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超越者の戦闘Ⅰ


 分からない。


 レミィには分からなかった。



 何故、自分が襲われるのか。


 何故、自分があんな殺意をぶつけられるのか。



 メルの手を握る手に力が籠る。



 あんな感情をぶつけられたのは、生まれてきてこの方初めてだ。


 バーディスは逃げろ、と言った。


 だが、本当にそれでいいのか。


 レミィは立ち止まる。


「……レミィ?」


 メルは不安そうに尋ねるが、彼女は答えない。



 私は、ただ逃げるだけでいいのか。


 この力を使わずに、逃げてもいいのか。


 バーディスが怪我無しに敵を倒すことはある。彼はかなり強いからだ。



 だが、ほんの一瞬の対峙だったが、それでもレミィには分かった。


 あの男もかなり強い、と。恐らく、バーディスが無傷で勝つことは出来ないだろう、と。



 よく考えろ。この力は、何のためにあるのかを。


「……すみません、メルさん。あなただけでも、逃げてください」


「えっ? レミィは……」


「私はここに残ります。だから、あなただけでも」


 優しく微笑みかけ、諭したつもりだった。


 だが、予想外の返答が帰ってきた。



「じゃあ、私も残る」


「え?」



 レミィは驚いて目を開く。



「だって、レミィだけ置いていくわけにはいかないもん」



「駄目ですっ! 危険ですよ! だってあなたは――」


「一般人だから?」


 メルに言葉の先を言われ、口をつぐんでしまう。


 今度は、メルが優しく語りかけた。


「確かに私は何の力もない人だよ。でもね、それを理由に私は逃げたくないの。力が無いからって、逃げて遠くで見ているだけはもう嫌なの。それで、もう誰も遠くへ行って欲しくないから」


 それは、彼女の心の底から出てきた言葉だった。


「私がここにいて何が変わるわけでもないけど、でも私は、ここにいる。そうしたいの。いいでしょ?」



「……」



 レミィはその言葉を聞き、じっとメルの瞳を見る。メルも見返す。



「……分かりました」


 先に折れたのはレミィだった。降参するように頷く。


「ありがとう」


 メルも笑ってそう言った。



 そして、二人でこの戦いの行く末を見る。




     ★





 バーディスの疾走は、誰かが真似をしようとしてそう簡単に出来るものではない。本人もそう自負していた。


 実際、正面で同じように走り来る男よりも速い。


 距離が縮む。


 剣を振り上げる。


 男が武器を抜く気配はない。


 だが、バーディスは何の躊躇いもなく、剣を振り下ろした。


 途端、金属の甲高い音が響き渡った。


 男が手に持っていた、白くのっぺりとした剣によって、バーディスのは受け止められていた。


(まただ!)


 バーディスは心の中で軽い舌打ちをし、その場から飛び退く。


(何故武器を抜き放つ動作が見えない!? 注意しているというのに!!)


 抜く動作はおろか、手を腰または背中に持っていくところすら確認出来ないのだ。


 距離の空いたバーディスに向けて、男は空いている方の手を後ろに持っていき、何かを投げるような動作をする。


 すると、またもや幾本もの剣が、バーディスへと向かってくる。


「くそっ!」


 訳の分からないまま、バーディスは襲いかかる剣たちを弾き返す。


 弾かれた剣が、さっきと同じ様にして消えていくのを視界の隅で確認する。


(一体何なんだ!?)


 バーディスは内心で激しく動揺する。この能力は、フォルクのものにも、況してやレミィのものにも共通しない。


 剣の投てきは今尚続いている。


「……くっ!」


 このまま防戦一方では何も始まらない。バーディスは一度大きく剣を振るった。



 複数本の剣がまとめて弾かれ、一瞬ながら空白の時間が出来る。


 バーディスはその隙に、剣の弾幕から逃れるために横へ走る。



 男の追撃が襲い来る。


 バーディスは止まらない。止まれば再びあの剣の弾幕に捕まることは目に見えているため、止まるわけにはいかない。


 その間も、バーディスは相手を観察する。


(まず、あの消える剣をどこから取り出しているのかを見極める必要がある)


