三十九話過去を知る者と未来を予定する者
―作戦は終わりを告げ、彼らは絶望した。無力さを恨み、存在を憎む。記憶は鮮明に蘇り、そして―
はい!第二章最終回です!!
いやあ、なんだかんだで長くなりました!よろしくですよ!!
「なんたって私の自慢の息子!将来は有望すぎてたまらないわ!」
「そうなんですか?」
揺らぐ意識の中で、懐かしい会話が蘇ってきた。確かに覚えている。彼女との会話。
「当たり前よ。きっと天才騎士の仲間入りね」
自信満々に、側にいる幼い子供の頭の上に手を置く彼女は、太陽のような笑顔を向ける。私は、それにつられて自然に笑みをこぼしてしまう。
「でも……そうですね。なんたってあなたの息子ですからね。期待は大きいです」
「何よ、結局あなたも私と同じ気持ち?」
ゆっくりと、私は頷いた。
「そう。ふふ、これからが楽しみだわ」
「私もです」
あれから十年、あなたの自慢の息子は、確かに大きく、強くなっていましたよ。昔のあなたような先導力で皆を引っ張り、作戦の指揮まで執るようになり、今ではすっかり聖騎士団のリーダーです。
「御剣君、あの子の事、任せたわ。……もう少し先を見たかったけれど、ね」
「はい……」
死に行く直前の彼女は、やはり太陽のような笑顔で、私は、彼女が死を目の前にしていることなど忘れてしまう。
「それじゃあ」
ああ、あなたはもう行ってしまうんですか。私も、もう行きます。どうやら、ここまでで終わるようなので。……大丈夫です。これから彼は、もっと大きな苦難にぶつかるかも知れませんが、きっと乗り越えてくれます。なんたって、あなたの自慢の息子ですものね。
「唯さん……」
自分の体が一瞬で圧縮されるのを感じながら、御剣は、その命に終わりを告げた。
征伐者は、御剣の死を目視すると、すぐに姿を消した。その場にいたところで何も解決しない、と、おやっさんが呻き続ける瞬を担ぎ、騎士領への帰還を促した。その場にいた騎士達は、誰一人として口を開こうとはせず、静寂に包まれる中、帰還は開始された。そう、作戦四日目、この時点で、陸の調査部隊の作戦は失敗したという事になる。
―五日目・昼―
当初の予定通り、陸の調査部隊は騎士領に帰還することができた。御剣幸人という人間の命を引き換えに、だ。陸の調査部隊が帰還したのが確認されると、聖騎士団中の騎士達が集まり、御剣の死を痛感した。事実であることを知った者の一部は泣き崩れ、当事者達は何も言えぬまま立ち尽くす。そして、御剣が死する時、その目の前にいた人間である瞬は、虚ろな目をしたままその場に座りこんでしまう。作戦の終了と同時に監視業務を終えた細波は、座り込んだまま動かない瞬に声をかけた。
「落ち込んでいる所悪いのだけれど……天条さんがまだ帰ってきていないわ」
細波の言葉にゆっくりと顔を上げた瞬は最初、彼女が何を言っているのか理解できなかった。そのため、反応も薄い。だが、やがてその言葉を理解し始めると、驚きに目を見開いた。
「どういう……事だ?」
「それについては俺から話させてもらう」
細波の後ろから姿を現した昂大が、瞬へと説明を始めた。
「な……天条が戻ってきてないって、どういうことだよ!」
瞬は、作戦を終えて騎士領に帰還。その後、溝の底から脱出してきたという昂大から、遙香が戻ってきていないという報告を受けた。遙香の姿がどこにあるのか誰にも分からず、助けに行くのが困難だったらしい。加えて、海底で自由に行動のできる人間がいなかったのだ。
「俺が行く……俺が!……これ以上、誰も死なせるわけには、いかない」
瞬はそう言うと、迷うことなく海岸に向かって進んでいく。
「待てよ」
呼び止める声の主は、空の調査部隊を率いていた製造部隊の隊長、秋川拓哉。瞬は、鋭い目つきで秋川を睨む。その目には、焦りと怒りの表情が浮かんでいた。
「今のお前が行ってなんの意味がある?」
「天条を助けられる」
反論した瞬に秋川は呆れたような溜め息を吐いた。
「落ち着け。お前が行ったところで助かる確証なんてないし、今はお前も休むべき。俺と指原が天条を海底で探してくる。どうやら魔術の作用は消えていないようだし、あいつはまだ生きてる。ここは任せろよ」
秋川の言葉に瞬は何も言えなくなり、引き下がる。確かに、秋川は三日目の時点で作戦が終わり安静状態にしていたので、今の瞬よりも明らかに行動することができる。
