四十七話隔離世界
今回はサブタイでお察しつきそうですが、神崎君のお話です!!
新しい力がウオオって感じです!
一試合目、如月弥生と三條瑠華の試合。二試合目、天条遥香と剛田甚助の試合。どちらもそれに相応しいくらいの観客の盛り上がりを見せ会場を熱気で包んだ。その余韻は試合後も続き、体育館内を騒然としているが、その二戦よりもさらなる異常な盛り上がりを見せているのがそれらに続く第三試合目。
神崎瞬対緒代孤影
総隊長御剣の死により聖騎士団現状一位の座に君臨している幼き騎士、孤影。戦闘部隊としては他のどの部隊よりも突出している特攻部隊の隊長である瞬。どちらも総威戦での優勝候補として話題になっているが、それがまさか一回戦から激突するとは、誰も予測していなかった事だろう。
「いきなり孤影と、か……」
瞬の視線の先には、無表情なまま真っ黒な瞳を彼に向けた孤影が佇んでいる。その顔からは一切の心情が読み取れない。
「……前置きは、いいわ」
読み取れないが、はっきりとした戦意が小さく呟かれたその言葉だけで伝わってくる。瞬は、一瞬戸惑ったような表情になるが、それでも腰に括り付けられた二丁の銃に手を置く。よく見ると、瞬の腰元には、御剣の愛刀であった刀、白雪も括り付けられている。
「なら、始めようッ!!」
瞬の言葉を皮切りに、戦闘が開始された。
瞬が放つ銃弾は孤影の動きが鈍るよう、孤影の太腿をしっかりと狙って放たれていた。しかし、ただの銃弾如きでは孤影の闇の力の前には意味を成さない。孤影の体の寸前まで迫った銃弾は彼女の体から溢れる黒い波動に飲み込まれ、そのまま包み消す。ただその場で撃つのも馬鹿らしいので、瞬は多彩な動きで多方向から銃弾の雨を止ませずに攻撃するのだが、開始地点から一歩も動かない孤影の前で、その全てが潰された。
「やっぱり、こんなんじゃ無理だよなぁ……」
分かっていた事ではあるが、闇の力の前にはこんな武器は通用しない。改めて痛感させられた瞬は銃をホルダーにしまうと、意を決したようにその両手のひらを孤影へと向ける。紛うことなき、隔離能力発動の構えだ。とはいえ、彼はこの総威戦において隔離圧縮を使えない制限を設けられている。許されているのは、立方体の壁を用いた攻撃のみ。一つ意識を間違えれば、制限を無視した事により敗北となってしまう。瞬の両手が小刻みに震えた。まるで、使う事に恐怖を覚えているかのように。
「……構わないのよ?」
だが、そんな彼を見て。それが危険な力だと分かっていて。この少女は……
「……隔離圧縮を使っても、構わないのよ?」
隔離圧縮を、許可した。
数年前の話だ。瞬と孤影が一度だけ戦った事がある。その時、瞬は特攻部隊の隊長に就任したばかりで、自分の実力がどれだけの物なのかを理解していなかった。理解できない事に苛立ちを感じた瞬はその時すでに総合部隊副隊長を務めていた孤影に勝負を挑んだ。当然の事ながら瞬は孤影に敗北した。その際に孤影は、瞬に小さくある言葉を呟いた。
「慢心は……駄目よ」
試合が始まってから既に二十分程が経過した。隔離圧縮は、審判となる団員、及び救護部隊に孤影が許可を出させ、使用しても構わないという事になった。無論、これは特例である。しかし、制限が無くなったとはいえ、孤影に隔離圧縮が届きはしない。闇の力を前にし立方体は回避される。ただ単に能力を使うだけでは無駄に体力を消費するだけだと考えた瞬は一度その攻撃の手を止める。
「……終わりかしら」
つまらなさそうに、孤影は呟いた。彼女は、未だに傷の一つもついていない。
「いいや、まだ全然余裕……って言いたいところなんだけど、そもそも孤影には追いつけないよ」
この二十分の間に孤影は一切攻撃をしていなかった。隔離圧縮の回避に集中するあまり攻撃する事が出来なかった、わけではない事は、今の彼女の様子を見るだけで分かる。
「闇鎖、黒槍、黒銃、黒鎌……そのどれも具現していないなんて、大分下に見られてるみたいだな」
「……下には見てはいないわ。ただ無駄に消費をしたくないだけ」
淡々と告げる彼女だが、その言葉を瞬は信用はしない。実際に、彼が聞きたいのは、具現していない事ではなく、攻撃をしていない事だ。
(どこまでが孤影にとって無駄な消費なのかがわからない……)
油断したところで、闇鎖で拘束されればその時点で負けは決まり、総威戦に出た意味が一瞬にして無意味になってしまう。
だったら。だったら彼がやるべき事は一つ。
「本気を、出させてもらうよ」
今までにないくらいの覇気で、瞬は呟いた。
「……ッ!?」
