一章 第3話 事件
神聖歴986年 イベール大陸の他国に比べ比較的平和とされていたクロノア国に転機が訪れる
それは辺境の小さな村の小さな事件から始まる
その日はとても穏やかな日だった。クロノア国の一年の中でも最も快適に過ごせる気候で、その村では一年に一度のお祭りである豊穣祭が行われる前日でもあった
いつものように自由時間がきた時ディアはレナとドールと豊穣祭の準備のために町はずれの丘の花畑に行くことになっていた。豊穣祭では日頃お世話になっている人や自分の思い人にプレゼントを贈るという風習があり、その日に結ばれた恋人は永遠に離れることがないという縁結び的な意味合いも含めた村にとっては一大イベントであった
レナの提案でいつもの感謝を込めてエレナへ花冠プレゼントするという話だったのでディアとドールには異論もなく、三人は丘へ向かう
丘へ行く途中、村の中を通るが豊穣祭の準備でさまざまが大人達がせわしなく動いていた。中には村の外からきた商人たちもいる。主にプレゼント用の商品を露店で並べているが、やはり小さな村ということもあって高価な商品は並んでないようだ。丘へ行くということになっていたがやはり3人ともに足をとめて見たことがないような露店の商品に目がいってしまう
「君たち、何か買っていくかい?うちは子供でも手を出せる手頃の商品もあるよ、ほらそこの右のローズストーンなんかどうかな?」
少年達にはローズストーンがどういったものかわからなかったが、赤く透き通ったとても綺麗な石を指刺されて驚いた。こういった宝石のようなものはとても孤児の子供には手を出せるようなものじゃないと思っていたからだ。それが本当に自分達の小遣いでも買えるような値段、銅貨一枚と書いた紙のところに置いてある。ディアはどうしてこんな値段で置いてあるんだろう……と考えていたが、レナがすぐに食いついた
「これください!」
「あいよ!」
レナは商人へ銅貨一枚を渡し、商人は商人らしい笑顔で快い返事をしてレナへローズストーンを渡した
ドールも少し考えていたようだったがレナが買ったのを見て決心がついたようだった
「僕はこれをください」
ドールはローズストーンのほうではなく青い宝石のような石がついたネックレスを指差した
「これはブルーライト結晶って言ってね、そっちのものと違って値が張るがお金はあるのかい?」
商人はやや不振げな顔をしてドールに聞く
「これで足りますか?」
ドールが銀貨一枚を渡した。銀貨は銅貨の百枚分の価値だ、とても子供が持っていていいようなお金じゃない
「銀貨一枚か……少し損になってしまうが坊やみたいな子供が銀貨を持ってきたんだ、銀貨一枚で譲ってもいいか」
そういって商人は笑顔でドールへネックレスを渡した
ディアは驚いた。ドールが普段から小遣いを貯めていたのは知っていた。だが銀貨一枚まで貯めるには一年分は丸々貯めておかなければとても届かない金額だ。普段から何も欲しがらないドールがこんな高いものを買うなんてディアの中ではありえないことだった
「そっちの坊やは何か買わないかい?」
「自分は特に欲しいものはないです」
商人はディアにも何か買っていってほしいようだった。ディアも他の二人が買ったのだから何か買おうと思ったがディアは魔術で使う道具や実験のために小遣いを使っており手持ちがほとんどなかった
「そうかい、じゃあまた何かあったらごひいきに!」
商人はそういって笑顔で3人を送り出していった
村から丘まで行く途中にやっぱり話題はドールの買ったネックレスの話になる
「そんな高いもの買って大丈夫だったのか?」
「エレナさんはそんな高価なものじゃなくても喜んでくれると思うよ~?」
ディアとレナはドールに言うがドールはあはは…と笑ってごまかしている
「そんなことよりお店でちょっと時間かかっちゃったし急いで丘へ行こうよ!」
そういってドールは丘の方向へ走っていき、レナも「待ってぇ」といい追いかけていった。ディアもそれに続いて走っていたが、彼は考えていた。ドールがネックレスを渡す相手はエレナじゃなく、レナのほうなんじゃないか? と。
三人が丘についたとき丘の花畑の少し甘い花の香りが彼らを迎えた。花畑は赤、黄、青と三色の花で埋め尽くされている。花の香りに釣られて様々な蝶も飛んでおり、ここに初めて来た者は皆こういっている「神の園のようだ」と
花の冠の作り方は少年二人はわからなかったので二人が花を集めてレナが冠を編むことになった。二人はレナに言われた数の色の花を根元から引きちぎりレナのいる場所へと持っていく。レナは二人が持ってきた花を器用に編んでいき花の冠はあっというまに完成した
完成した花の冠をレナは丁寧に布に包むと暇そうにしてた少年二人に声をかける
「できたよー、天気もいいし皆でお昼寝でもしよっか?」
花のいい香りと陽気に当てられて三人とも少し眠くなっていたようだったのでレナの提案はすんなり通った
「あそこの木の下なんてどうかな?」
花畑から少し離れた木の場所をドールが指指す
「そうだね、あそこにしよう」
ディアもそれに賛同しみんなで花畑から少し離れた木の下へと移動した
「ふわぁ~」
レナはすぐにでも寝てしまいそうだ、走ってここまできたことも相まって皆疲れているようで三人はすぐに横になった
「……」
「……て!」
「……なして!」
何かが聞こえる
ディアが寝ぼけ眼でぼーっとしつつ目をこすって開けたとき、異常な光景が目に入ってきた
レナが大柄でいかにも盗賊という風体の男の脇に抱えられてじたばたしている
「いや!はなして!」
「ちっ、騒ぐからガキが起きちまったじゃねえか!」
盗賊らしき男もこちらに注意を払っていたらしく、目を覚ましたことに気がつくとレナを抱えたまま走りだした
「なっ……」
ディアは驚きで言葉が出なかった、男の声でドールも起きたらしくレナを抱えた盗賊を見ていた
「ドール!レナが攫われた!」
「見ればわかるよ!」
「追うぞ!」
二人は瞬時に立ちあがり盗賊の後を追って走っているがレナを抱えて負担になっているはずの盗賊に何故か追いつけない。男は花畑を抜け横にある森へと入っていくようだった
「森に入られたらまずい!森の中には魔獣もいる!」
「どうするのさ!」
二人とも半ばパニックになりながら走りつつ言いあっている。言いあいをしてるうちに盗賊は森へと入っていった。二人は追って森の入口へと入ったがもうそこには盗賊とレナの姿はなかった
茫然と立ち尽くす二人、森の危なさはエレナから嫌というほど教わっている。何度も何度も森には入ってはいけないという教えを刷り込まれている二人の足はこれ以上進まなかった
「これ以上は追えない……村に助けを呼びにいこう」
ディアは悔しそうにそう言った
「でもレナが!!」
ドールは追いたい気持ちと入っては森にいけないという刷り込みによる恐怖への葛藤で震えていた
「村へ急ごう、悔しいけど子供の俺達じゃどうにもできない」
二人は悔しい気持ちを抑えて村へと走り出した