「……」
「そう暗い顔をするなって。あのお嬢様がそんなに簡単に死ぬわけないんだからよ」
秋川は瞬に背を向けながら、そう言う。その言葉はまるで、別の誰かに向けても言っているようであった。
あれからどれくらい時間が経ったのか、皆目検討もつかないが、それでも、結構な時間ここにいるのはわかる。体の周囲に展開された空気壁の複合魔術は未だに正常に作用していて、精神状態がまだ安定しているということも察することができた。
「はぁ……油断ですわね」
海中に存在する溝、その一番奥底で、周りを岩で覆われ脱出できない状態の交易部隊隊長の遥香。巨大な魚影の持つ特性(体から微弱な電気を発し、直接触ると神経が麻痺する特性)に不意をつかれて気絶。そしていつの間にか一人になっていた。
「端末に反応がないのを見ると、鷹山さん達は逃げ出せたんですのね」
ともに作戦を行なっていた昂大、一般団員の騎士達も無事なようなので、心配することはない。ただ、一つ問題なのが、ここからどうやって脱するかという事だ。
「とりあえず周りの岩をどかすべきかしら?いえいえ、迷っている暇はありませんわね」
精神を集中させ、術式を展開する。青白い光とともに発動されたのは水球を放つ魔術。照明として扱っていた魔術、ルクスが照らす岩を水球がいとも簡単に吹き飛ばした。
「おわっ!?な、何だ!?」
「へ……?」
岩が吹き飛んで道が拓けた。すると、その奥から声が聞こえてきた。まず始めに心の底から安心した遥香であった。
「というわけで、ほらみろ、こいつは意外にも元気にしてたぞ」
しばらくして、遥香の魔術に似た作用を使って海底に潜っていった秋川が、宣言通り、遥香を連れて帰ってきた。瞬は、遥香が無事なのを確認すると、安堵の溜め息を漏らし、再び地面に座り込む。周りの空気がやたら重いのを察した遥香が、小さな声で秋川に問う。
「何か、よくない事がありましたの……?」
状況を把握できていない遥香の質問に、秋川はゆっくりと答える。
「……総隊長が、死んだ」
「え……?」
何を言ったのか、理解できていない様子であった。だが、それを理解しようとする意思がしっかりと働くことによって、その事実は鮮明に遥香に知られる。
「ま、まさか、総隊長様が……そんな……」
七月十二日、作戦五日目のこの日。聖騎士団の騎士団員、その全てが、御剣幸人の死を改めて痛感させられた。
作戦は、失敗という形で終わりを告げた。御剣幸人の死は、騎士領全土に知れ渡り、城下の住民も、騎士団員同様その事実に絶望を感じた。聖騎士団の隊長格の騎士達も、作戦終了の隊長格会議を開くことなく解散、誰一人として、集まろうとはしなかった。騎士領全体は、重い空気に溢れ、人々の活気すらも、消えうせていた。解散後、特攻部隊の隊長格室である人物を待つ瞬は、窓から夜が近くなる景色を見ていた。
「……」
コンコン、と二回ドアをノックする音が聞こえてきた。瞬の待つある人物が来たようだ。
「入っていいよ」
「は、はい……」
「久しぶりだな。宮間」
ゆっくりとドアを開けて入ってきたのは、瞬の幼馴染のような存在である少女、宮間深雪。弱々しい仕草で室内へと入ってくる彼女を、瞬はソファーに座らせた。
「こんな時間に悪い」
「い、いえ……か、神崎君に、呼ばれたから……」
ソファーに腰を下ろした彼女は肩までの長さで切り揃えられた黒髪を小さく揺らし、遠慮がちに言葉を発する。
「聞きたい事があるんだ」
「……は、はい」
おそらく彼女自身、瞬が何を聞こうとしているのかは把握できているはず。瞬はそう考え、前置きなしで単刀直入に問う。
「十年前に起きた事件、幻想黙示録。その当事者である俺が何をしたのか、教えてくれ」
「わ、私の知っている範囲で、いい、ですか?」
「問題ないよ。全部思い出してるし、一応確認したい事があるだけだから」
瞬は、空白になっていた十年前の記憶を、今は鮮明に思い出している。だが、本当に記憶通りなのかという確証がないため、誰かに聞く必要があった。しかし、一番知っているであろう静理からは上手く話を聞けない上に、要となる御剣はその命を終わらせた。なら、静理と同じく昔から自分の近くにいる深雪に聞けばいい。そう判断したのだ。
「……あ、あの事件は、元々は、ただの実演作戦、でした。将来有能な騎士になる人に、ち、小さい頃から戦場を経験させるための、です」
