3.王様と選択
数日が過ぎた。
ルミエールは騎士団に所属しているので、仕事で夜まで家にいない。
私はお掃除したり、夕食を作って帰りを待っている。
空いた時間は、この家にあった本を借りて読んでいる。
寝室に使わせてもらっている二階は本が溢れるほど置いてあった。
この世界についてや魔法についての本、異世界の人間について書かれているものもあった。
魔法についてはまだよく分からないけど、魔石は便利だと思った。
水の魔石は青い。火の魔石は赤い。
この家の場合は、魔方陣と魔石を組み合わせることによって魔力をもっていない者でも水や火が使える仕組みだと説明された。
キッチンにあるコンロも電気コンロみたいな見た目だけど魔石を使っている。
はじめての魔法という本をみつけた。
この国の言葉がどうしてか分かるので本も読めるのだけど、書いてある魔法の呪文が読めない。
ルミエールに教えてもらおうとしたけど、魔法は使えないから読めないと言われてしまった。
じゃあ、狐さんに聞きに行こうと思っているとひとりで外出禁止だと言われた。
つまり、次のお休みの日まで読めないことになる。持って行ったところで狐さんも読めるかどうかも分からないし。
あぁ。どうして読めない文字で書かれているのだろう。一冊ぐらい呪文が読める本があればいいのに!
むきになって他に読める本はないかと探していると、一冊の手書きの本を見つけた。
*
「ヴォルドさん、この街に本を読んだり調べものができる場所ってありますか?」
最初は狐さんって呼んでいたけど、他にも狐がいることを知ったので名前で呼んでいる。
「この街にはないから少し遠くなるけど図書館ならあるわよ。でも、勝手に行くとルミエールが心配するから、一人で行くのは止めた方がいいわ」
その言葉に思わす眉を寄せる。
「ルミエールって過保護ですよね。ひとりで外出禁止って言われたんですよ」
今日はお休みの日。朝に、森にも行ったのだけど手がかりはなかった。私が倒れていた場所に立っても見覚えのない木々が広がっているだけだった。
森に行った帰りに買い物をすることになった。
食料と日用品を買って、持ちきれなくなったのでルミエールが一度、荷物を置きに家に帰ることになった。その間私はヴォルドさんのお店で待っている。
「まぁまぁ。お城の人に見つかったら厄介だから仕方ないわよ」
お店の奥にテーブルと椅子があり、ヴォルドさんが紅茶をいれてくれた。
お店の方はもうひとりの店員さんがいるから暫く大丈夫だと言われ、二人で紅茶を飲みながらお話してる。
「はい、地図ね」
紙に図書館までの行き方を書いた紙を渡してくれた。
「ありがとうございます」
嬉しいけど、すぐに行けないので複雑な気分だ。
くすくすと笑う狐さんの声が聞こえた。
「そのかわり、これ。貸してあげるわ」
ハードカバーの小説のような分厚さの本を一冊、私の前に差し出した。
「魔法の呪文はね、この国の古い文字で書かれているの。この本が辞書になるから、読めない本も分かるようになるわ」
「ヴォルドさん! ありがとうございます!」
図書館で魔法や、この国について調べようと思っていたけど大収穫だ。これで家の本も読める。
この世界のことを知るために家の本を読み始めたけど、図書館に行けば他の本も読めるし、辞書があれば魔法書も読めるようになる。
お城の人から知られないように暮らしていかなければならない。そのためには、この世界のことを知ることが大事だ。
「ヴォルドさんのところにも、お城の人来ましたか?」
「来たわよ」
「でも、私のこと言わなかったんですよね。知ってるのに」
ヴォルドさんが私のことを言っていたら、お城の人も調べただろう。
私のことを言わなかった、ということは私が異世界人だと知っていたら……かもしれない。
「知ってるわよ。私が知ってるのは人間と、だけ。それが異世界の人間かどうか分からないわ」
だから異世界人は知らないと、お城の人に伝えたのか。
ヴォルドさんは、にんまり笑う。私が異世界人だと知っての言い方。気付いてたんだ。
ルミエールといい、ヴォルドさんといい、どうしてこうもはっきりと嘘を吐くのだろう。
「私はそれに感謝するべきなんだろうけど……なんか複雑です」
守られている気がする。二人に。
