血溜りの中のワルツ04
「マリア様、追加の報告がございます」
「あら、丁度良い所にいたわね。その情報も大切だけど、私もっと良いことを思いついたわ」
マリアが行きとは違い少し不機嫌な様子を醸し出しながら地下牢から出ると、その扉の横でロマロが待っていた。
何故彼女の機嫌が悪いのか――……その答えはすぐロマロに知れた。
彼女はロマロを連れ添い、今出てきた道を引き返した。
そう、マリアの姉でありロマロの妻であるカテラ妃の前へ。
ロマロを目にした瞬間、カテラは飛び出すように壁から離れ牢の仕切りへかじり付いた。
「ロマロ、ロマロ!ロマロ!!来てくれると信じていました。この役立たずが訳の分からない事を言うのです。私を此処から出して、その者を不敬罪で捕らえてくださいな!」
しかしロマロはカテラの必死な様子を冷めた目で見るばかり。
ロマロの腕に自分の腕を回しているマリアはその様を見せ付けるかのように少し動かし、ロマロの視線を自分へ戻した。
「ロマロ、言って良いわよ。私のお姉さまはとても賢い方だと思っていましたけれど、やはりお歳のせいかしら……言葉が通じないの。お前の口から真実を伝えなさい」
「はい、我が主」
「もう!そんな堅苦しい呼ばれ方は嫌だって言ったじゃない。いつものように言って」
「わかりました、愛おしい人」
「ふふっそれはベッドの中でだけよ、いつものようにマリア様って言って?」
「すみません、マリア様」
「別に良いわ」
カテラは本日何度目になるか分からない、絶望を感じた。
ベッドノナカ?
イトオシイヒト?
何を言っているの?その人は私の夫よ!?
離れなさい!汚らわしい!!お前ごときが触って良い者ではないのよ!!
叫びたいのに言葉がでない。
目の前では自分の夫であるはずのロマロがマリアの頬をゆっくりとなで上げ、マリアもロマロに答えるように顎をソッと上げ目を閉じ、カテラの目の前で2人の口が重なる。
その慣れたような仕草で、2人が今までにも口付けを交わしていた事が容易にしれた。
ヒュ~っと口笛が両隣の牢から聞こえる。
「羨ましいぜ!王様!!」
「ぎゃはは!俺にもお零れはないのかい?」
囃し立てる者たちの声を聞き、これが現実であると、自分が見ている悪夢ではないと、分かる。
分かるけれど、分からない。
――何で?ロマロ?ねぇ答えて、こっちを見て。ロマロ!
そんなカテラの心の声が聞こえたのか、ロマロはマリアを腕に抱きしめたままカテラへ視線を向けた。
その瞳には相変わらず無機物を見るかのように感情が一切含まれていない。
「それで……マリア様。私がその者に説明をすればよろしいので?」
「っん、えぇそうよ」
マリアはこれから起こるであろう悲劇――いや、喜劇に胸を弾ませる。
作者も監督も私。
さぁ、あなたの人生を絶望で塗り上げてあげるわ。お姉様?
そしてロマロはカテラに告げる。
一度も愛した事が無い事を。
それは心だけでなく体も合わせたとこがないことを。
では、今いる子供たちは――?
カテラからの質問にも、たとえそれが彼女自身が呆然としていて言葉を発したと認識していなくても、ロマロは丁寧に答えていく。
魔術師に幻術をかけて貰い、奴隷をロマロであるとカテラに認識させていた事を伝えた。
また奴隷の調達が上手くいかなかった時は、死刑確定の犯罪者を使用した事、そしてその事実を噂として王宮に流しており、皆がその噂を信じていること、もちろん子供である姫や王子たちもである。
元々王族にしては魔力量が極端に少なく、色素が両親から受け継がれていない子供もいるのだ。
それでは誰の子供であるかと、ロマロが噂を流さなくても勝手に人々は勘違いする。
「何故私と結婚をしたの!?」
妻の悲鳴の様な問いかけにも、ロマロは眉一つ動かさず答える。
「――それがマリア様の望みだからだ。私が心から愛し、忠誠と尊敬を捧げるのはこの世にマリア様お1人のみ。マリア様の願いにより王を殺し、ルベアを毒殺した。元々お前に対する愛情など一つも持ち合わせていない、体の関係すらないお前と私の間にあるものを表す言葉は――……そうだな、無関係と言う言葉が適切だろう」
マリアから知らされていたのは、ロマロとカテラの間柄のみ。
カテラはそれすら信じられなかったのに、現在ロマロの口から前国王の暗殺と妹姫であるルベアの毒殺の事実までも聞かされてしまった。
彼が分からない。
昨日まで微笑んで、私を愛おしんでくれていた人は誰?
