まどろみに誘われ 02
2013年8月1日に書いたものを2013年8月20日に書き直したものです。
「痛い、地味に痛い!すまん、悪かった、止めてくれ!!」
アーノルドの悲鳴が森の中に響く。
何も彼とて反撃しなかったわけではない。
この理不尽な攻撃に対し果敢にも反撃したのだ。
そう、反撃したのだ。
それは命一杯、反撃した。
しかしこの発光体、アーノルドの攻撃をスカッとすり抜ける。
なのに向こうの攻撃はきっちり当ててくるのだ。
奴らの一撃一撃に重みはないが如何せん数が多い、絶対100以上はいる。
――卑怯だ。
そんな考えが浮かぶも、アーノルドには手も足も出ない。
これは一種の虐めではないだろうか?
しかし、彼に出来る事はただひたすら謝り続けること。
アーノルドの瞳から光る滴が落ちそうになったその時、やっと発光体からの攻撃が止まった。
彼らはアーノルドを見て攻撃を止めたのではない、彼らは少女の小さなクシャミの音を聞いてピタリと止まっただけに過ぎなかった。
少女に視線を移すと、こんな寒空の中で薄着のワンピースのみを着用している。
確かにこのままでは確実に風邪をひくだろう。
しかし……
「……なんなんだろうな」
誰も答えるものはいないと知っていても、アーノルドはこの虚しい気持ちを言葉にしたかった。
そんな彼の事なんて関係ないと、また発光体が体を少女の方へと押していく。
しかし案の定、虹色の光に阻まれて半径1m以内に入ることが出来ない。
ハッキリ言ってこいつらが何を求めているのか分からない。
「お前ら、俺に何がしたいんだ?この子を保護させたいんだろ?だったら入れろ」
「保護」の所で、盛大に体を上下させる発光体。
しかし「入れろ」の所で、これまた盛大に体を左右に揺さぶる。
「つまり……彼女を助けて欲しいが、実力が無いものには彼女を任せれない。ってことか?」
アーノルドの言葉を聴いた発光体たちは、「最初っから此処まで察しがよければ良かったのに、残念だ……」と各々好き勝手に表現している。
「こいつら……」
アーノルドの握った拳がブルブルと震えるのは、仕方が無いことだろう。
好き勝手にされているのは、アーノルドの方なのだから。
しかもこの発光体に何を言っても意味が無い。
「はぁー……」
自分の頭を乱暴に掻きながら、大きな溜息を作る。
そして何処かに抜け穴は無いかと、少女の周りをグルリと一周した。
しかし何がどうなっているのか、サッパリ分からない。
もともと魔力が少ないアーノルドにはこの手の事が苦手だった。
ただ分かるのが、この生命体が何らかの魔力で持って彼女を囲っていることのみ。
囲うんだったら円内の温度調整もしろ、と彼は声高々と主張したい。
「あ~本当にめんどくせぇ。なんで俺なんだ、エルフだったら数秒で解読出来るんだがなぁ。いやエルフでもこんな奴らの面倒は見たくないか……」
愚痴を漏らすも、それを聞きとがめた発光体に地味に攻撃される。
1、2体なので痛くはないが、鬱陶しい。
そして彼は知らなかったが、エルフがもしこの発光体を目撃したならば、それはこの発光体よりも厄介な代物へと変化するのであった。
――知らないことは幸せである。
後に、彼はその言葉を幾度となく自分に言い聞かせる事となる。
本題を済ませようとアーノルドは少女を見つめた。
この少女が何なのかは分からない。
でも、発光体にとってはとても大切な人物なのだろうことは今までの行動でわかる。
自分はハッキリ言って巻き込まれただけだった。
アーノルドはどんなに考えても、少女を見捨てるという選択肢が思い浮かばない。
ならばやる事は、1つだ
「……やるか」
アーノルドは自分の爪を鋭く変形させ、目を細めた。
冬季である今、自分の力を出し切れないことは彼が一番良く知っている。
そんな状態で、どこまでやれるか……針の穴に糸を通すが如く、目の前にある見えない壁の一点に彼は連続的に集中攻撃した。
彼の実力を知っている者は、全力を出し切れていないその様を見て眉を顰めただろう。