「難しいことは考えなくていいのよ」
ヴォルドさんが微笑んでカップに口をつけた。
「お城はそんなに嫌なとこなんですか」
カチャリと小さな音を立ててカップが置かれる。
「この街や国の治安を守ってくれるのはいいとこだわ。けれど、一部には望まれないこともあるわ。特に異世界の人間にとっては――」
「どうゆうことですか?」
「異世界の人間をどうやって召喚できると思う?」
「え。召喚する人がいて魔法陣とか書くイメージですけど違うんですか?」
「間違ってはいないわ。でも、それだけでは失敗する。魔方陣にはある程度人物が特定できるように細かく書くの。二十歳前半の女性で髪の色は黒くて、瞳も黒くて大きい。肌は健康的とかね。細かく決めれば決めるほど成功する確率は上がるけど、失敗する確率も上がる。あと、一番重要なことがある。その異世界人と相性のいいものが、この世界にいなければ失敗する。相性がいい者がいる場所に引き寄せられて、異世界人が来るからね。当然、魔法陣には現れずに別の場所に召喚される」
「その相性がいい人の前に召喚されるってことですか。それって成功したか確認するのは難しいですよね」
「そうよ。だから城は見回りをしてるのよ」
「そうまでして異世界の人間になにを求めてるんですか」
「力よ。単純に珍しいからって理由もあるわね。貴重なものは自分の手元に置いておきたいだろうし、それが不思議な力も持っているのなら尚更ね」
眉を寄せてしまう。どこにでもそういう考えがあるのか。
「なんか、ドロドロしてそうですね。色んな思惑とか」
「そうでもないわよ。昔より平和よ」
「そうなんですか?」
「少し前にこの国の王が代替わりしたんだけどね、今回の召喚は国王のお嫁さん探しらしいわよ」
声のトーンが明るくなった。
先程より軽い響きだけれど、手に入れたいってことは同じことなんじゃないかな。
どっちにしろ、あまりいい感じではなさそう。
「……それはそれは。私欲ですね」
「あら、興味ない?」
「はい、まったく。国王って言えばいい年したおっさんじゃないですか」
王子だったら若そうな響きだけど、その上の国王陛下だと妻や子供がいるイメージがある。
そんなおっさんがお嫁さん探しって、と考えてたら否定された。
「いまの国王は若くてイケメンの人間よ」
「へー」
イメージしてたのと違ったので驚いていたら、唐突に後ろから声が聞こえて更に驚いた。
「気になるのか?」
気付けばルミエールが後ろに立っていた。
「びっくりした。急に背後に立たないでよ」
「悪い。で、気になるのか?」
「え。なにが?」
「国王」
「あー。人間なんだと思って。私、この世界に来てから人間に会ってないし」
今日はずっと買い物をしてたけど、お店の人も街にいる人も獣人と呼ばれる人間の顔と体に獣の耳と尻尾がついてる人ばかりだった。
「気になるのなら、ルミエールに会わせてもらったら?」
「え」
ヴォルドさんの言葉に驚いてルミエールを見ると、彼は苦い顔をしていた。
「馬鹿言え」
「遠目で見るだけなら大丈夫よ」
「お前はどっちの見方なんだ」
「アオイちゃんの見方よ。知らない場所に来て戸惑うから優しくしてあげたいじゃない。見てよ、顔色もあまりよくないままよ。ちゃんと寝かせてあげてるの?」
ルミエールが悪く言われないように、私は慌てて間に口を挟んだ。
「大丈夫です。ベッドを使わせてもらってます。顔色が悪いのは、早く目が覚めちゃって寝不足なだけなので」
「本当に?」
「はい、元気です」
私が胸の前で拳をふたつ、つくってアピールすると、溜息を吐かれてしまった。
「アオイちゃん、なにか考えていることがあるなら話した方がいいわ」
「え」
「さて、私はお店に戻るけど二人はここにいていいわよ。まだ紅茶も残ってるしね」
そう言ってお店の方へと消えていった。
ヴォルドさんが座っていた席にルミエールが座る。落ち着かなくて意味もなくスプーンで紅茶をかき混ぜる私にルミエールが言った。
「城に行きたいか?」
どうしてお城に行きたいことになるのか分からずに彼の目を見る。
護られているのは分かる。でも、よく知りもしない私をどうしてここまで護ってくれるのか分からない。
護らなければいけないほど、お城は危険なところなの?
