三十八話ついに記憶は鮮明に
―こんなことがあっていいのか。それは誰にも判断できない―
察してくださいな!
いやー。結局更新できなかったので、今回はいつもより少し長めに書いております!いぇい!
―四日目・早朝―
お互いに問題なく合流することのできた陸の調査部隊は、細波から指示された範囲を調査し、それが終わり次第一度作戦の達成報告をするために騎士領に帰還することとなった。時間通りに事が進めば、騎士領に到着するのは、丁度作戦五日目の昼頃になるということで、やや足早での行動となるようだ。
「明日の昼までに帰還するのなら、少し急いで調査を終わらせよう」
昨日、後衛部隊と合流し、久方ぶりの休息を取れた瞬は、明日の昼までに騎士領に帰還することのできるよう早朝から調査開始の準備を進めていた。
「隊長、細波隊長からの指示では、周辺の調査だけで引き上げても構わないそうです」
声をかけたのは作戦時の癖で敬語を話す特攻部隊副隊長の静理。敬語で話していても、相変わらずその姿は凛としている。
「時間も限られてるしね。……よし、それなら、今まで拠点を設置してきた場所から離れたルートを通りながら、調査と帰還を行おう」
「神崎君。これだけの人数ですから、私も本来の職に戻らせていただきますね」
瞬の言葉の後に、口を開いたのは、総合部隊隊長の御剣。当作戦では後衛部隊を率いていた。隊長格の騎士、一般団員と、人数が結構いるので、御剣は作戦の指揮を執ることにする。
「了解、です」
―陸の調査部隊・昼―
ここまで、不死体とは戦闘もなく、最終調査は順調に進んでいた。だが、この四日間ちゃんとした休息を取れていないせいか、団員達には疲弊した姿も見受けられた。
「……ふぅ」
初日から継続して能力を使い続けていた孤影も、さすがに疲れが溜まってきたのか、重い息を吐く。それを見た瞬が心配そうに声をかけた。
「孤影、大丈夫か?」
「……だいじょうぶ。こんなのたいしたことないから」
瞬の言葉に対し、少し強がりながら応えた孤影。言葉ではそう言っているものの、誰が見てもわかるほど今の彼女には疲労が溜まっている。
「無理はしないでくれよ」
わかってる。そう告げて、孤影はどこかへと歩いていってしまった。瞬は、心の中に、少なからず不安を感じていた。何か、不吉なことが起きそうな、そんな思考が頭の中を浮遊する。
「…………」
「何か、不安なんですか?」
唐突に、背後から聞こえてきたのは、凛とした声音。そう、静理である。瞬は、声の主が誰かすぐに察し、苦笑を浮かべながら振り向く。振り向いた先には、優しい微笑みを浮かべた静理。
「そう、なのかも知れない。よくわかってないんだけどね」
不安じゃないと言えば、それは嘘になってしまう。だが、不安であると言いづらい。指揮を執る人間として、そんな弱音を吐くわけにはいかないのだ。
「私も、いささか不安です。大掛かりな作戦ですから、そう思ってしまうのは仕方ないですよ」
「はは……そんな風には見えないな。静理さんいつも通りって感じ」
冷静な面持ちで空を見上げる彼女からは、不安そうな表情は窺えない。むしろいつも通りすぎる。
「そんな事はないですよ」
普段の彼女と作戦時の彼女。喋り方こそ違うが、それでも、普段自分の近くにいる静理と変わりはない。そう実感できる瞬。だからこそ、訊いておかなければいけない事があった。
「ねぇ、静理さん。訊きたい事があるんだけど……」
「訊きたい事?私にわかる範囲なら、いいですよ」
「そう……なら、答えてほしい。十年前、俺は何か大きな事件を起こしたよね?」
瞬の問いかけに、静理が一瞬焦ったような表情を浮かべた。だが、すぐに表情は冷静になり、ゆっくりと答え始める。
「いいえ、隊長は何もやっていませんよ?それこそ、普通の少年のでした」
静理の回答に、瞬はさらに踏み入る。
「俺は、何もしてないのか。なら、俺の周りで何かあったんだ?」
