擬似温度 × 未来の恋人
苦しい。
……苦しい。
あぁ、なんでこんなに。
苦しい、苦しいよ。
嘘でもいいから、
嘘でいいから。
好きって言ってよ。
引きずるように一歩離れた位置から抱きすくめられて、その力強さに、う、と一瞬息が詰まる。
何?と聞くと、物欲しげな瞳がこちらを見ていた。
何、と詰問する前にキスを落とそうとするので、彼の唇を指で遠慮なく摘まんでしまう。
「なに」
口を摘まんだままでいるので、「なに」より「ひゃに」のほうが近かったけど。
不機嫌さはまんべんなく詰め込まれている声。
会うなりいきなり、キスってどうなの。
彼の眉が片方だけひょいっと上がる。私を腕の中に閉じこめていなければ、肩をすくめていたんだろうな、だなんて、どうでもいいことに僅か意識が向く。
「嫌なの?」
そうじゃなくて。がっつかなくてもいいじゃない。
別に、逃げようっていうんじゃないし……とまでは言わずに、ほっぺたをぺたぺたと叩きながら訴えてみる。どこまで効果があるかはわかんないけど。
イマイチ納得がいかないのか、本気でがっつく心算しかなかったからなのか、困惑したように瞳が細くなったのは少し面白かった。ざまみろ。
ゆるゆると私の頭を撫でながら、ううん、と彼が言葉を探しているのも、手に取るようにわかる。こういうところは可愛い人だと思ってる。普段は大人っぽいうえ、それを私が認めているから、彼は私がそんなことを思っているなんて、露ほども気づいちゃいないだろうけど。
「ダメ?」
ダメって……言ったらどうするんだろうね?
その聞き方はずるいよ。
ダメ、という聞き方は、相手に拒否させない聞き方だ。
ダメ、から始めると、不思議とダメだとは言えないものなのだ。小難しい話はわからないけれど、心理的に作用するものがあるらしい。
知ってか知らずかそんなことをしてくるこの男は、たぶん自信さえあれば女ったらしになれるだろう。なってほしくはないけど。
「う~ん、そうかな」
そうだよ。
言いながら、だんだん哀しくなってくる自分に嫌でも気づく。
相手の体温を感じながら、いったいなにしてるんだろう。
キスが嫌なわけじゃないのに。もっともっとそばに行きたいのに。
「じゃあ、ズルくってもいいや」
頭の後ろを手のひらでやんわりと抑えられて、それ以上の抵抗は諦めてしまった。
降ってくるキスの直前、満足そうな彼の笑みが滲んで、歪んだ。
いいよ、いい、許してあげる。
好き、だなんて言葉を聞くことはないのでしょう。
そのまま、いつかあなたが心から愛する人と出会えば、あなたは離れていくのでしょう。
いいよ、許してあげる。
そのかわり、今はまだこのままで。
寂しがりなあなたを、
愛して、あげる。
Fin
ねむねむ……奈々月です。
このシリーズ、前回の話とは打って変わって、切ない話を目指してみました。
前回のものよりも、今回の話のほうが、実は先に書いていました。
切ない恋愛話、どうにも好きなんですよね……!
手を伸ばしたい、怖いから手放したい、その狭間で揺れる恋ゴコロは、なかなかまだ上手く書けませんが……人間的に、もっと成長したいと日々思います。
それでは、おやすみなさいませ……。