「ルミエールは、お城が嫌いなの?」
口にしてみれば、ストンと落ちてくように当てはまった。
「嫌いだ」
「どうして?」
「俺の、母親が異世界の人間だったんだ」
ずっと瞳の奥にあった悲しみが表面に出てきた。
「その人は……」
「この街で一緒に暮らしていた。子供の頃に少しの間だけだったけど幸せだった。でも、異世界の人間だとわかって城に連れて行かれたんだ。そのまま二度と戻ることもなかった。会うことも、なかった。人づてに城に捕らえられたまま命が尽きたと聞いている」
上手い言葉が返せない。ずっと感じていた彼の悲しみの理由が分かった。
私の頭を撫でてくれたように、うな垂れた頭を撫でたいけど私は彼の瞳に映っているのだろうか。
「私が異世界の人間だから護りたいんだね」
私は重ねられていたのか。異世界の人間だから。
彼の瞳が不安そうに揺れる。
「アオイ?」
彼の手が私に伸びてくる。抱きしめられて、黙ってされるままに身を任せた。ぎゅっと力強く手に力が込められる。
ずっと考えていた。私になにができるのか。
分からないことは山積みで、知らないことも多いけど私は彼の背中に手をまわした。
「アオイ」
私の名を呼ぶ声で、彼の力が緩められた。
「アオイを護りたいんだ。傍にいてほしい」
私は、
私は、どうしたいのだろう。
思考は唐突に音によって遮られた。
鳴き声が聞こえる。この世界で獣と呼ばれる動物の声に近いけど、地鳴りのような声だった。同時に地面が揺れて紅茶のカップがカチャカチャ音を立てる。
「近いな」
言い残し外に出るルミエールの後を追うと、お店の外には見たこともないものがいた。狼のような見た目だけれど、熊のような大きさで、どろどろと黒い闇をまとっている。獣というよりは魔物だ。家にあるどれかの本に書いていた。
鞄を触り、中に入れたままの本を思い浮かべる。
鞄の中には、読めない本と借りた本と手書きの本が入っている。
「アオイ、隠れてろ」
私を振り返り言う。
「嫌だ」
「は」
僅かに驚いたルミエールの後で、獣がこちらに狙いを定めていた。
彼が気付き、慌てて私に背を向けて獣に向き直る。
次の瞬間、獣が素早いスピードで目の前まで来て腕がこちらに伸びてきた。
ルミエールは獣を睨みつけて私の前から動かない。
それは身を挺して私を護ろうとしているようだった。
言葉通り私を護ってくれる。私が異世界の人間だから。過去に護れなかった想いを引きずっているのだろうか。
でも、それは自分の首を絞めることにならないかな。
護らなければ、と思うことが鎖にならないのだろうか。
私が、異世界人じゃなかったら護ろうと思わなかったのかな。
そうだよ、護ってくれなくていい。私を護ることが重荷になってほしくない。
私は叫んだ。
『 』
口にしたのは防御魔法。私の言葉に答えるように透明で光を帯びた盾が私達を包んだ。
「お前……」
怒った顔のルミエールが私を見た。怒られそうな雰囲気を軽くするように私は笑顔を浮かべた。
「えへ」
「隠れてろって言ったよな? あと、魔法読めないって言ってなかったか?」
「あの本は読めなかったけど、別のは読めたもん」
「いい訳はあとで聞いてやる」
ルミエールはローブの下から長い棒のような武器を取り出した。
あ、よかった。武器持ってないと思って焦ってしまった。
安堵して、魔法を切らさないように防御を続ける。
「ルミエール、あとちょっとで防御きれる」
頭がくらくらしてきた。私の魔法は長くもたない。
「もう十分だ。消していいぞ」
彼の言葉を合図に防御を消すと、彼は勢いよく獣に向かっていった。
獣の攻撃をかわしながら距離をつめる。
瞬く間に獣の背後を捕らえた。
戦いを体が覚えているように無駄のない動きで攻撃して、その獣は砂のよう消えた。
「ルミエールって強かったんだね」
感嘆の声を上げていると、彼はくしゃりと笑った。
「これが仕事だしな。それはそうとして……アオイ、俺の言いたいこと分かるよな?」
「そんなに怒んなくてもいいじゃん」