 どうでもいいかもしれないと思うかも知れないが、この手の相手の場合、それはかなり重要な事なのだ。



 これまでにも、多数の武器を駆使して戦う相手に遭遇したことはある。


 その場合相手がどこにその武器を隠し持っているのかを分かるか分からないかでは、対応の速さにかなり違いが出てくるのだ。



(問題は、剣程の大きさの武器を、一体どこに隠せばあれほど大量に持てるのかだ……)


 バーディスは静かに考える。


 と、いきなり男が不敵に笑った。


「観察しているのか」

「!」



 自分の行動理由を勘づかれた事で、それが動揺として顔に出てしまったのだろうか。男の笑みが更に深くなる。



「図星か。確かにそれは大事な事だがな。得体の知れない敵から情報を得ることはそのまま勝敗に繋がるからな」


「ちっ!」

 今度こそ大きく舌打ちをし、バーディスは突っ込んだ。


 もはや考えるだけ無駄だと悟った。フォルクとの戦闘でも、思い返せばそうだった。結局彼は特攻した。それでフォルクは押し返せていた。何故気付かなかったのか。



 この男でも同じ様にいくとは限らない。だが、そうするしかない。


 バーディスの突然の行動の切り替えに驚いたのか、ほんの刹那の間、男の動きが鈍った。



 だが、すぐに剣の群れは襲いかかる。


 それらを、地面すれすれまで屈むことで避ける。すぐ頭上に死の塊たちが過ぎていくのを感じ、冷や汗が湧き出るが止まらない。


 屈んでも避けきれないものもあるが、いなせない数ではない。



 屈んだことで重心の下がった彼の疾走は、次の投てきの動作に入っている男の懐までの距離を瞬時に詰める。



 今度は男の目が見開かれる番だった。



「はあぁぁっ!!」



 気合いの雄叫びと共に、バーディスは渾身の力で剣を斬り上げる。



 が、絶対のタイミングで放たれたかと思われた斬撃も、またもや防がれる。



 男のもう片方の腕に握られた、白い色の剣によって。



 バーディスの斬り上げに対抗するため、男も振り下ろしに力を込めたため、両者の顔がぶつからんばかりに接近する。


 視線と視線が至近距離で衝突する。



「何なんだ貴様は……! 何のためにレミィ様の命を狙う!?」


 バーディスは低く怒鳴る。


 が、男の方はそんなことを全く気にした様子もなく、バーディスの顔をまじまじと見た。



「この剣の扱い。そして金髪碧眼の顔立ち……そうか。お前がそれか」



「……何を言っている!? 貴様が誰なんだと聞いている!」



 すると、男は醜く顔を歪めて、胸焼けのするような笑みを浮かべた。



「俺が誰かって? 本当に分からないのか? これを見てもか?」



「何を言って――」



 バーディスの言葉が止まった。


 この時、両者があまりに密着していたため、二人の間で何が起こったのか傍目からは分からない。


 が、その時男は確かに何らかのアクションを起こし、それによって彼の動きが止まったのだ。



「な、に……?」



 いきなりバーディスの声が小さくかすれる様になった。まるで親しい友人に裏切られた時のような。


「お前、まさか……」



 至近距離でバーディスは男の顔を見る。さっきとは全く違う感情を込めて。



 男は笑みを崩さない。より一層深まったようにも思える。


「お前なのか……!」


 バーディスが必死な様子で声を上げる。喋らずともそれを否定して欲しいと訴えていた。「……」


 男は答えない。そして表情も変えない。



 果たしてバーディスはそれをどのように受け取ったのだろうか。



 と、遂に男が口を開いた。



「確かにそうだが……違ぇよ」



「!!」



 男が言い終わった直後、バーディスは全力で地面を蹴り、後退した。



 その彼のすぐ横を真上を、幾本もの剣が通り過ぎる。



「……上手く致命傷は避けたみたいだな」


 男が静かに呟く。



「くっ……!」


 バーディスは片膝を地面に着いた。



「……完全には避けられなかったみたいだけどな」



 バーディスの膝を着いた方の足の腿。そこから流れる深紅に染まる液体が、地面を同色に濡らす。


(腿をやられた……!)



