四十一話皆の思惑とそれを支える大館ゆかり
こんにちは。
まつ本デス!
四十一話の更新ですよー。お察しの通り、今回は物語上まだ一度しか登場シーンのなかった、ゆかりんこと大館ゆかりさんのお話です!
この世界は偽りからできた世界だ。そう言われて疑う人間がいるのだろうか。いや、いないだろう。世界に存在するあらゆるものが、自分の生きている世界を本当の、正しい世界だと思い込む。その理由は単純だ。今いる世界以外に、世界など存在しないから。だが、それはあくまで個人の脳内で固定概念として意識されたものであり、客観的な者、つまりはその世界の人間以外の者からするとそれこそおかしいものだ。では、人は今自分のいる時間とは違う時間軸を疑うだろうか。たとえば、過去に何か重大な事件が起きたとして、それが書物に記されていたとしよう。確かめるための手段がないのであれば、人は自然とそれを信じざるを得なくなるだろう。また、過去にいる者からするとなぜ自分達の前で起きた事を信じられないのか、という疑念を抱くことに。逆に、未来の事を信じろと唐突に言われると、信じ難いかもしれない。しかしそれは、あくまで未来が全く「わからない」からそうなっているだけで、これも、未来にいる者からすると自分達の目の前で起きている事がなぜ信じられないのか、と疑念を持つことになる。結論から言える事は、その時間にいる者はその時間の事を信じる事しかできない。それが偽りなのか真実なのか、客観的には判断できないということだ。世界は客観的に判断できる。時間は客観的に判断できない。二つの曖昧な事象が重なると、果たしてそれはどうなるのだろう。
冬の寒空の下、霧とともに雨が降りしきっていた。冷たい雨は傘を差していない体をレインコート越しに濡らす。城下は静まり返っている。人の気配が無いと言っても過言ではないくらいで、全体的に不気味な雰囲気を醸し出しているのだ。
「いやぁ、朝っぱらから見回りに出てくれてたおかげで施設荒らしが楽だったなぁ!」
大声を上げて喜びを惜しみなく出しているのは、先日細波のいる監視部隊の専門施設を荒らしに行き、秋川によりそれを制された元騎士団員。どうやら、朝から見回りに出かけている静理がいないうちに、特攻部隊の専門施設を荒らしてきたのだろう。
「まあ、今じゃ活動することもない部隊だ、別にいいか……っと」
「……!」
視界が悪いせいか、あるいは調子に乗って前を見ていなかったからか、男は前方から人が近づいている事に気づかず肩をぶつけた。
「おいこら、ぶつかってきてんじゃねぇ」
「……」
男とぶつかったのは、男と比べて一回り体格の小さい、レインコートを着用し、フードを深く被った少年。男が少年に言い寄ると、少年のほうは生気のまるでない冷たい瞳で男を睨みつけた。
「聞こえてんのか?おい」
「どこを荒らしてきたって……?」
「あぁ?特攻部隊の専門施設だっつーの。この道からしてわかんねーの?」
そうか、と少年は低く呟いた。と同時に、男の体が一気に後方へと持っていかれる。雨で濡れた地面に思いっきり体を叩きつけられた男が、態勢を立て直す前に、少年は男の太い腕を男の背中辺りまで捻り、動けなくなるよう体を固定する。この間、わずか二秒にも満たない。
「がぁ……な、なにしやがる」
「この顔に見覚えがないか」
そう言われて初めて、男は少年の顔を凝視した。そして、フード越しに見える少年の顔を見て驚愕する。
「な……てめぇは、か、神崎瞬か……!?」
その言葉に、特に反応はせず、少年―神崎瞬は男を解放すると、距離を取り、腰元にくくりつけられたホルダーから二丁の拳銃を抜く。その目は、冷徹で、虚無に満ちた目をしていて、男にはっきりと恐怖を与える。
「ま、待て待て!何もそこまでキレる必要は……」
「そうか……」
同じ言葉を再び呟くと、瞬は銃弾を放った。
バンッ!