「危ないだろ。もし、お前の方を狙ってたらどうなったと思う?」
確かに、ルミエールみたいに戦えない。攻撃魔法なんて使えない。
防御魔法と治癒魔法が載っていた手書きの本は読めたので、家でこっそり練習してたけど私の魔力が少ないのかすぐに限界がきてしまう。
それでも魔力があっただけよかったと思った。
「私にだって、できることはある」
負けないように睨み返す。
一方的に護るなんて言わないでほしい。
「お前が勝てる相手じゃない」
「分かってる」
「分かってない」
頭を掴まれた。撫でるのでもなく上から手を乗せている。
私はそれを振り払わずに彼の蜂蜜色を見つめる。
「私は弱くなんてなりたくない。ルミエールの怪我するとこなんて見たくないから」
力の限り叫ぶと涙が滲んだ。
怖かった。その背中が、迷いなく私に背を向けて戦っていることが。
護られることが当たり前のようにされるのが嫌だった。
少しの沈黙の後、頭に置かれた手が私の髪を優しく撫でた。
「俺が怪我すると思ったのか?」
「武器持ってなかったじゃん」
「服の中に持っていた」
「見えなかったもん」
「泣くなよ」
「泣いてない」
この世界は怖い。よくわからない化けのもみたいな獣がいるし、人間の姿も全然見ないし、お城も危険だって言われる。でも、ルミエールは最初からずっと私の見方だった。
「ルミエール。私、強くなるから。ルミエールの役に立ってみせるから傍にいさせて」
ぎゅっと彼に抱きついた。
「……それは先程の返事か?」
「うん。でも、護られるのは嫌だ」
「我がままだな」
ルミエールの笑い声がやわらかく響いた。
ぽかぽかと居心地の良さに酔いしれる間もなく、聞いたことのない第三者の声が届く。
「その子が番かい?」
顔を上げると、ローブを被っている男性が立っていた。
ローブの隙間から明るい色の服が少しだけ見える。フードは外していたので
顔ははっきり見えた。綺麗に輝く髪に動物の耳は付いていない。
そこに立っているだけで輝くオーラがあった。
私と目が合うとにっこりと人当たりのいい笑みを浮かべた。
ルミエールは私を隠すように、彼に向き直った。
「帰れ」
彼はルミエールの態度に涼しい顔で口を開く。
「久しぶりに会った幼馴染にひどいな。君が番をもったというから来てみたんじゃないか」
私の頭の中に疑問が浮かびながらも後ろでフードを被った。私の方に彼が近付く。
「こんにちは、可愛い人。名前を聞いてもいいかな」
彼のオーラに目がチカチカしそうになる。
私の変わりにルミエールが口を開いた。
「その前にお前が名乗れ」
「俺はラマーノ。この国の王だよ」
最後は耳打ちするようにこっそりと言った。
「私はアオイです。……え、王様?」
王様だったらお城の人を引き連れてたり、護衛とかいそうなのに見当たらない。
彼は、私の聞き返した言葉に内緒だというように人差し指を立てた。
「まだ日は浅いんだけどね」
もしかしてお忍びできてるから、名前だけ名乗ったのかもしれない。
ルミエールを見ても機嫌が悪いだけで変な顔はしていないし、そういうことなんだろう。
「ところで、どうしてフードを被ってるんだい?」
私の頭を見て言う問いにルミエールが答える。
「……外に出るときは被る。それだけだ」
「ふぅん。別に人間はそれほど珍しくないのにね」
わー。バレてますよ、ルミエールさん。
「……お前」
ルミエールが苦々しく吐き捨てる。
ラマーノさんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、番の記し見せてよ」
見せろと言われても、それがなんなのか分からないので聞いてみる。
「あの、番の記しってなんですか?」
「あはは。素直だね。なにも話してないの?」
「……これから番になる予定なんだ」
「ふーん。変だねぇ……報告では番だって聞いたんだけど」
なんかこれ、どんどん不利になってる感じがする。
ルミエールを見て、ラマーノさんが目を細めた。