 至近距離から放たれたそれらを、致命傷になることは避けられたが、右の腿をごっそりと抉られた。



(だが、分かったぞ……)



 ほぼ密着状態から攻撃を受けたため、バーディスは男の武器のからくりを見ることが出来た。



 そして、見ることとそれを信じることは、別問題なんだと分かった。



(奴は、奴の武器は――)



「まぁ、俺としては別にお前が戦闘不能になればもうどうでもいいんだが……」



 男は頭の後ろをがしがしと掻き分ける。そしてその体勢のまま、視線を動かす。



「……よく逃げずに残ってたな」


「!? まさか……!」


 バーディスはその目線を追う。




 そこには、ぴったりと寄り添い、男を睨み付けているレミィとメルの姿。



「馬鹿なっ……! 何故逃げなかったのですか!!」


 バーディスは叫びながらも、内心で少し納得してしまっていた。



 あの方が、誰かを置いて逃げるようなことが、出来るのだろうか、と。



「待ってろよ……今すぐ殺してやるからなぁ!」



 男は雄叫びをあげ、いつの間にか握っていた剣を振り上げ、彼女らに迫る。


 と、レミィの前にある人物が立つ。


 メルだ。彼女は両手を広げ、レミィと男との間にまるで盾のように割って入る。


 が、無駄だとバーディスは瞬時に悟る。男は凄腕の戦士。たかが一般人一人の盾など、容易く貫くだろう。



「よせっ!!」


 バーディスは叫んだ。それが今の彼に出来る精一杯だった。足をやられ、もはや歩くのもままならない。

「よせっ!!」


 だから、叫ぶ。それをすることになんの意味もなくとも、そうする。


 そうすることしか出来ない。


「……なら、貴様も 道連れにしてやる!」



「よせっ!!」


 もう何度目かも分からず、彼は叫んだ。


 男の剣が閃き、真っ直ぐと突き出される。メルと、その後ろにいるレミィの心臓を貫くであろう軌道を描いて。


 メルはぎゅっと瞼を閉じた。



「よせぇ!!」



 叫び声が、虚しく宙に消える。




 その時だった。




「……?」



 男はふと気付き、剣を止めた。


 自分のことを、小さな影が覆っていることに。


 それだけなら、全く気にしていなかっただろう。空には鳥だっている。



 だが、それだけに留まらなかった。


 問題は、自分を覆うその影が、徐々に大きくなっていると言うことだ。



「――!」


 男は瞬時に危険と判断し、その場から飛び退いた。



 直後だった。



 影の正体が、着地する。


 頭上に掲げていたのだろう剣を振り下ろして。


 目標を失った刃は、地面を次のそれと定め、接触する。


 それだけだ。

 ただそれだけの話。




 それだけで、大地が爆ぜる。




「なっ……」



 風圧に押され、男は更に退がる。



「何だあいつは……?」


 朦朦と立ち込める砂煙から、一人の少年が現れた。


「あ……」


 メルが思わずといった調子で声をあげるのが、男の耳に届く。



「ったく、弱いものいじめに弱いものいじめを重ねて一体何が楽しいんだ?」



 少年は面倒臭そうにぼやきながら欠伸をする。



「余程の性悪か、ちっちぇえ男なのな、あんた」



 そして、持っている剣を肩に担いだ。



「虐められっ子を助けに現れる救世主な俺。なんつって」



「何だ、お前は?」


 男は苛立たしげに問うた。



「どうでもいいだろ。そんなことより、今お前、こいつらを刺そうとしたよな?」



 少年が質問に質問を重ねる。


 男が無言でいると、少年は続けた。もとより聞く気は無かったようだ。



「覚悟しろよ。俺のお仕置きタイムだ」



 少年は静かにそう呟き、剣を構えた。



 まだ、男は知らない。



「……フォルク」



 そう呼ばれた少年の事を。





 かつて魔王と恐れられた、彼の力を。

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