まどろみに誘われ 05
まどろみに誘われの06、07、08の3話を2013年8月22日に書き直し、1話にまとめました。
桜は何かに突き動かされたように目覚めた。
それが何と呼ばれるものか分からないけれど、だけれども自分の体が自分の物でないように感じられた。
抗いがたい、何か。
それは本来、生き物が持つ生理的欲求。
――……たい
喉が酷く渇く。
いや喉だけではない、体から溢れ出す何か。
そう、今まで感じたほどの無い空腹感であり飢餓感でもあった。
――くい、たい、喰いたい。
何を食べたいのか理解できない。
理解できないはずなのに、桜はそれが何かボンヤリと感じ取ることが出来ていた。
桜の意思とは関係なく急激に膨大していく飢餓感。
そして虹色の光と共に桜の体が変化していく。
その光に煽られるように、小さな影が少しずつ大きくなっていく。
その影が5m程広がったとき、虹色の光が爆発した。
――喰いたい!
虹色の光の渦から突如、竜が姿を現した。
洞窟を口から吐き出す光のブレスで破壊し、逃げ惑う動物は勿論のこと木々や石までも口に含み驚異的な速さで消化している。
狂ったような行動とは裏腹に、竜の体は太陽の光を反射して虹色に輝き神秘的な美しさを醸し出していた。
しかし見る人が見れば気づいただろう……その瞳が黒く濁っていることに。
竜を止めれる者は、未だ現れない。
***
その頃、家が破壊されてしまった事などまったく知らないアーノルドは果物を採取していた。
少女にと作ったスープを自分が全て食べてしまった為、新たに食料を探しに出かけていたのだ。
もちろん彼に体調の変化はまったく見受けられない。
恐るべき、アーノルドの胃袋。
そんな彼にも今は一つ心配していることがある、それは少女を1人家に残してしまうことであった。
アーノルドの匂いがが強く残っている場所に獣が近づくことはないと知っている、しかしそれでも尽きぬ不安、これこそがお人好しアーノルドの所以であるのだが。
自分の両手に抱えきれないほど取れた大量な果物をチラリと眺め、一つ頷いた。
――よし、帰ろう。
アーノルドが家に帰ろうと決意したその瞬間、その彼の努力を嘲笑うかのように、辺り一面に爆音が響き渡った。
そしてその音に釣られて見た方角には、彼が良く知る虹色の光が……
「……マジかよ」
腕から大量の果物が落ちたが、それを気にする余裕など彼には無かった。
何が起きてるかは分からないが、大きな生き物が自分の家の方向で暴れている。
しかも何やらとても見覚えがある虹色の光。
嫌な汗が一気に吹き出た。
「やめてくれ、俺が何したってんだ」
思わず空を仰いだアーノルドを誰が責めれようか、いや誰も責めれない。
ただ彼が、今回不幸な星の下に生まれてしまっただけなのだ。
アーノルドは数秒その場で立ち尽くしていたが、頭を軽く振り動き出した。
何が起こっているかサッパリ分からないが、あの少女か憎き虹色発光体が何かしたのだろうことは分かった。
――今度は何を連れて来た。家主である俺に一言断りを入れるのが常識ではないのか?
言いたいことは、いろいろある。
そして分かったことも。
それは自分がとんでもない者を拾ってしまった、ということであった。
慌しく家に帰ったアーノルドが目にしたものは、まさにこの世の地獄と言っても過言ではない風景だった。
地面は抉れ大きな石がのめり込んでいる、またそれだけに留まらず木々はなぎ倒され巨大な獣の死骸が所々目に付く。
その死骸のおかしな所は食べる為に殺したようには見えないところだ。
いや、食べる為に殺したが途中で止めている?