「そんなに睨まないでよ。僕も悪魔じゃないからね、他人のものを奪ったりしないよ。でも、ひとつの未来を潰すのはどうなのかな」
「どういう意味だ」
「そのままだよ。あまり過保護すぎるのはどうなのかな」
「余計なお世話だ」
「そうだろうね。アオイ、今度お城に遊びにおいでよ」
急に話を振られたので直ぐに返事をできないでいると、ルミエールが彼から視線を逸らさずに私の手を握る。
「行かない」
「君には言ってないよ。言わなくても付いてきそうだけど」
分かりやすく困った顔をラマーノさんがした。
「行かないって言ってるだろ」
「はいはい。機嫌悪いみたいだし帰るよ」
そう言ったと同時に彼の指から、ふわりとやわらかな風か吹いた。
パサリと私のフードが落ちる。
「やっぱり人間だ」
いたずらを見つけた子供のようにラマーノさんが笑う。
フードを被りなおしたけど、見られてしまっては言い逃れはできない。
「別にそれほど珍しくないんだから、そんなに隠さなくてもいいじゃないか」
明るい口調で続けるラマーノさんに黙り込んでしまう私達。
なにか言わないといけないけど、なにを言えば見逃してもらえるのか分からない。
「……なにもしないよ」
ラマーノさんがぽつりと言った。それから続く言葉をあっさりと落とす。
「あぁ、そうだ。これが本題なんだけどね。異世界の人間を、もう探してはいないよ」
「え?」
私の間抜けな声が響いた。
ラマーノさんは、にこにこと気分をよくした。
「頭が固い年寄り連中を押さえつけるのに時間がかかったけどね。今後、召喚されたとしても無理に城に連れて行かないことに決まったよ」
「それって……」
「うん。城に来なくていいよ」
私が異世界の人間だって、やっぱり気付かれてた!
驚いている私をよそに、話は続けられる。
「それにしても勝手に王妃候補を召喚ってひどい話だよね」
ルミエールにも声が戻る。
「お前の考えじゃないのか」
「まさか。隣国の姫との婚約を断ったら変な話になって困ったよ」
軽く話しているけどお城はお城で色々あったんだろう。
「……王様って大変なんですね」
「うん。労わってね」
にっこり笑ったラマーノさんの頭をルミエールが軽く叩いた。
「容赦ないなぁ。これ以上殴られたくないし、今度こそ帰るよ。またね」
嵐みたいにかき乱されたけど、心配事はひとつ減った。
あぁ。それよりも、お城の人を気にしなくていいってことは
「ルミエール! ね、ね、図書館に行きたい」
「図書館?」
「ヴォルドさんに地図書いてもらったから一人で行く」
ぺろっと一枚の紙を見せる。
ルミエールが地図へ視線を落とす。
「この行き方なら大丈夫だな行っていいぞ」
「やった!」
「そんなに行きたかったのか?」
「うん、いまね魔法の本を読んでるんだけど面白くって」
「アオイ、寄り道するなよ」
「しないよー」
「森と、外の町には行くな。地図に書いてない道は通るな」
「しないってば」
「フードはつけていけ」
「わかってる」
「危なくなったら、すぐに逃げろ」
「……うん」
「あと、今日だけじゃなく出かけるときは誰かに声を掛けること」
「……ルミエール、手を離してくれないと行けないよ」
王様が来たときに繋がれた手は離さずに、ずっと会話をしていた。
「ルミエール」
促すように繋いだままの手を軽く揺らす。
「……俺も行く。俺が行けない日だったら仕方ないが、今日は休みだ。だから俺も行く」
離すどころか、ぎゅっと強く力を入れられた。
初めて見たとき綺麗だと思った瞳が私を射抜く。
ふ、と笑みが零れる。
「……リードの代わりだっけ?」
彼が以前言った言葉を口にし、握り返す手に力を込める。
ルミエールは照れたように少し目を逸らした。
「迷子になったら困るからな」
'16.3.11加筆修正
'16.6.10修正
【登場人物メモ】
阿佐美 葵人間。大学生
ルミエール 獣人(狼)
ヴォルド 獣人(狐)お店には服と雑貨をおいてる。
ラマーノ・ヴェル・ルース 人間。国王