一章 第5話 拙い作戦
丘の花畑の横にある森の深く、月明かりが差す倒木の上で大鉈を持った大柄の男とダガーを持った痩せた男が座って話をしている
その横には僅かに掘られた洞穴があり一人の少女が縛られていた
その男達はゴルドの蛇の中でも中堅クラスの実力を持っていたが、酒癖が悪く他の仲間とよく諍いを起こしており勢力圏拡大のための先遣隊という名目でこんな辺境へ追いやられていた
「ったくやってらんねぇぜ、こんなしょんべんくせえガキ一人しか収穫がないようなド田舎なんてよ。上玉一人でもいれば退屈せずにすんだのによ」
大柄の男がそう言ってどこから入手したのかわからない酒を飲んでいた
「まあまあ、ここで実績をちゃんと積んでおけばこの地方の頭になることも夢ではないですぜ」
痩せた男はこの大柄の男の部下なのだろうか、酒をちびちび飲みながらフォローを入れている
「バカ野郎!近場に酒場もないようなド田舎の頭になってどーすんだ!酒はどこから入手するんだ?ええ?」
どうやら痩せた男のフォローは逆効果であるようだった、痩せた男が渇いた笑いをしてごまかしていた時盗賊達の仕掛けた罠が作動する
チリン チリン
「魔獣でも出やがったか?おい、ちょっと見てこい。ちいせえのだったら始末してこい」
「へい、わかりやした」
痩せた男が仕掛けた罠の場所へ移動し始めた。大柄の男に口先で扱われている男であろうが伊達に森を拠点とする盗賊である、魔獣やただの獣程度を追い払うのは造作もないことだ
痩せた男が移動していた頃、二人の少年が森の中で焦っていた。盗賊の罠を作動させたのはもちろん彼らだ。森に入ったこともない彼らには森の中に盗賊が罠を仕掛けているなんて考えは毛頭もなかった
何かを踏んで音がしたと気づいたディアはその場に蛍火を残し、誰かが見にくると踏んだ少年二人は近くの木へと身を隠す
月明かりが当たらない木が密集した地では蛍火は目立つ
案の定遠くからたいまつを持った痩せた男がこちらへ近寄ってきている
ディアは蛍火を罠があった木の根元へ移動させて痩せた男を誘導することにした。彼らの手には木の棒があるが、子供が後ろから大人に殴りかかっても大したダメージは与えれずに返り討ちにあう
可能性が高い
「魔獣の気配はしないな、うん?これは蛍か?」
痩せた男が罠の位置へ到着し、蛍火を確認しようとしてた。彼は多少酔っていたのだろう、素面の状態ならここまで無警戒な状態で確認はしなかった。痩せた男が屈んだのを見てディアはドールへ合図を出した
木の上へ置いておいたビンがロープにひっぱられて倒れ、中から粉末状の粉が舞った
「なっ!」
粉を吸い込んだ男はしばらくむせて、そのまま横に倒れた
この粉は村長が幻術研究用に保管していたバイリカ草という幻覚を見せる麻薬を粉状にすりつぶしたものである。危険な毒物でもあるため厳重に保管されていたが長い間村長の家に通っていたディアはこれの危険性を説明されたときに保管場所見せてもらったいた。彼は夕方ドールに村長を呼び出してもらい、その隙にこれを拝借してきていた
痩せた男が完全に沈黙したのを確認し、蛍火をつけて息をとめつつ彼の傍へ寄り、持っていたダガーを奪い取りドールのところへ戻る
「うまくいってよかった……ついでに武器も手に入った」
ディアはほっと息をはいた。彼はこれの危険性は説明されていたが実際どのくらいの量を吸い込めば幻覚症状に陥らせることができるか知らなかったのだ、半ば賭けとも言える作戦だが成功したことに安堵した
ダガーをドールへと渡し、痩せた男がきた方角へ二人は忍び足で進む
しばらく進んでいると木が群生している場所から開けた場所が見える。そこの倒木に酒を煽っている男が座っており、洞穴の中に縛られた少女の姿が確認できた
「じゃあ行くからレナを頼むな」
ディアは小声でドールへと話しかけた
ディアの緊張した面持ちを見てドールは無言で頷く
「こんばんは、クソ野郎」
「あぁ?誰だてめぇ」
大柄の男はかなり酒を飲んでいて完全に酔っていた。その証拠にディアを確認して立ち上がったが足元がおぼつかない様子で大鉈は手から離さないもののフラフラしている