「その時、俺の母親である神崎唯は、まだ七歳の俺を実演へと連れて行った」
瞬の言葉に、深雪は小さく頷く。ここまでの記憶は正しいようだ。
「さ、作戦の、途中に、感知したことのない反応が、確認されて、そこで、唯さんと、神崎君は襲撃されたんです」
おそらくその時現れた敵は、シャドウタイプ。以前に遥香から借りた史書で、十年前からシャドウタイプが出現していたのを確認している。
「そ、その反応に出た敵は、ぜ、全部倒したんですけど、問題なのは、その後、でした」
「その後に、幻想黙示録の本質が、始まったわけだな」
これにも、頷く彼女。瞬の思い出した記憶はこの後からはまだはっきりとしていない。神崎唯、自分の母を、自分の手で殺した。というところまでははっきりしているが、それ以降どうなったかを覚えていない。推測するに、気絶してしまったのだろう。
「せ、生存者、と名乗った人が、いきなり出てきて、保護しようとした唯さんを、しゅ、襲撃したんです」
「生存者?」
「は、はい……き、騎士団のやろうとしている事は、そ、阻止すると言って、唯さんを攻撃したんです」
騎士団のやろうとしている事と言えば、その時の実演作戦か、あるいは根本的なものである不死体の殲滅。最も考えられるのは後者である。
「ん……?待てよ?宮間、その生存者は、どんな男だった?」
「え、えっと、雰囲気は、鷹山さんに、似ていて、その……」
まさかとは思っていたが、どうやらそうだろう。十年前に姿を現した生存者は間違いなく……
「征伐者は……十年前にも現れ、俺達の邪魔をした……」
一人呟く瞬を見ながら、遠慮がちに、深雪は話を再開する。
「生存者は、強くて、唯さんは為す術なく倒れました。そ、それに反応した神崎君が、能力を使って……」
「神崎唯を殺した、か」
大体察する事はできていた。能力を誤って神崎唯に発動し、殺したのは自分。そのままショックで気絶、そして、その負荷で記憶を失った。
「じ、事態を把握した御剣さんが来たときには、唯さんは、息も、ろくにできていなくて」
「御剣先生は、そのまま彼女の息を止めた。それが、幻想黙示録と呼ばれた事件」
いや、まだこれだけでは幻想黙示録ではないかもしれない。このほかにも、何かあったのだ。それも含めて幻想黙示録というのだろう。
「……ありがとう。その部分だけでもわかれば十分だ」
「ど、どういたしまして」
向かいに座る瞬に頭を下げる深雪。それを見た瞬が、加えて質問をした。
「なんで、そんなに詳しいんだ?あの時あの場所にいたのは俺と母さんだけだったのに、なんでお前は詳しく話せる?」
瞬の質問に、深雪は顔を伏せる。何か答えづらい事があるようだ。そんな彼女に対して、瞬は言及しようとはしない。あの場の状況を知っているのなら、深雪が征伐者であったという可能性も考えられるが、だがそれなら、十年間放っておくわけがない。そう判断できるのだ。
「い、今は、は、話せません……でも、いつか、話すときが、来ます。だから、その時まで、待っていてください」
「了解したよ」
いつかわかる。そう言った彼女が、征伐者であるわけがない。何よりもそう思えたのだ。
(どうやら、俺達が今倒さなきゃいけない相手は、不死体なんかじゃないみたいだな)
倒すべき敵は、もっと別な存在であると、そう確信することのできた瞬であった。
「予定通り、と言うべきかしら?」
彼女がそんなことを言ってきた。
「……ここまでは、な」
「ここまで?ということは、何か変化があるのかしら」
確証はない。そう告げる。あくまで未来の話であるから、予定はできても予測はできない。そういうことなのである。彼女は悲しげな表情を浮かべ、空を見上げた。
「彼、立ち直ると思う?」
「どうだろう。私には判断できない」
これもまた、未来の話だ。予測できない。しかし、今回は今まで以上に話が上手く進んでいる。ひょっとすると、流れが変わるかもしれない。
「今度こそ、上手くいくかもしれないな」
「そうね。私もそう願うわ」
二人は、雲の切れ間から差し込む月の光を見上げた。
やっぱり複線残すのが私です(笑)
三章も、こんな調子かもしれませんな!何はともあれ第二章も完結。これも、読んでくださる皆さんのおかげです!!ありがとうございます!三章も、頑張っていきますよー!




