で元気にできたら――と、

練習しているのだけれど、変化はない。

「お水あげるね」

 持ってきていたジョーロでお花に水をかける。

 ちなみに、さっきから私はひとり言を言っているのではなく、お花に話しかけている。

元いた世界で、お花に話しかけると元気になるって聞いたことがあったから実行している。

だって、私は魔法が使えないから、これくらいしか私にはできない。


「雨、降らないなあ」





 家の用事を済ませると図書館に行った。図書館は二階建てだ。

迷子にはならない広さだけど、本棚の間隔が狭い。かくれんぼには向いてそうだ。

 専門書は二階。異世界人について書かれている本は窓際にあった。

窓は閉められて日が込まないようにされていた。

取り出しやすい場所にある本を何冊か手に取り、上を見上げる。


高い天井の上までぎっしりと本が詰まっている。

本棚に表記されているラベルを見ると、下の方の一列だけが異世界人やその世界に関する本が

置かれているスペースらしい。上の方には何が置いているのだろう。

本棚にはスライド式のはしごと、台もあるので取ろうと思えば自分で取れる。


 近くのテーブルに本を置き、本棚に向き直ったときだった。

「異世界に興味があるの?」

 可愛らしい声が私の耳に届いた。

「どうして」

 近くに人がいなかったので油断していた声が口から出る。

「だっていま机に置いた本は異世界に関するものでしょう」

 彼女が机を指差す。小さな人形のような指だ。

十歳を過ぎたぐらいだろうか。

抱きしめたら壊れてしまいそう、とは彼女のような少女に使うための言葉だ。

「興味はあるよ」

 最初の質問に答える。すると、少女は満足そうに笑う。

「やっぱり。私も興味があるの」

 笑うと一層可愛らしい。絵本から飛び出したような容姿だ。


「姫様」

 男性の声が、少女に向けられた。少女は不満げに彼を見る。

「そんなに急かさなくても分かってるわ」


 少女が私の方に歩み寄る。距離が近付くと、そうっと声を潜める。

「探し物が見付かるといいね」

 そう言ってにっこりと笑った。



 机の上に置いた本のタイトルは「異世界について」と、シンプルなものだった。

異世界について書かれているのだと予測できる。タイトルにしては簡潔だ。

中身も、この国の文字で書かれている。


<異世界について>

この本を手に取ってくれて有難う。

貴方にはここに何が書いているように見えるだろうか。


私はこの世界の人間ではない。

私と同じ世界から来た人間が、この見知らぬ世界に来てしまったのなら

読んでほしい。役に立てるかどうかは分からない。

私が知ったことを書いておく。


私は召喚によってこの世界に飛ばされてきた。

どうして、異世界人の召喚があるのか聞いたことはあるか。

そう誰かは言った。獣がいるからだ、と。


獣と呼ばれているものを見ただろうか。

動物のような特徴を残しつつも、見たことのないものだ。

生き物と呼べるのかも分からない。自我があるのか分からない。破壊衝動の塊のような存在。

黒い闇が渦巻いて悪魔や魔物という表現の方が近い存在。

私がいた世界では見なかったもの。


それが、その獣がいるから私は召喚された。


異世界人は獣を消してしまう力があるらしい。

浄化だと言われた。できすぎた話だと思う。

だが、本当だと信じているものがこの国にはいる。


この世界から、元いた世界への帰る方法は見付かっていない。

けれど、どうか絶望しないでほしい。

知らないものが、恐怖が、貴方を不安させるかもしれない。

異世界人だって、この世界で当たり前に生きたっていい。

私は召喚されたからといって、言いなりになるつもりはない。

自分の意思で、考え、自分の足で歩いていく。


この本を読んだ貴方へ

貴方に幸あらんことを願う。


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