それでもアーノルドが繰り出すその攻撃力の速さは、この世界では上位に位置すると言っても過言ではない。
本来、熊の獣人とは筋力強度――つまり攻撃力や防御力が優れているという事が、この世界の一般的な常識である。
しかしアーノルドはその中でも異例な、筋力と素早さ両方を兼ねそろえた獣人であった。
そして本人は決して認めようとはしていないが、回りからは『お人好しの熊』としても知られていた。
「くそっ!」
そのアーノルドでさえ、もうかれこれ20分は攻撃の手を休めれていない。
目の前の壁には、変化が見て取れない。
彼の額からは汗が滝のように流れ落ちている。
その一筋が偶然アーノルドの目に入り、彼が思わず眼を閉じたその一瞬。
閉じた瞼の裏から、目の前で光が爆発したのを感じ取った。
その光は、もしアーノルドが目を閉じていなければ、彼の目を潰していたかも知れない程の強力なものだった。
アーノルドは知らなかったが、この瞬間桜の世界が壊れたのだった。
桜が聞いたガラスが割れる様な音は、この結界が壊れた音。
そう、アーノルドが光の壁を壊したことが原因だったのだ。
そして桜は新しい世界で目を覚ます、彼女が知らないようでいて、知っている世界で。
「運が良いのか悪いのかはっきりして欲しいぜ」
そんな事を全然しらないアーノルドは、失明の危機を偶然にも脱したことに安堵していた。
そして気づく。
今まであんなに彼の周りでフワフワ浮いていた生意気な発光体は綺麗サッパリ姿を消していることに。
彼は壁を消したら、この少女をあの発光体たちに預けようとしていたのだ。
なのに当の本人たちが姿を消すとは、まさか考えていなかった。
「……勘弁してくれ」
どうして、こうなった。
初めから関わらなければ良かったのか?
どんなに考えても答えが出るはずがない。
出そうになる溜息を飲み込んで少女に近寄る。
やはり先あの光が原因だったのか、今度は容易に少女に近づくことが出来た。
アーノルドの目の前で、何も知らない少女は穏やかな顔で眠っている。
そんな少女を叩き起こすことは出来ない。
「家まで連れて行くか」
まず場所を移そうと少女を抱き抱えた。
いや、正確には抱え様とした。
しかし、ここでもまた問題が浮上する。
なんと少女を持ち上げることが出来ないのだ。
アーノルドの腰ほども無い少女を、熊の獣人である彼が、持ち上げることが出来ないのである。
――ありえねぇだろ。
その一言に尽きる。
今度こそアーノルドは盛大な溜息を吐き、夜空に輝く美しい星たちを眺めた。
「厄日だ」その一言が突如彼の脳内浮かび上がり踊り狂う。
それがワルツを踊っていたのか、ステップダンスを踊っていたのかは、彼のみぞ知る。
「せめてこの少女の取扱説明書を置いてから消えるべきだろ」
発光体に対し文句を言う。
現実逃避したい、でも出来ない。
彼は滴る汗を一拭いし、これからの方針について途方に暮れた。
グダグダ考えても何も始まらない。
動かせないものは、動かせない。
ならば次を考えなければ……つまり、この寒空の下ワンピースを着た少女をどうにかする、ということを。
天然の毛皮を着ているアーノルドと薄着の少女。
彼の自前の毛皮を貸せるはずが無い。
これは着脱不可能なのだ。
しかしだからと言って、アーノルドが丁度良く衣類を手に持っているわけもなく、ならば家に取りに帰ろうにも、その間に少女が他の獣などに襲われた日には、とても目覚めが悪い。
これならば先ほどの光の結界を破る前に準備しておけばよかったと少し後悔したが、そもそもそんな時間をあのい謎の発光体たちが許してくれるはずが無い。
「……クシュン」
そんなアーノルドに追い討ちを掛ける様に、少女はまた小さなクシャミを一つ。
彼は仕方が無いと一度首を振り、のそりと少女を抱え込むように自身の巨大な体を横たえた。
少女自身を動かせない為、上手くいかなかったがこれでも若干の寒さは防げるはずである。