という銃声が雨の降る周囲に鳴り響いた。騎士団員の男は、最早自分が助かるという希望すらも失い、気を失ってしまった。だが、銃口は男とは全く違う方向へと向いていて、つまり男は撃たれていないと言うことがわかる。
「何の真似だ」
瞬の腕は後ろから掴まれ、天に向かっている。それがあって、男には銃弾が届いていないのだ。瞬の腕を後ろから掴んだのは、つい先程まで見回りに出ていた静理である。
「……静理さん」
「久々に姿を見せたと思えば……お前は何をやっているんだ」
静理は瞬の手を離そうとはせずに、言葉を続けた。
「何って……こいつ、特攻部隊の施設を荒らしたから」
冷たく答える彼に対し、静理は少し戸惑いの表情を浮かべるが、それでも言葉を返す。
「だからと言って人を殺していいと思っているのか」
「こんなやつ、生きてたって役に立たない」
以前の瞬ならば、絶対に言わない言葉。人格そのものが変わってしまったかのような瞬に、静理は戸惑いから離れ、怒りの感情を覚えていた。その怒りは、瞬に対してのものでもあるが、何より今まで何も出来ていなかった自分自身に対しても同じようなものを覚えている。
「そろそろ離してくれないかな」
「離したところでどうする?逃げるのか?」
「このまま離さないで、逆に何をするんだろうね」
その言葉が終わると同時、瞬が体を捻り、静理の拘束から逃れた。一瞬反応の遅れた静理が逃れた瞬の動きを封じるため、帯刀していた刀を抜刀し、レインコートを斬りつけようとした。が、瞬はその場から逃げようとはしておらず、静理の抜刀に負けない速度でレインコートの下に隠していたあるものを静理に向ける。
ガキィン!
と、金属と金属がぶつかり合う音が雨の中銃声と同じように響き渡る。瞬のレインコートを裂き、自分の手元から感じる確かな重みの正体を確認した静理は驚きの表情を浮かべた。
「な……そ、それは……」
「お察しの通りさ。これは、この刀は白雪。御剣先生の刀だ」
淡く輝く刀、白雪は、御剣が所持していた刀身の磨き方が特殊で、淡く白い輝きを放つ日本刀。レインコートを裂き、静理の抜刀した刀と火花を散らしながら交差した。
「何故お前が持っている?」
静理の質問に、瞬は刀を鞘に納めながら小さく答えた。
「御剣先生が死んだ後、細波に頼んで回収しておいてもらった。まさかあの場所にこれが残ってるとは思ってなかったけどね」
つまりは、あの場所に残った遺品となる刀。本来ならば、その管理は監視部隊か、所属していた総合部隊が行なうべきなのだが、おそらく瞬自身が所望し、所持していたのだろう。
「お前が持っていることに関しては私は別に気にする事はないが、とにかく、一度共に来てもらうぞ」
静理はもう一度瞬の腕を引こうと手を伸ばした。だが、瞬はそれに応じようとせず、再び白雪を抜く。
「嫌だ。今はまだ静理さんと一緒にはいられない」
「な、何故だ!お前がいない間に騎士領は……」
「知ってるよ。だからこそ待っててくれない?」
よく意味の理解できない言葉を残して、瞬は降りしきる雨の中を駆け抜けていった。それこそ、静理が呼び止める暇すら与えずに。
「むぅ……何を考えているんだ神崎は」
今まで出てこなかったと思えば突然出てきて、騎士団員を手にかけそうになって、それを止めたら御剣の刀を持っていることが分かり、同行を図ろうとするとまたどこかに消えたりと、なんだかよく分からないまま取り残された静理である。
「深夏ちゃん、暇じゃなぁい?」
そんな間の抜けた声を上げたのは、救護部隊の隊長格室にて今月の施設利用者の人数をまとめていた、救護部隊隊長の大館ゆかり。同部隊の副隊長である宮間深夏は、呼びかけに反応し、自身の事務作業を一旦中止して大館に駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「少し頼みたいことがあるのよ」