その理由には検討も付かないが、何故か全て食い尽くす前に次の獲物に移動したようだ。
しかもその次の獲物が決して動物だけではない。
石や木など目に付くもの全てに手を出しているように感じられる、何故かは分からない。
そして彼の目がある一点を見つめた瞬間、彼の時間は凍りついた。
「ま、予想は出来てたけどよ……こりゃー酷ぇんじゃねーの?」
そうの一点とは、彼の家のことである。
正確には、家だったもののことである。
洞窟は何処にあったかも分からないほどの更地と化していたのだ。
洞窟があった場所と思われる周囲は残っているのに、何故か彼の家だけは狙ったかのように何もない。
石ころ一つ無い。
アーノルドは気持ちを切り替えるため――主に自分の家との分かれる時間が少々時間が欲しかったのだが、時は待ってくれない。
上空よりアーノルドに狙いを定めた何かが突進してきた。
「どわっ!」
驚きの声と共に回避した彼の目に巨大な美しい竜が飛び込んできた。
しかも、しかも嫌な事にその竜が帯びている色は虹色。
あの憎き発光体と同じ色。
しかし、この竜の瞳の色は黒。
この黒い瞳を何処かで見たことがある……それは何処だったか、そう、これは少女の色である。
嫌な予感がする。
もしかして、この竜は――……
「おいおいおい……本気でやめてくれ」
自分の倍以上ある竜に愚痴を零しながらも危なげなく回避していく彼だったが、アーノルドにはもう一つ心当たりがあった。
少女にではない、その竜の姿にである。
虹色の竜の頭上から尾にかけて水晶石のようなものが大小様々連なっているのだ。
この世界には、多種多様な竜族が住んでいる。
しかし、今アーノルドの目の前にいる種族は50年前に絶滅したと言われている種族のはずだ。
ただし目の前の竜が同属で無いならば、と今この瞬間から付け足すべき事柄だが。
「ぐるるるる」
竜は目の前の獲物が、今までの獲物のように簡単に仕留める事が出来ないと漸く気づくことが出来たようだ。
唸り声を上げながら数歩下がり距離を取る。
対してアーノルドは自分と竜との力量をはっきりと感じ取っていた。
攻撃は単調でありスピードもそこそこ、はっきり言って彼の敵に成り得ない事を。
いや、正確には多くの獣人の敵になり得ないほどお粗末な攻撃だった。
それらのことから、この竜は今まで争いごとに関わらずに暮らしてきたことがアーノルドには分かった。
「そろそろ俺もかわいい女の子に会いたいんだが……お前さん、会わせてくれねぇか?」
優しく声をかけたアーノルドだが、その声と共に放たれた拳は鋭く空を切った。
今までとは格段に上がったスピードに竜は付いていけず、彼の拳を無防備な腹で受け止めてしまった。
グッと音にならない唸り声を上げ、竜はその場に倒れた。
しかし、手加減をし過ぎたのかまだ意識は残っているようだ。
「随分頑丈に出来てるんだな。でもな、俺もずーっとお前に付き合ってるわけにはいかなんだよ。わかんだろ?風呂に入りたいんだ。ほら、昨日は入れなかったからな。それにお前も言っただろ?「臭い」ってさ、流石の俺でも少しは傷ついたんだぜ?」
話しかけても言葉が返ってくることが無いのは分かっている。
竜だからではない、その瞳が濁っているのにアーノルドは対面したときから気づいていたのだ。
そして、正気に戻すには強い衝撃が居ることも。
だから無防備な腹に一撃を叩き込んだのだ。
だが、この竜が本来ならばまだ幼い少女であることが一瞬頭を過り、無意識のうちに力を抑えてしまった。
「だから、今は寝てくれ。大丈夫、今度は起きた時すぐ傍にいてやるから……おやすみ」
その言葉と共に、今度こそ竜の意識を刈り取った。
「はぁ~やれやれ。どうしたもんかね」
今日何度目になるか分からないため息と共に、こちらも本日何度目かの空を見上げた。
空は明るく、いつもと変わらない景色を彼に与えたが。
彼の日常は確実に変化していっている。
当のアーノルドは竜と約束した手前、傍を離れることも出来ず、またこの巨大な竜をどのようにして移動させるかに頭を悩ませていた。