目覚めの足音 01
目覚めの足跡01、02を1話にまとめ、2013年8月22日に書き直しました。
「やっと起きたか、気分はどうだ?胸焼けしてないか?」
桜が起きた瞬間耳にした言葉は、長らく感じたことが無い自分を心から心配するものだった。
誰が言っているのだろうと顔を上げるが、目の前には真っ黒な毛皮。
手触りが良さそうなその毛皮を桜は知っていた。
そう、それは……
「……ふ、わふわ」
あれは夢では無かったのだ。
しかし、極上の天然100%毛皮に包まれ見た夢はあまり良い物では無かった、と思う。
だって自分が竜になって目に付くもの全てを食べるだなんて、どこかの3流映画のようだし、何より桜は石を食べない。
だから彼女は夢だった、と確信した。
「おい、また寝るなんて言うなよ?起きろ、ねぼすけ」
いつまでもボーっとする頭で桜が自己完結していると、また声が聞こえた。
アーノルドの声である。
彼は、また寝られるなんて冗談じゃない!とばかりに桜がへばり付いている体を起こした。
アーノルドがのそりと動くと同時に、桜がころりと転がる。
何がおこっているか分からない桜は、目の前に突如現れた大きな熊を見た数秒後こてりと首を傾げた。
「遅ぇよ、しかも反応がおかしいだろ」
すかさずアーノルドの突込みが入る。
前に桜が起きた時に言えなかったことを、彼は今ここぞとばかり指摘する。
彼の指摘どおり桜の反応ではこの世界で生きていけない。
5歳の子供でも熊に遭遇したら、即逃げるぐらいの反応を返すのに、首を傾げるだけの少女、しかも熊を目視してから数秒後と来た。
駄目駄目である。
それでも相変わらずポケーッとする桜を見て、アーノルドはだんだん不安になってきた
「聞こえてんだろ?胸焼けしないか?それよりも体は痛くないか?」
しかし少女は何も言葉を発しない。
不安が大きくなり、しだいにアーノルドの脳内には一つの考えが渦巻くようになった。。
――もしや、自分が殴った場所が悪かったのではない?
責任重大だ。
未来ある、可愛らしい少女を自分が傷物にしてしまった。
しかも場所は脳、言葉の障害、手足の障害、考えだしたら止まらない。
「何か喋ってくれ、俺の言葉が理解できるか?」
ふわふわ発言を聞いているので、言葉は通じると思いながらも話し続ける。
すると、彼の努力が実ったのか、やっと桜が口を空けた。
しかしそこから言葉が出てくることはない。
アーノルドは首を傾げる。
桜も首を傾げている。
待つこと数秒後。
「……く、まさん」
「おうよ」
「くまさん」
「どうした?」
やっと会話が出来ると思っていたが、彼女の口から出てきたのは「くまさん」発言のみ。
何が言いたいのかサッパリである。
しかも、アーノルドの質問に対して何一つ答えを返していない。
「くまさん?」
「だから何だって聞いてんだろ?」
こてり、こてりと首を可愛く傾げる少女。
その姿から先ほどの凶暴な竜を想像することは出来ない。
小さな子供に返事を返しながら、何故か空を見上げてしまう熊。
頭の奥が痛い……俺が何をした。
何度として問いかけたが答えは一度として返ってこない。
――言葉が通じても意志の疎通が出来ないこともある。
熊の獣人アーノルド、この世に生を受けて57年。
まだまだ自分が知らないことはたくさんあると痛感した今日この頃。
アーノルドはこのままでは拉致があかないと、やっと実感した。
今居る場所は自分の家があった場所から少し離れた泉である。
暴走竜を無事眠らせたアーノルドがどうやって運ぶか頭を悩ませている時、またあの眩い虹色の光が辺りを照らし、何事かと驚いていると竜が少女に変化したのだ。
そのまま少女をこの泉まで移し、目覚めを待った。
無事目覚めた少女だったが、何を考えてるのか分からない。
と言うよりも、こちらの言葉が通じているのか分からない。
「あー、兎に角。この質問にだけは答えてくれ、良いな?」
やはり待つこと数秒後、少女はこくりと頷いた。
この少女は、物事を深く考えるタイプなのかもしれない。
アーノルドは独自に少女を分析していく。
ただ単に、行動が遅いだけだとも知らずに……
「よし、まず胃もたれや気分はどうだ?」
ふるふる顔を振る少女。
今度は反応が少し早い。
石や草木を丸かじりしていた竜を思い出してからの質問だったが、どうやらこの少女は驚異の胃袋を持っているようだ。
自分には無理だと密かに考えながら次の質問を出す。
いや、彼も少女と良い勝負なのだが、真実を知らないと言うことは幸せである。
今ここに最強の胃袋を持つパートナーが結成された。
「じゃぁ体に痛いところはないか?」
少し自分の体を見た後、ふるりと首を振る。
先ほどのような反応ではない。
「それはどっちだ?大丈夫なのか?それともどっかおかしいのか?」
「……お腹が」
「腹がどうした?!」
ガバリと少女の両肩を掴む。
そこはまさにアーノルドが拳を叩き込んだ場所である。
まさか青あざを作ってしまったのか?
自分の半分の背も無い少女に、仕方が無いとは言え手をあげ、しかも傷まで作ってしまうとは……後悔してもしたりない。
自分の腹をなでながら言葉を捜している少女を見て、もう少し手加減して殴れば良かったとアーノルド自分の行動を悔やむ。
「……ぃ」
「大丈夫だ、正直に言ってくれ」
苦虫を100匹潰した様な顔をさらしながら、少女を促す。
しかし少女から出た言葉はアーノルドの予想の斜め上を行った。
「いっぱい」
「ん?」
――まさか、それは……
たらりと嫌な汗が出る。
まさか、そんな……
「おなか、いっぱぃ」
熊がガクリと項垂れる。
当たった。
いや、当たって欲しくなかった。
ちらりと見える少女の顔はなんだか満足げだった。
「……よかったな」
その言葉しか彼女に返せなかった。
心を強く持て、アーノルド。