お父様の暗殺?
「お父様は原因不明の病気でお亡くなりになったのよ……ルベアだって、私とロマロの幸せな結婚生活を見ていて、そこに自分が入れない現実を知って、それで耐え切れなくなって毒を自ら飲んだのよ。だって、そう言ったじゃない。そうよ、そう言ったのよ!王宮医師長がそう言ったの!あはは、ロマロったら普段冗談を言わないから、だからあなたの冗談は面白くないのよ。さぁ子供たちを呼んで、これからの事について話し合いましょう。冗談の先生も呼ばなくてはね。何故って?だってあなたは――」
カテラの口からまるで狂ったように紡がれる言葉は、終わりを見せない。
時折、その口から意味の無い笑い声が零れる。
彼女の視点は彷徨い、何処を見ているのか――現実を見ているのかすら分からない。
マリアはその様を残念そうに眺めた。
「まぁお姉様ったら……現実逃避はよろしくないのに。私のおもちゃが壊れてしまったわ、こんなに脆いなんて考えてもいなかった。どうしましょう?」
「申し訳ありませんマリア様。私がもう少し考えていれば、数日はお楽しみ頂けたかと……」
ロマロはマリアから離れ、膝を付きまるで騎士のように謝罪する。
マリア自身もまさかここまで脆いとは思わず、本気で途方に暮れた。
これから楽しい事をたくさん考えていたのだ。
ロマロの前で幻術をかけず犯罪者に犯させる、いや子供の前でも良かったかな?
それとも今までアリアがされていた事を、体験させるのも良いと思っていたのだ。
「う~ん……仕方ないわね。もうこれは駄目だわ。あ、そうだ!」
このまま捨てるかぁ~と視線を回りに漂わせていたマリアは、フッと言い事を思いついた。
居るではないか、両隣の罪人が指をくわえてカテラを見ているのだ。
彼女が正気で無いが、そんなこと彼らにとっては些細なことだ。
うん、と一つ大きく頷くと彼女は厳かに宣言した。
「そなたたちの未来は死しか待ち受けておらぬ、そんなそなた等に我が慈悲を与えてやろう。此れより処刑日までこの女を同室者として向かえ入れてやる、その後は煮るも焼くも好きにするよい」
その言葉を聴いた瞬間、凄まじい雄たけびが上がった。
「おぉ!!ありがてぇ、なんて慈悲深いんだマリア様!!」
「自分は無知でした!来世では必ずあなたの元へ!!」
「「マリア様万歳!!」」
マリアは、その言葉に勿体深く頷くとロマロを連れ地下牢を後にした。
もちろん兵にカテラを隣の牢へ移す事を忘れることなく伝えて、である。
牢から出たマリアは、そのまま王の執務室へ移動した。
廊下を歩くマリアに対し周囲は相変わらず矛盾した視線を全身に浴びせた、それに対しマリアはその視線の主へ馬鹿にした微笑を携える事を忘れない。
カテラのことは残念だが、悔いても仕方が無い。
次のおもちゃを探すのみである。
それにロマロが持ってきた有益な情報も気になる。
邪魔者は全て消した、これからは身を潜める必要も無い。
さて、何から手を付けようか。
国名を変え、国の全てを私色に塗り替えるか……なんたって時間は、たーんとあるのだから。
「ふんふん、ふふん」
知らず知らずの内に彼女が口ずさむ歌は、この日から途絶える事がない。
その死の瞬間まで――……
彼女を見詰めるロマロの瞳に一瞬、浮かんだ憎悪は彼が瞬きした瞬間消えうせた。
ロマロが突然立ち止まったことにも気づかずマリアは進む。
当のロマロも何故自分が立ち止まってしまったのか、理解が出来なかったのか少し首を傾げ先を行くマリアの後を直ぐに追った。
真赤な布がひかれている廊下を進む2人は、まるで血の川を渡っているようだった。




