一章 第8話 豊穣祭
豊穣祭当日
ディアが目覚めたのはお昼を過ぎたころだった、いつもなら早朝にはエレナさんが起こしにくるのだが今日は昨日の事件のこともあり休ませてあげようという配慮があったのだろう
体を起こし寝ぼけ眼でふと隣を見てみるとドールとレナもどうやらまだ寝ているようだった
こうしてまた三人で一緒にいれることができる、彼らを見てそう思いディアはほっとする。今までは当たり前のことだった、それが幸せだったということに今更ながら気づかされる
ふとディアは狐火を出す。この術は一年かけて練習し、自分なりに改良した自信のある術だった。それが全く通用しなかった、ディアはその事実を思い出す……「クソッ」と小さく呟き、昨日起きた盗賊との戦闘を思い出す
盗賊が本気になった瞬間に足は動かなくなった、狐火は一発しか打てなかった、震えて死を受け入れることしかできなかった。それがとてつもなく悔しい、自分が今まで魔術に費やした時間が全く無駄だとは思わないが、それを生かす経験が足りてないのだと痛感していた
あの盗賊はたしかに言った、ガキでも魔術師は侮れない……と。もし同じようなことがあってもこの幼馴染達を守れる力が欲しい、漠然と魔術を習っていたがディアははっきりとそう意識するようになっていた。そしてそれを叶えるためには魔術だけではダメだということも実践を経験して痛感している
近接の技術と魔術、ディアの中に確かな課題ができた
そんなことを考えていたとき、ドールが起きてきた。彼はバッと飛び起きすぐに隣を確認しレナの姿見て安心したようだった
「おはよう、ドール」
「おはよう、ディア」
疲れもとれたようでドールは背筋を伸ばしつつ話す
「レナがいるね」
「ああ」
ふとドールが真剣な顔になり、ディアはどうしたのかと思う
「ディア、昨日寝るまでずっと考えてたんだ」
「ん?何をだ?」
「僕は強くなる。二度とこんなことが起きないように、そしてレナを守る。ディアにも危険なことはもうさせたくない」
ディアは思わず笑ってしまう、この幼馴染は自分と同じことを考えていたのだと。いや幼馴染だから一緒なのかと。
「ディア、僕は真剣だよ。それに負けるつもりもない」
「ああ、そうだな……じゃあ強くなるためにまずはご飯食べないとな。レナもそろそろ起こして一緒に祭りにいこうぜ」
「うん……レナ、起きて!レナー!」
ドールがレナを揺すっている、きっといつものように起きていつものような反応をするのだろう。ディアは一足先にエレナさんに声をかけるためにベッドから降りて部屋を出た
「おはようございます、エレナさん」
「あ、おはよう。ディア君」
いつものように挨拶したはずなのだがエレナさんは少し暗い様子だ……ディアは昨日のことを思い出す。エレナさんの涙、エレナさんから本気で怒られたこともあったが手を出されたのは昨日が初めてだった
「エレナさん、昨日は心配かけてごめんなさい」
エレナははっと驚いた顔をした、この小さな子供に気を使わせたことを気づいてしまったからだ
「昨日は私のほうこそごめんなさい、痛かったよね?」
あはは、大丈夫ですよ……とディアは笑い「エレナさんはいつものエレナさんでいてくださいね」と声をかけ教会の外にある井戸へと向かった
井戸で水を汲み顔を洗っているとドールとレナがやってきた
「おはよう、レナ」
「おはよう、ディア」
いつもの挨拶だ、いつものレナでいてくれることが今は心から嬉しいとディアは感じている
「ありがとう、ディア。ドールにも言ったけど、本当に嬉しかった……あなた達は私の騎士様だね!」
「いや、魔術師だけど……」
照れ隠しのためにディアは茶化して返事をした
「ドールから聞いたけど一緒にお祭りいくんでしょ?早く準備しよ!」
そういってレナも井戸から水を汲み始めた
相変わらず聞いてないとディアは思いつつも水を傍の木にかけて教会の食堂へ向かった
三人が揃って食堂についたとき、エレナさんが先に待っていてくれたようだ
「今日はお外で食べていらっしゃい、あとお祭りも楽しんできなさい」
エレナさんは笑顔でお小遣いを渡してくれた
三人がお腹をすかせて教会を出た頃、村にはいくつかの屋台が出ており豊穣祭は既に始まっていた
ところどころからいい臭いがするため三人はすぐに目の前の牛焼きと書いてある屋台へ寄ることにした
ちなみに牛焼きというのは牛の肉を串にさし五種類のスパイスをつけて焼いたお祭りでは定番料理である
「おう!レナちゃん、元気そうだね!なんか買っていくかい?」
「うん、三つください!」
「じゃあレナちゃんにはこの一番大きい牛焼きだ!」
屋台のおじさんなりの気遣いなのだろう、しっかり商売はしていくがサービスしてくれたようだ
「牛焼きおいしいね」
レナが頬張りながら食べている
「牛焼きなんてめったに食べれないもんなぁ」
「うちの教会は裕福じゃないんだから仕方ないよ」
ディアとドールは口を動かしつつも久々に食べる牛の味に感動している
彼らが数件の屋台を回ってお祭りを楽しんでいる時、村長はとある冒険者と話していた
「こちらから連絡しようと思ったのに祭り目当てで来るとはのう」
「いやぁ、毎年結構楽しみにしてるんだぜ?っていっても前にきたのは三年ほど前か」
その冒険者は金髪で冒険者というには細身の優男だが背に二つの剣を背負い腰に二つのダガーをつけており、クロノア国では有名な遺跡調査専門の冒険者であった
この大陸にはまだ未開の遺跡がたくさんあり、遺跡調査というのは冒険者の中でも最も過酷な仕事である。未開の遺跡には強力な魔獣が待ち受けていたり、凶悪なトラップが設置されており命を絶つ冒険者が後を絶たない。そんな仕事をずっとこなしつつ生き続けるこの男はまさに一流の冒険者であった
「さてリィンよ、おぬしを引きとめたのもちょっとわけありでのぅ」
村長は昨日起きた出来事を淡々と話しはじめた
「うわっ、マジかよ。ゴルドの蛇がこんな辺境まで出張ってきたってのも驚きだが、歌姫がここにいるってなると国が動くぞ?」
リィンは率直な感想を言った
「で、俺に何をしてほしいんだ?」
「村の護衛じゃ、期間は一年くらいかのう」
「村の?歌姫のじゃなくてか?」
「そうじゃ、村の護衛じゃ。リィン・マクダルお主なら造作もないことだろうに」
リィンは微妙な顔をし、村長は真剣なまなざしでリィンを見つめている
「そういうこと……か。まぁこっちとしてはしばらく羽を伸ばすつもりだったからかまわないんだが……」
「交渉成立じゃ。それじゃ頼むの。ちなみに歌姫はあそこの屋台にいる三人の子供の茶髪の女の子じゃ」
村長は幸せそうに屋台巡りをしている三人を指差した
「ふぅん……あんな小さな子がねぇ……あれ?あの隣にいる子供はたしかじーさんの弟子じゃなかったか?いいのか?」
「……」
「まぁ、俺も半分は首突っ込むんだから挨拶してくるかな」
そういってリィンは鼻歌を歌いながら歩いていった