慌しい目覚め01
アーノルドはこれからの方針……つまり『友人に丸投げする!』と決めた後、すぐに住処を離れることを桜に伝えた。
アーノルド自身の持ち物は桜が跡形も無く吹き飛ばしたおかげで何も無い、まさに身一つである。
悲しいかな、熊の形態から人型になって必ず必要となる服も無いのだ。
今は天然の毛皮があるから良いが、人里に下りるときには十分注意しなければならない。
野生の熊と間違われないように。
そっと自分の住み慣れた家の跡地を見る。
何かの残骸が残っていれば未練もあるが、塵一つ無く綺麗な更地となった場所に未練は……無い。
――形有る物いずれか壊れる
自分の場合は少し早かっただけだ。
そう、ほんの少し早かっただけだ。
ほんのすこ~し……もう考えるのは止めよう、自分が虚しくなるだけだ。
アーノルドは未だに状況が飲み込めずポケポケしている桜を背負い素早く身を翻した。
桜が暴れてから今に至るまでに小3時間は経っただろうか。
あの虹色の光は目立つ。
仮にそれが朝日に紛れて気づかなかったとしても、人々は突如響いた爆音を聞き逃すほど間抜けではない。
そしてなんとなく、間抜けの部分でアーノルドは背中に感じる重み意識を向けてしまった。
そう、人々は桜ではないのだ。
あ、間違えた。
人々は間抜けではないのだ。
彼は心の中で言い直すと共に、「すまん」と桜に詫びた。
村人たちは必ず何かあったか調べに来るはずだ、近場の村からの最短時間を計算する。
大丈夫だ、幸いここに辿り着くまでには3日は掛かる。
それでも用心に越したことは無い、と彼は駆ける速度を速めた。
***
まさかアーノルドがそんな事を考えているとは思ってもいないポケポケ桜は、極上の毛に抱きつきながら彼女なりに目の前の熊について考えていた。
何故この熊は――……アルは自分に優しいのだろう、と。
喋る熊は今まで見たことなかったけど、それとも動物だから桜に優しいのだろうか?と。
そして桜は思いを馳せた、家の庭にいた動物たちに。
人間に対して興味を抱けなくなった桜の対象は自然と動物たちに向いた。
彼らは桜がどのようなことを言おうが気にしない。
彼らと過ごすうちに何時しか桜は彼らが人間から自分を守っているように感じるようになった。
それはほんの些細な事だったが、他人が近づいてきたら桜にそれとなく教えてくれていたのだ。
次第に桜もそんな動物たちに対して心の扉を少しずつ開いていった。
その扉は決して大きな隙間ではなかったが、それでも光が差し込むぐらいには開いていたのだ。
しかし、その小さな希望も虚しく桜は世界を跨いでしまった。
彼女を気遣ってくれていた動物たちは此処にはいない。
もちろん桜自身、今要る場所も何故此処にいるのかも理解できていない。
だけれども、彼女は漠然と感じとっていた。
鳥たちの囀り、空気の流れ、朝日を反射する草花、全てが違う、と。
その事に気づいた時、桜の心は無意識に……そして確実に闇の中へと一歩ずつ歩み始めていた。
また暗闇の中ひっそりと過ごすことになるだろうと思われた彼女の未来は、この奇妙な熊との出会いによって違う道筋を辿っている。
アーノルドの外見が熊だったことも良かったのかもしれない。
その外見が桜に及ぼす影響は、どっちに転んでも吉しか出さない。
しかし、吉しか出さない中で……彼は大吉を叩き出した。
大当たりだ。
そんな桜との出会いはアーノルドにとっては災難だったかもしれない。
いや、災難だらけだろう。
しかも今は始まりに過ぎない。
けれど、桜は確実に彼に救い出されている。
彼女の心は少しずつ動き出している。
その小さな小さな鼓動はやがて力強い音を刻むだろう。
そして、桜の活動時間が長くなればなるだけ囁きかけてくる声があった。
今はまだハッキリと聞こえないその声に耳を澄ませる。
しかし所々途切れて何を言っているのか分からない。
その声は幼い頃に消えた、何か……
知っているのに、思い出せない。
そんなもどかしい思いが手に出たのか、毛を強く引っ張ってしまった。
アーノルドが少し首を傾げながら口を開く。
「なんだ?腹減ったのか?待ってろ今作ってやる」
衝撃的な言葉を耳にした桜は一瞬で自分が何を考えていたのか忘れピタリと固まってしまった。
そんな桜の様子に気づく事も無いアーノルドは、獲物を探すため周囲に神経を張り巡らせる。
そして丁度良い獲物を見つけたのか、熊はにやりと獰猛な笑顔を浮かべ猛然と進み始めた。
背中にいる桜を忘れて……
大きな熊の上で体が上下左右に跳ねる。
その様はまるでロデオ。
アーノルドに話そうにも口が開けない。
お人好しで料理が好きだけど、彼が作るものは全て毒。
そんなアーノルドは少し抜けているところがあった。
頑張れ桜。
頑張れアーノルド。
これからの彼らの昼食に幸あれ。




