一章 第6話 覚醒
歌が聞こえる……
「な、なんだぁ!?」
大柄の男は思わず腰を引いてしまった、目の前の攫ってきた少女からとてつもない圧を感じる。ついさきほどまでは絶望して項垂れてただけのただの少女からだ
(この歌は何だ?)
大柄の男の本能が訴えている、これは危険だ。逃げなければならない……と
ディアもドールも放心してレナを見ている。ディアの足の震えは止まり先ほどまであった無念の思いも消えてなくなり温かい気持ちが沸き上がってきている、ドールもずっと不安だった気持ちから解放され、ポカンと口を開けレナを見つめている
大柄の男は自分の足が動くことを一度確認し、まずディアを仕留めに行った
先ほどと同じ動きで前にステップし横薙ぎの一撃をディアの首へと打ち込む……が、何かに弾かれて大鉈は振っていた方向と逆方向にまで押し返されてしまった
「あのガキのしわざか!」
大柄の男はレナに向かって走り出した
「レナ!危ない!」
ディアが叫ぶがレナの歌は止まらない。接近することができた大柄の男は大鉈をレナへ振りかぶった……だが、レナの体の前に見えない盾があるかのように振りかぶった大鉈は弾かれた
「どうなってやがる!」
レナの歌はまだ続いている。弾かれた反動を抑えた大柄の男はそのまま隣にいたドールに攻撃をしかけてみるも先ほどと同様に大鉈は大きく弾かれた
「こいつもか!ちくしょう!」
大柄の男は打つ手がなくなり、本能に従い引くことを決心した。これ以上この場にいたら確実に死ぬと本能が叫んでいるからだ、その場から逃れるためにレナの横を通り過ぎ一目散に森へと走っていった
レナの歌はまだ続いていた
ディアは窮地から脱することができたと確信し、走ってレナの傍にかけよって声をかけたがレナの歌は止まることなく、レナは目をつぶってただ歌っている
ディアとドールはただそれを傍観することしかできなかったが不思議と気持ちも安らぎ、レナの歌を聞いていた。するとふと目の前に白い光の玉が20ほど出現し、さきほどの大柄の男を追尾するかのように森の方向へ高速で飛んでいった
「一体なんだったんだ」
森の中を走る大柄の男は先ほどの出来事を振り返る。まるで夢だったかのような出来事だったが、今森の中を走って逃走していることと攻撃したときに弾かれた腕の痺れが未だに続いてることが現実の出来事だと示している
「しかし歌か……まるで物語の中の歌姫だな、ハハハ」
そう口走った瞬間、大柄の男を無数の光が包む
そして彼は骨の一片も残さずこの世から消滅した
レナの歌が終わった
レナの体の発光が終わった瞬間にレナはそのまま後ろに倒れそうになり、ちょうど後ろにいたドールが体を支えることになった
「レナは大丈夫なのか?」
ディアがレナの体を心配するが、ドールの反応を見るに大丈夫なようだった
「なんだか疲れて寝ているみたいだね」
ドールは安堵した声でそう言った
「なぁ、今の歌ってさ……物語の中の歌姫みたいだったよな」
「うん、僕もそう思ってたところなんだ。それまでは不安でいっぱいいっぱいだったのに歌を聞いている間とても安心するっていうか……気持ちが安らいでたんだよね」
二人は複雑な気持ちになっていた。今まで一緒にいた幼馴染が物語の中で聞いていた歌姫だなんて言われてもこれからどうしたらいいのだろう、と。
「とりあえず帰ろうか」
「うん、帰ろう。僕達の家に」
ドールがレナを背負い、ディアが蛍火を出して道を先導し3人は無事に森を抜け村へと戻ってきた