慌しい目覚め04
桜は恐怖のどん底にいた。
アーノルドから言われていた、ふわふわもふもふどころでは無い。
むしろギスギスしている。
何がって、空気がである。
「――……何か私に言う事はありませんか?」
タマユラの言葉の後に続いたのが「何言ってんだ?」とアーノルドの一言。
残念な熊は何も理解していなかった。
まさか、タマユラが自分を少女誘拐犯と見ているなど露ほど考えていなかったのだから、仕方ないと言えば仕方がない事だったのかもしれない。
しかし、アーノルドの返事を聞いたタマユラは数秒固まった。
そして顔に手を当て、俯く。
「すみません、私が間違っていました」
「おい、どうした――……」
「ふふっふふふふふ。申し訳ありません、まさか……まさかあなたが言葉を忘れる日が来ようとは思ってもいませんでしたから、ね」
「おい、何言ってんだ。ユラ?タマユラ?」
「黙れ、この誘拐犯。お前との縁も此処までだ。私の手で裁いてあげるのが、せめての情けと思い知れ」
その言葉を最後に片手に魔力を練る。
「おいおいおいおい、何してんだタマユラ?」
アーノルドはその冗談では済まされない、魔力量を感じとりひっそりと冷や汗を流す。
やばい、こいつマジだ。
俺なんかしたか?まだ何もやってねぇだろ!!
残念な事に、彼の心の叫びが聞こえたものはいない。
「さぁ、死になさい!」
その言葉と共に放たれたのは、風の刃。
しかも魔力操作に慣れているタマユラは、自分の家を壊すなどと言う失態は犯さない。
自分の手から離れた魔力を今も上手いこと操作している。
アーノルなど逆立ちしても真似できないことだ。
「くっ流石、害虫。しぶといですね」
しかし、そんなタマユラからの攻撃を避け続けているアーノルドもまた、ずば抜けた身体能力の持ち主であった。
「さっきから俺の呼び名が酷い事になってるんだがっ!おい!タマユラ!!」
「さっさと、くたばりなさい!」
2人に忘れ去られた桜は、もう一度ロデオを体感していた。
しかもそれは、前の比ではないほどの激しさを持っていた。
2人が優秀だから、その力は拮抗し決着が付かない。
お互いがお互いに夢中で桜の存在に気づいていない。
桜の握力が徐々に弱まっていき、もうあと数分しか捕まっている事が出来ないと感じたとき、事件は起こった。
「あっ」
それは誰の声だったか、アーノルドかタマユラか桜か、誰にもわからない。
アーノルドがタマユラの攻撃を避ける為に大きく跳躍したとき、桜の手から最後の力が抜けた。
桜は自然の法則に則り、そのままアーノルドの背を落ちてゆく、そこにはタマユラの風の刃。
アーノルドが手を伸ばす――……
タマユラが慌てて魔力を散らす――……
しかし、間に合わない。
「サクラー!!」
アーノルドの声を聞いた気がした。
しかし、桜は突然の事に動けない。
桜の目の前には、もう風の刃迫っていた。
部屋の中には無残にも切り刻まれた少女の死体が転がっている、はずだった。
しかしそうはならなかった。
もう駄目だと、誰の目にもそう映った瞬間、桜を包み込むかのように虹色の光が現れたのだ。
そしてその光はタマユラの魔力を無効化した。
「なっ!?」
ありえない出来事に、声を出したのはタマユラ。
アーノルドは一歩遅れて桜の救出に成功していた。
幸いな事に虹色の光がアーノルドを害することはなった。
タマユラも2人に近づき、桜に怪我が無い事を確かめ、安堵した。
何の罪も無い少女を傷つけるなど、許される事ではない。
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」
タマユラは深々と桜に詫びた。
しかし、桜はアーノルドに顔を押し付けたまま返事をしない。
見かねたアーノルドが声を掛ける。
「こら、サクラ。相手が謝ってるのに何も返さないのはルール違反だ。許す許さない、どっちでも構わないから返事だけはしろ」
「……ん」
「いい子だ」
アーノルドは桜の頭を軽く撫で、彼女の体をタマユラの方へ向けさせた。
当のタマユラは2人のやり取り見て口をポカンと開けていた。
――熊が子育てをしている。
そのありえない光景に、自分は先ほどの危険物のせいで幻覚を見ているのかとさえ思ってしまったほどだ。
「ん」
桜がその一言と共に手をタマユラに差し出す。
「これは……?」
「許すとよ。ほれ、手を握ってやれ」
アーノルドが桜の行動に言葉を付け足してやる。
タマユラは一瞬「何故お前がわかる」と言いたかったが、それを飲み込み軽く手を握った。
彼の手が触れるか触れないかの所で桜の手は引っ込んでしまったが、熊が「良くやった、偉いぞ」と頭を撫でているところを見ると、どうやら自分は許されたらしと判断できた。
「さて、突然訪問してきたアーノルドさん。もちろんきちんと説明して頂けますよね?」
「も、もちろんだとも」
2人の世界に入られたらたまらないタマユラは声を掛ける。
対するアーノルドもまた魔術をぶっ放されたはたまらないと返事を返した。
***
「――……そうですか。しかしそのような事が本当に?」
「嘘を言っても仕方ないだろ?」
アーノルドは桜との出会いから今までの経緯を一通りタマユラに話した。
その間タマユラは一言も口を挟まず、静かにアーノルドの話に耳を傾けていた。
そしてそんなタマユラが発した言葉がそれである。
話の中心である桜は、アーノルドの膝の上でお昼寝中である。
「んー……」
夢見が悪いのか、眉間に皺を寄せ何かから逃れるように体を反転させた。
アーノルドは桜の背中を優しく撫で、膝の上で動く桜の好きにさせた。
タマユラは彼らが所々で見せる、その慣れた手つきに2人で過ごした時間の長さを感じていた。
「それで、どうするのですか?」
「それを相談するために、来たんだよ俺は。ユラの率直な意見が聞きたい、どう思った?」
「現段階で出せる答えは……ありません。しかし、私の憶測で良いのであれば、聞きたいですか?」
「あぁ構わない。聞かせてくれ」
タマユラは深呼吸をしてアーノルドを見詰める。
その瞳には決意が見て取れた。
どのような結果がでようとも、桜の面倒を最後まで見ると、その瞳は語っていた。
その瞳を見ながらタマユラは思う。
――あなたはいつも……
幼い頃から変わらないアーノルドの瞳の輝き。
その瞳はいつも眩しいほど煌いていた。
陰る事のない光に、いつも支えられていた。
こんなこと恥ずかしくて本人には伝えていない。
しかし、だからこそ彼が困っていることには本気で手を貸してきた。
それは、今回の事もそしてこれからの事も、変わらない。
「これは私の憶測でしかありませんが――……」
タマユラは口を開く。
決して本人には伝える事のない、思いと共に。




