血溜りの中のワルツ06
アーノルドは、何故だと自分に問いかけるが答えは出てこない。
「いつもの自分ならばタマユラが言ったような対応をしていただろう」と冷静な自分が言う一方で、「桜の保護は他人に預けるのではなく、自分が相応しい」と言う自分がいる。
自分自身のことが分からない。
こんなこと、アーノルドにとっては初めてのことだった。
「アル、アル。聞こえてますか?私が危惧していた事の一つが此れです。貴方たちはお互い無意識下で依存しあっています。それは決して軽いものではなりません……ここでお互いの関係を修正しなければ、これから先貴方たちの未来はとても暗いことになるでしょう」
「俺は……」
「今の貴方ならば今までの行動が、普段の貴方からかけ離れていた事が分かるでしょう?気づいたのなら警戒心を持ってサクラに接してください」
「だが何故サクラに警戒心を持たなければいけない?」
「私は貴方の異常行動はサクラが引き出したものだと思っています」
今までアーノルドとタマユラの言葉を静かに聞いていた桜の肩がびくりと跳ねた。
しかし自分自身のことに精一杯のアーノルドは気づかない。
タマユラだけが先ほどから桜に意識を向けている。
「サクラが意図的にしているかは分かりません。しかし、結晶竜の能力が分かっているのは個々が持つ結晶で願いが叶うという漠然としたものでしかありません。それだけでも特異な能力です、他の能力を秘めていたとしても不思議ではありません」
アーノルドはまだ事態が上手く飲み込めていないが、それでもタマユラの話は筋が通っている。
そこで彼は隣に桜が座っていた事を思い出した。
桜に視線を向けると丁度彼女もこちらに視線を向けていた。
そこには普段と変わらない無表情な少女の顔がある、しかしその瞳は酷く傷ついているようにも見えた。
「サクラ……ユラの話を全て信じてるわけじゃねぇが、それでも今までの俺の行動はおかしかったのは事実だ。俺はこれからもサクラと共に居たいと思ってる、お前はどうだ?」
「やだ」
アーノルドに話しかけられたサクラは瞬時に彼へ抱きついた。
今手を離すとアーノルドが何処かへ行ってしまうのではないかと恐れているように見える。
そんな桜であろうとタマユラは容赦しない。
「サクラ先ほども言いましたが、貴方は赤ちゃんではありません。自分の意思をはっきりと口にしなさい」
もう彼女の改造計画は始まっているのだ。
たとえ自分が嫌われても、2人の為にやらなければいけない。
「アルと、離れるの、いや」
「サクラ……」
アーノルドはぎゅっと自分に抱きついている桜を思わず抱きしめた。
そこへすかさずタマユラがアーノルドの頭を叩く。
「私は言いましたよね?甘やかすな、と。さっさと離しなさい、それとも貴方に一から同じことを話さなければいけませんか?」
「……すまん」
アーノルドは一度深く深呼吸をした後、桜を離した。
桜はそんなアーノルドにまた抱きつこうとしたが、タマユラが首根っこを掴み阻止する。
「サクラ……貴方は今までの話を聞いてなかったのですか?アルだけが努力すれば良いのではありません、貴方も努力をしなければいけないのです。そうでなければ私が貴方たちを引き離します」
「や、だ!」
「嫌だといって全てがまかり通る者はいません。さぁ自覚なさい。貴方のこれからの行動でアルと共に歩く未来があるか、ないかが、決まるのです」
「……」
「返事は?」
桜は助けを求めるようにアーノルドを見る。
しかし彼と視線が合う事はない、つまり彼は自分を助けてくれないということだ。
桜のなかで彼以上の者はない、彼が桜の全てといって良いほど、桜はアーノルドに執着していた。
今までならば、誰がなんと言おうとも桜には関係なかった。
なぜなら興味がなかったから、たとえそれが自分自身のことであっても。
しかし、今は違う。
彼女の中で彼はいつも正しかった……ならば変わらなければいけないのは、自分なのか。
桜からの返事を促すタマユラを見る。
桜が変わらなければ、アーノルドとの未来は、ない。
そうタマユラは言った。
そしてアーノルドもその意見に賛成している。
半ば強制された答えだろうが、桜は初めて変化を求めた。
「やる。話す、言う、だから一緒がいい」
タマユラを見詰める桜の瞳には強い輝きがあった。
「上出来です」
