まどろみに誘われ 04
2013年8月2日に書いたものを2013年8月21日に書き直しました。
ぐつぐつ……
桜の耳に、何か音が聞こえた。
これは、料理の音?
でも……この匂いは?
スンスンと鼻を動かす。
ぐつぐつぐつ……
桜の鼻に入ってきたのは奇妙な匂い。
その匂いは刺激臭のようでもあり、甘ったるいような匂いでもあった。
つまり、それは桜が今までに嗅いだ事が無い臭いであった。
桜は奇妙な臭いに誘われ、目を覚ます。
ハッキリと定まらない視界には、見覚えのある大きな漆黒の体。
「……く、ま?」
なんと目の前には上手に二足歩行した巨大な熊がいたのだ。
その熊は先ほどから桜の目の前で、鍋の前を右往左往している。
よく見ると、何かを鍋に投入しているようだ、そう、料理をしている
しかし、その料理はなんだかおかしなことになっているようだ。
まず、気味の悪い気泡がプクプク立ち上っている。
そしてその気泡が弾けた瞬間、桜が嗅いだあの奇妙な臭いが充満するのだ。
大きな鍋には何が入っているのか分からないが、それは食べ物の色をしていなかった。
――……物語に出てくる魔女を熊に置き換えた姿が今、桜の目の前で行われていた。
桜は自分が本当に起きているのかどうか分からなくなってきた。
だって、熊。
なんたって、熊。
どう考えたって、熊。
そう、熊である。
もし、その熊が桜の腰位の大きさならば、それは微笑ましい光景だっただろう。
しかし、現実にいるのは大きな鍋とその鍋が小さく見えるほど大きな熊。
確か熊の好物は蜂蜜だったような……桜はポヤポヤ考える。
魔女が子供を浚い食べるように、この熊も桜を食べる。
その考えが浮かんだとしても、もともと生に執着していない桜に逃げるという発想はない。
だけど、この料理が上手そうには見えない熊に、せめて美味しく食べてほしい思うぐらいはするかもしれないが。
「おぅ、やっと起きたか。今丁度夕食も出来たところだからタイミング的にはバッチリだな、腹は減ったか?」
相変わらずボーっとしている桜と目が合った熊は、本人的にはニコリと微笑み優しく彼女に話しかけた。
どこか機嫌の良さそうな熊に、桜は目を数回瞬かせ、それからポカンと口を開けたまま固まった。
そのままアーノルドが桜の返答を待つも、両者とも動かない。
アーノルドは一体何がいけなかったのかと、首を捻った。
まず、先ほどのアーノルドの態度を第三者から見た視点に変えてみよう。
小さな少女と凶暴そうな熊の目が合った瞬間……その熊は大きな巨体を素早く反転させ、歯を大きく剥き出しにした。
その後、このままでは少女が逃げると思ったのか、猫なで声をだし宥める。
誘拐犯の常套手段である。
そして、熊の前には巨大な鍋。
その鍋は、まさに準備万端。
さぁメインディッシュの少女を入れよう!
こう見えた筈だ。
しかし桜が思ったことは、こうだった。
――しゃべ、た?
その桜は、前で言葉を紡いだ熊を不思議そうに見ているのみだった。
これはやはり夢だ。
そう確信した桜は、1人うんうんと首を上下に動かした。
「まだ寝ぼけてんのか?」
口をポカンと開け何も反応しなかった桜が、行き成り頷き始めたのを見たアーノルドはまだ少女が夢の中にいるのか、ならば起こさなければ、と要らない親切心を出してきた。
彼の大きな体をゆっくりと桜に近づけ、少し格好つけるように左手に持っていたお玉を彼女の目の前で軽く振るう。
そのお玉は、鍋の中の液体を混ぜていた物だ……つまり刺激臭のようなモノを今も放っており、その臭いがお玉の動きに合わせて漂う。
「起きろ、ねぼすけ。夕食の時間だぞ。子供は食べないと大きくなれないんだ、だから食え」
サッと桜の目も前に出された物は、奇妙な色をしたスープ。
そのスープには漏れなく独特な臭いも付いてきていた。
アーノルドはその巨体から考えられない素早さを持って、少女がすぐに食べられるよう夕食を用意したのであった。
桜の左右には悪臭――……いや、只今絶賛アーノルド特製スープが待機されていた。
「何故だ、何故今その素早さを今前面に出してきた!アーノルド!!」
「君のソレは有難迷惑だと、何度あなたの残念な頭に言えば理解されるのですか?」
過去に何度となく叫ばれた悲鳴は、終ぞ彼に届くことは無かった。
もし届いていたならば、この時桜は助かっていたはずである。
「……い」
「うん?」
今まで黙っていた桜が、やっと言葉を発した。
しかし、アーノルドには聞き取れなかったようだ。
悲劇は続く、彼はなんと「なんだ?」とばかりに体を寄せたのである。
もちろん、それに合わせて近づく刺激臭。
「く、さぃ」
何とか言えたその一言を最後に、辛うじて留まっていた桜の意識は落ちてしまった。
彼女の周りを固める悪臭をどうにかして欲しかった、桜。
だが肝心なアーノルドに、その言葉の真意が伝わらなかった。
なぜなら……
「やっぱ風呂に入った方が良かったか?っかしーな、そんなに臭うか?」
当の熊は、自分が水浴びをしていないからの少女からの指摘だと勘違い。
そして忙しなく自分の体の臭いを嗅ぎ首を傾げていた。
――熊、人の心知らず。
まさか自分が原因で意識を落としたとは露程にも考えていないアーノルドは、仕方が無いとばかりに首を振った。
「……よほど疲れてたんだな」
アーノルドが考え抜いて出した結論は、ハッキリ言って的外れ。
彼は可哀想な者を見る目で桜を見つめていたが、もし彼の友人が見ていたならば即座に反論していたであろう。
その刺激物が――毒物が、いや、お前が原因だ、と。
あの桜でさえ「くさい」と主張できたのだ、その威力は想像を超えるはず。
「まぁ言葉が通じるし、腹が減ったら目を覚ますだろう。いや~それにしても俺って料理上手いな!」
少女が食べるはずだった料理を口に入れながら、暢気なアーノルドは1人幸せに夕食を食べる。