レナは言葉を忘れるほど驚いていた、もうどうなるかわからないと絶望していたところに幼馴染のディアが登場したのだ
「アイツは何してんだぁ、ガキが入りこんできてるじゃねーか。使えねーなぁクソッ」
「あんたの仲間なら寝てるよ、夜更かしさせすぎたんじゃない?」
「ハハハ、おもしれぇこというガキだ……死ね!」
大柄の男がフラフラとしつつ近寄ってきて大鉈を振りおろしてきた。が、やはり酔っている影響か距離をあまり掴めていないようだ
「ヘタクソ!こっちだよ!」
ディアはレナがいる洞窟に背を向けさせるように移動し、挑発しながらゆっくりと下がっていく。大柄の男は挑発に乗ってくれたようでディアへ向かってフラフラと歩きだした
それを確認したドールが洞穴に向かって走り出しレナの元へとたどり着いた
「レナ、大丈夫?静かにしててね、今縄を切るからじっとしてて」
ドールの姿を確認したレナは涙で溢れていた。絶望の中にいた少女を幼馴染の少年2人は掬いあげてくれたのだ
ドールがレナの縄を切った時、ディアはピンチを迎えていた。レナ側を背に向けさせて男を誘導はさせたがその先は岩場で囲まれており逃げる場所がなかったのだ
「おぉいぃ、追いかけっこはもう終わりだぜぇ?ハハハ!」
大柄の男は勝ちを確信したように腹を抱えて笑いだした
「狐火」
ディアは人差し指を立てて何度も練習した白い炎の玉を発現させる。それを見て酔って笑っていた男の顔が変わった、まるで酔いがさめてしまったかのように真面目な顔つきに変わってしまった
「魔術師か、てめぇ。ガキでも魔術師だけは舐められねえ」
そういい大柄の男は大鉈をしっかり持ち直し「殺す」と宣言した
ディアは生まれて初めてまともな殺気を受けてしまい足が震えてきた。止まれと思ってもまるで自分の足じゃないかのように言うことが聞かない
「い、いけっ!」
かろうじて狐火を飛ばしたが、大柄の男はさっきまでの動きが嘘のように軽やかに横にステップし避けられてしまった
「ありえない……」
ディアは思わず口走ってしまった。狐火が避けられる事態など想定していなかった、狐火が当たり怯んだ隙に距離をとって森へ逃げ込み闇に紛れる。それが彼の考えていた拙い作戦でもあった
狐火は決して遅い魔術ではない、むしろ幻術の中では最速に近くディアは日頃の修練と才能で目でギリギリ追うことができるほどの速度で相手へと飛来させることが可能となっていた。受ける側からすればまさに一瞬、ディアが打てる最高の電光石火の一撃だったのだ
大柄の男は魔術師との戦闘経験があるのだろう、彼の経験が魔術での攻撃を予測し回避行動を可能にした
一方ディアはまだ足が震えて動かない、動かなければ死ぬ。そう思うほど足の震えが止まらずもはや自分では制御不能だった
(甘かった……狐火が避けられるなんて……やはり子供が盗賊にかなうわけがなかったんだ……レナ、ドール逃げてくれ!)
ディアは心の中で己の未熟さと作戦が失敗したことを無念に思い、せめてレナとドールの無事を祈り死を受け入れることにした
「今のは驚かされたぞ……お前そのまま成長したらすげえ魔術師になってたかもな。だがここで終わりだ。死ね!」
大柄の男が前にステップし横薙ぎに大鉈を振ってきた
その瞬間をドールとレナは見ていた
レナは思わず叫んだ
「ディアを殺さないでええええええ」
空気が振動し、横薙ぎのモーションに入っていた男の体が止まり大柄の男が思わず後ろを振り向く
「なんだ、今の?」
大柄の男は驚いた、体が硬直するほどの衝撃を受けたからだ。前にいた魔術師の子供からではない。前にいた魔術師の子供はもう確実に戦意を喪失して諦めている状態だ、今まで何人も死の間際で生きることを諦めた人間を見てきたからからそれは間違いない。違和感しかないが今までの経験が、本能が脅威は後ろにあると言っていた
「ディアは……殺させないから……!!」
レナは泣き続けていたが、もう絶望からは立ち直っていた。そして助けてくれたディアやドールに感謝の気持ちで胸がいっぱいで、今は純粋に助けたいと心から思っていた
そのときレナの体が輝きだし……歌が流れ始めた