この言葉に、静理は同様を隠しきれなくなってしまった。顔に冷や汗を浮かべ、まるで、瞬の知ろうとしている事があまりよくない事なのを示しているように、だ。そんな静理に、瞬は悲しげに呟いた。
「大丈夫だよ。もう、全部思い出してるから」
もう、十年前に起きた事件を隠す必要がない。静理は心の中でそう思う。今の言葉を瞬が発してしまった時点で、彼は全てを思い出しているのだ。おそらく、否定しようとしたところで、意味はないだろう。静理は、普段の口調で、小さく呟く。
「……何故だ……何故思い出している……神崎?」
「それは―」
『瞬!静理大変よ!!』
瞬が言葉を続けようとしたその時、胸ポケットにある電子端末、アリスから通信が入ってきた。声の主は間違いなく細波。声を荒げて通信を入れてきた辺り、何かよからぬ事が起きたのだろう。
「細波?どうした?」
『それが、総隊長達が、襲撃を受けてしまったの!場所はそこから遠くはないわ。今、あなた達以外の人にも指示を出しているのだけれど、多分あなた達が一番早く加勢できる!』
言葉が終わる前には、瞬と静理は駆け出していた。アリスの画面に位置情報が送られてくる。細波の言葉通り、そこまで遠くはない。
「襲撃を受けたのは御剣先生と、誰?襲撃してきたのは……何?」
『その場にいる隊長格は総隊長と冴場君、一般団員の人達はその場を逃れたわ。襲撃してきたのは……征伐者よ……』
瞬が心の中で感じていた不安が、的中したようだ。
―数分前―
御剣と冴場は、一般団員を率いて、他の隊長格の調査している地点から離れた場所で調査をしていた。と言っても、付近は崩れた建造物や腐れた木々、何かの亡骸などばかりで、重要な資料になり得る物は少なく感じる。
「この辺りは、おそらく資料にまとめてあるかもしれませんね」
足元にある壊れた建造物の破片を手に取り、御剣は一人そう呟いた。
「だろうな。神崎が適当にまとめてんだろ」
御剣のその一言に反応したのは、地面に座り込んで、空を見上げる、冴場。大剣は、自身の隣に突き刺さっている。
「後はもう、無事に帰還できるよう頑張るだけですね」
「なんともなければ、だけどな」
「そうですね。……そう上手く事は運んでくれないようですが」
御剣は鞘に収めていた白雪を抜き、冴場は立ち上がり、地面に突き立てられた大剣を手にし、構えた。二人は顔を見合わせると、同じ方向に視線を這わせる。
「殺気を隠そうともせずに、現れましたか」
「クソ野郎が。邪魔しに来やがったのか」
数メートル先に佇んでいるのは、瞬を倒し、空の調査部隊を壊滅させた、征伐者と名乗った男。その全身からは殺気が滲み出ている。
「野蛮だな。生存者に対していきなり剣を向けるか」
「あなたは、征伐者であって、生存者ではない」
御剣は白雪を握る手にさらに力を入れる。
「貴様を見るのは初めてだが、何者だ?」
「私は、聖騎士団、総合部隊隊長、御剣幸人です。私はあなたの事を既知しています」
「ほう……総合部隊隊長か。はっはっは!そうかそうか!」
大きな声で笑い始めた男に、冴場が大剣を向けて食いかかる。
「何がおかしいんだよ!!」
「冴場君、落ち着いて下さい」
「んな事は分かってる!」
今、御剣が止めなければ冴場は真っ直ぐに向かっていっただろう。だが、御剣はそれを制する。理由は簡単、瞬と秋川、指原を倒すほどの敵に真っ向から挑んでも危険であるからだ。
「人間の寄せ集めの、その最強、ということか。愉しめるではないか」
男は、真っ直ぐにこちらに向かって歩を進めてきた。見たところ武器は所持していないようだ。とは言え、征伐者にも能力があることは聞いている(秋川達と交戦した征伐者、アルマが能力を使っていたとの報告を受けた)。武器がなくとも能力での戦闘を行使される可能性がある。
「私が先行して攻撃します。それに続いてください」
「おう……」
御剣が消失の輝きを発動する準備を整え、冴場はそれに続けるように構えた。