そう言って、大館は執務机の引き出しを開け、手のひらに収まる程度の封筒を深夏に渡した。
「これは……?」
深夏は封筒を不思議そうに眺めると、外観ではよくわからないので大館に封筒について尋ねる。
「少し前に秋川クンに頼まれてた物なの。あなたが届けるべきかと思ってお願いしたいんだけど」
「は、はい。それは、その、いいんですけど、私まだ自分の仕事を終わらせていないので……」
少し嬉しそうに頬を赤らめた深夏だが、自分の仕事が終わっていない事を思い出し、仕事を優先しようとする。が、大館はそれを制し、深夏に行かせる。
「私が代わりにやっておくから、行ってきなさい」
「……わかりました。それじゃ、届けてきますね」
深夏は大館の言葉を聞くと、嬉しそうに隊長格室を出て行った。そして、深夏の足音が完全に聞こえなくなってから、大館は室内に響く程度の声量で声を出した。
「安心して出てきなさい。もう誰もいないわよ」
それに反応してから、隊長格室の部屋の隅に黒い波動が生まれ、その中から小柄な姿をした、けれども抱える闇の存在感をはっきりとさせた少女が現れた。
「……いつも申し訳ないと思っている」
「別に気にしてないわ」
闇の中から現れたのは、総合部隊の副隊長を務め、あの作戦以降人前に姿を現していなかった少女、緒代孤影である。
「相変わらず大変そうね」
現れた孤影は、騎士団専用の制服をボロボロにし、体中怪我だらけになっていた。
「……目的のためだから」
無表情のまま、低く呟く。大館はそれ以上は何も言おうとはせず、孤影の元に寄ると、その小柄な身長の頭の上に手を置く。大館ゆかりの能力、大治療陣。指定範囲内に傷の自然治癒促進効果と、精神安定作用を与える能力。指定できる範囲は数キロに及ぶというのだが、今は孤影の全身に能力を作用させ、怪我を治していく。
「……ゆかりん。今の神崎君は正しい事をしていると思う?」
治療途中、唐突に孤影が大館に対してそう聞いてきた。
「私には判断できないわ。でも、あなたが正しいと思っているから怪我をしてでも言われた事を遂行しているんでしょう?」
大館は聖母のように微笑みかけ、孤影の頭を優しく撫でる。孤影は小さく頷くと、そのまま俯いてしまう。おそらく気恥ずかしかったのだろう。
瞬が聖騎士団の一部の人間にのみ伝えた極秘の作戦がある。大館がそれを最初に聞いたのは、今のように孤影がボロボロの状態で救護部隊にやってきた時だった。訓練でも絶対にあり得ない怪我だったので、異常に感じた大館は真っ先に理由を聞いた。初めは頑なに口を閉ざしていた孤影だが、心配する大館に対し、どうしようもなくなったのか、切れ切れながらも内容を打ち明けた。
「……神崎君に集められたのはあたしと、秋川君、指原君に遥香と瑠華。それ以外は知らない。神崎君は、まずあたしには、騎士領周囲、半径三km圏内の不死体の殲滅を、秋川君と指原君には騎士領内での暴動鎮圧を、遥香と瑠華には聖騎士団の過去の調査を頼んだ。その目的までは聞かされなかったけど、皆反対する理由がなかったから賛同した」
この時点で、孤影を除く四人には、現在隊長格の座を退いているという共通点が生まれる。もしかすると、今隊長格から退いている騎士は、瞬からの頼みでそうしているのではないか、そのような考えも持てる。
「……誰にも言わないでほしい」
「わかってるわよ。任せときなさーい」
色々な人間が色々な思惑を持って行動している現状、特に何も考えずにありのままの日常を生きる人間にとっては、そんな人々の意思を受け止め支える期間なのかもしれない。そう思った大館は、孤影の支えが少しでも手伝えたらそれでいいと、優しく笑みを浮かべるのであった。
神崎君の思考はぶっちゃけ作者の私にもわかりません。なぜならそれは、神崎瞬という一人の人間は、私の頭の中でしっかり意思を持って生きているからです(かなりイタイかもしれない)
まあ、でなければ話を書くことなんてできませんからね!