明らかに空気が変わったのを感じた孤影は咄嗟に闇の波動の中に身を潜めようとするが、いつまで経っても自身の体が波動に包まれない。そして異変に気付く。
「……な、に……これ?」
視界が、自分の能力とは違う感覚で暗くなっていくたのだ。遮蔽されているはずなのに、しかし周りを壁が覆っているのが見て取れる。まるでこれは、隔離圧縮される瞬間のような。そんな思考が彼女の頭を過ぎる。
「立方体の中は初めてかな?」
前方にうっすらと見える黒い影は、間違いなく瞬のものだ。隔離圧縮なら、瞬がこの中にいるのは有りえない。孤影は、その顔に、珍しくも焦りの表情を浮かべる。
「……ここは、どこ?」
弱々しく投げかけられた疑問に、瞬は冷静に答えた。
「ここは、隔離世界。隔離能力の、極地だ」
「……極、地?」
「そう。異能力の行き着く果て。その異能力が持つ最後の力。孤影と俺は今、その極地の中にいる」
「おい!なんだあれは!」
「フィールドが丸々消えたぞ!」
会場全体が、今起きた出来事にざわめきだすのに時間はかからなかった。瞬と孤影の戦っていたフィールドが、真っ黒な壁の出現と同時に切り取られたかのように消えたのだ。
「なんですの……これは」
会場で試合を見ていた遥香は目の前で起きた事に驚きを隠せていなかった。
「神崎の、本気……だと?」
隣に立つ秋川もまた、その目に驚きを隠せない。
「隔離世界。神崎の持つ隔離能力において、最高の力」
そう呟いたのは、苦虫を食い潰したように苦しそうな表情を浮かべる静理だ。口ぶりからして、瞬のこの力を知っているようだ。
「その中では、何が起きている?」
秋川の質問に、静理は低く呟く。
「私にも、あの中で起きることはわからない……わかっていればあの時……!」
「藍河?」
「どうしましたの?」
秋川と遥香の声で顔を上げた静理だが、なんでもないという風に首を横に振る。
「あんな得体の知れない力を……くっ……」
静理は強く拳を握り締め、体を震わせる。誰にも、悟られないように。
「能力には行き着く最果ての力がある。それは人によっては具現するものだし、人によっては具現しないものだ。俺は、運良く隔離能力の極地に辿り着いた。それがこの隔離世界。この中にいる間、俺が不必要だと思った全てのものは無に還る」
「……そんな馬鹿げた力、体にかかる負荷はとてつもなく大きいはずよ」
「もちろん。だからこそ、俺はこの数分で、孤影を……倒すッ!!!」
瞬が、とてつもない速度で孤影に迫り、その小柄な体を蹴り飛ばす。反応に遅れた孤影は、受け身も取れず後方に大きく吹き飛び、地面を転がる。今の瞬の動きには、一切の容赦が感じられなかった。
(……は、ぁ……重力の一部、と、情けの感情を、消した……?)
そんなに呑気に考察している暇などない。だが、孤影は打開策を見出すためか、あるいは行動パターンを見切るためか、頭の中で、瞬が何を無に還すのかを整理する。
「終わらせるぞ。孤影」
腹部を抑えながらなんとか立ち上がる孤影を待とうとはせず、瞬は自らの腰元に括り付けられてある御剣の愛刀であった白雪の柄の手を添える。
「抜刀斬式形態……」
「……!?」
孤影の目が見開かれた。その理由は、瞬が抜刀斬式形態の名を挙げたからだ。現状、聖騎士団ではこの神速とも言える抜刀術を使える騎士は静理一人しかいない。それを使えるという事はつまり……
「……会得していたというの?」
一体どこにそんな時間があったのかは全く見当もつかない。普通の能力者ではまず自身の能力エネルギーの放出すら困難だと言うのに……そう考えていた孤影だが、すぐにある一つの答えに辿り着く。それは、瞬が如月と同じ天才型騎士であるという事だ。まして、いつも静理と肩を並べて戦っているのならば、高速で理解する事も可能なはず。
「……くっ……」
これは完全に読み間違えていた。孤影は心中でそう感じた。たった半年、いや数年でここまで成長するとも思っていなかったのだ。だからこそ、最初から無駄な消費を避け戦っていたのは、瞬を下に見ていたという事になる。
「……結局は、あなたが一番の敵になるようね」
いつも無表情である彼女が小さく笑みを浮かべ、その背後に闇の波動が現れた時には、始式・桜花が孤影の体を直撃していた。
隔離世界。
隔離圧縮による空間描写は、過去に静理と瑠華でありましたが、隔離世界の内部も大体は同じです、違うのは、神崎の意思した事は無に還る……つまり消えてしまう、という事ですね。孤影が作中で考えていた通り、感情や物理的な事象も無に還せます。凄いですね(笑)