「サクラ……」
そんな桜の答えを聞き、タマユラはニヤリと笑いながら言った。
その横ではアーノルドはあれほどタマユラに言われたにも関わらず、独り立ちする桜をもの悲しげに見詰めていた。
それはまるで初めて好きな人が出来た娘を見る父親のようであったと後ほどタマユラは友人の狼と虎に語った。
「言ったからには容赦なく鍛え上げますよ」
その言葉通りタマユラは桜をビシバシと鍛えあげた。
次の日の朝から桜は叩き起こされ、もし自分で起きなければ朝食抜きとなった。
起きてすぐ瞑想に入る。
そこで自分の魔力操作に必要な魔力を感じ取るのだ。
その後、基礎体力を上げる為の走る込み、腹筋、背筋、腕立て伏せし、これが終わって初めて朝食に有り付けるのだ。
朝食後はお腹を落ち着かせるため座学に移る。
座学は文字の読み書きから始まり、この国の歴史、神話、民話、政情、種族、古代文明にまで及んだ。
昼食は自分で獲物を取ってこなければいけない。
桜はタマユラと共に森に入り、森に生息している薬草や毒草の説明を受けながら弓術を教わる。
自分で仕留めた獲物を捌き料理を作る。
昼食が済んだら、昼に取った薬草や毒草を調合する。
しかしタマユラは調合に対しそこまで詳しい訳ではない為、一般的な治療に留まる。
そして最後に、軽い護身術と武術をアーノルドから教わるのだった。
桜にとっては地獄の始まりだった。
瞑想の途中で寝ることもシバシバあり、そんな時はいつも朝食が抜かれし、基礎体力のきの字も無い桜が腹筋・背筋・腕立て伏せなど高度な運動は出来ないため、初めは精精5回が限度だった。
その後の文字の読み書きも日本語とはまったく違う文字を初めから覚えなくてはいけないのに、朝食が食べれてない桜は集中できず、何度もタマユラから厳しい言葉を貰った。
言葉が通じていることが、本当に幸いだったと言えよう。
しかし、その言葉が片言だったことで朗読の時間が組み込まれた。
アーノルドがそんな桜を見て、何度もタマユラに抗議していたがいつも口では勝てず、仕舞いにはあまりにもうるさい為家から追い出されてしまった。
昼食は自分で獲らなければならない、しかし桜は弓など初めて手にしたのだ。
そんな桜が獲れる獲物などいはしない。
何度も弦を引いた指の皮は擦れ血が流れた、しかし獲物は獲れない。
弓術に慣れるまで薬草スープだけが食卓に並ぶ事も度々あった。
タマユラは桜に自分で調合した薬は自分自身で試す事を徹底していた、そのため桜は失敗した薬で熱を出したり病気になることもあった。
護身術と武術の時間ではアーノルドが桜を甘やかしていた事がタマユラにバレてしまい、アーノルドはタマユラの手によってボコボコにされた後、逆さで木に括り付けられ一晩過ごす日が4日に1回はあった。
しかし、こんなに厳しくされても桜は一言も泣き言を口にはしなかった。
なぜなら彼女は知ってしまったから……
朝食を抜いた桜に付き合い、タマユラも朝食を抜いていた。
朝食を抜いた日はお茶の時間や軽食がいつもより多く用意されていた。
獲物が獲れない桜にさり気無く、果実が実る木がある場所まで誘導し、動かない獲物から獲ることを勧めてくれた。
彼は気づいて無かったけれど、時々彼の獲物を桜の獲物として獲って来てくれていたことを知っていた。
薬草スープが食卓に並んでも、文句一つ言わず2人でそれを食べた。
調合した薬を自分で試すのは人を傷つけないため、敵を作らないため。
熱を出して寝込んでいる時、こっそり見舞いに来てくれていた。
手を握っていてくれた。
基礎体力が無かったら何も出来ない。
でも、困るのは誰?
文字を知らないで困るのは誰?
獲物は何のために獲るの?
調合が何故必要なの?
――全ては桜のため。
――桜が1人で生きていく為に必要な知識、技術、経験。
その答えに行き着いた時、桜は1人涙した。
桜にとってアーノルドが優しく包み込んでくれる母親的存在ならば、タマユラは厳しさの中に優しさを隠した父親的存在だった。
そんな2人のためにも、そんな2人に報いるためにも、桜は努力し続けた。
泣き言も言わず、黙々と己を鍛えた。
その結果、桜は2人には劣るがそれでも同い年の獣人の子供よりかは比べ物にならないほどの知識や技術を手に入れることが出来たのである。
寄り道はここで終わりです。
次回からマリア様です。