「いきます……消失の輝き……」
いきなり本気で発動はしない。様子見程度に放つ。光の衝撃で相手は吹き飛ぶはずだ。そのまま動きを封じて訊きたい事を訊き出すだけである。だが……
「……!?下がれ!御剣!!」
「何―!?」
征伐者に対して放った光の衝撃が、こちらに向かって飛んできた。反応に遅れた御剣が、衝撃をまともにくらい、吹き飛んでしまう。すかさず、冴場が男へと駆け、大剣を振り下ろす。
「はぁぁぁっ!!!」
「ふん」
しかし、その攻撃は軽々と避けられ、冴場は脇腹に強烈な蹴りを入れられた。
「がっ!」
蹴りをまともに受けた冴場はその場に倒れこんでしまう。男は相変わらず不適な笑みを浮かべたまま、冴場を見下ろしながら言葉を発する。
「冴場、どうした?その程度なのか?」
「て、めぇ……!」
力を入れて立ち上がろうとするが、まるで力が入らない。体にかなりのダメージがあるのと、連日の疲労が溜まっているせいであろう。
「消失の輝き!!」
再び、光の衝撃が男に向かって放たれた。男はそれに身動き一つする事なく立ち尽くす。冴場はその瞬間、力を振り絞り、立ち上がって右手を強く握り拳を入れようとする。
「食らいやがれ!!」
拳に、爆刃による発火作用を付与する。拳が届きさえすれば後はこちらから無限に爆発させて終わらせられる。狙い通り、冴場の拳は男の腰元に届いた。当然、その瞬間に拳から小爆発を起こす。
「爆……連!!」
が、それが決まったと意思した瞬間、冴場は後方に大きく飛ばされた。
「がぁ!?」
自分を飛ばしたのは、紛れもなく自身の能力である。その事に、冴場は驚愕の表情を浮かべていた。だが、何故自身の能力で自身にダメージを与えてしまったのか、それを問える余裕などなかった。加えて言うなら、光を放った御剣は、一撃目同様に吹き飛ばされていた。
「な、何なんですか……これは……!?」
「クソッ!なんだってんだよ!」
倒れる二人に、征伐者は余裕の表情で言葉を発する。
「つまらん。終わらせてやろう」
「待て!!」
男が二人に止めを刺そうとしたその時、それを止める声が響いた。
「貴様は……」
通信が入ってからすぐに駆け出してきたが、すでに戦闘は進んでいた。御剣と冴場は地面に倒れ込み、身動きが取れなくなっているようだ。
「久しぶりだな!」
「生きていたのか」
「ああ!皆のお陰でなんとかね!!」
瞬は会話を続けるつもりはなく、迷いなくホルダーから二丁の銃を引き抜いて引き金を引いた。放った弾はひたすらに男に向かう。男は、少し驚いたように、しかしそれでも軽々と避けてみせた。続いて、静理が刀を抜刀し、斬りかかる。
「はぁぁ!!」
「ほう……」
これまた、男は避けてしまうが、明らかに先程のように軽々とではない。瞬と静理の連携により、動きが鈍っている。そこを狙って瞬が男の懐に入り込んだ。そしてそのまま一気に決める。
「隔離、圧縮ッ!!」
立方体が手元から出現し、一瞬で男を隔離空間内へと隔離した。前回、どういう理屈かわからないが、瞬の隔離能力はこの男に破られている。破られているということはつまり、この能力は二度と同じように破られたりはしない。それを分かっていた瞬は迷いなく男を隔離する。
「これで……!」
だが、それこそ、最大の油断であった。
「何っ!?」
立方体は、瞬の手元から確かに男を隔離し、圧縮するはずだが、瞬の目の前で、それは覆された。隔離壁が、歪な形に変化したかと思うと、突如弾けたのだ。瞬はその弾けた時の負荷をまともに受けてしまい、悲痛な叫びを上げる。
「がぁぁぁぁっ!!!」
「隊長!」
静理は、倒れこむ瞬に駆け寄ろうと足を踏み出したが、その時、足元から、黒い波動が溢れているのがわかった。孤影のものかと考えたがすぐにそうではないと判断できた。なぜなら、孤影自身が、波動により動きを止められているからだ。
「……なに?」
「悪いけど、邪魔しないで」
孤影の言葉の後に、聞こえてきた声。その声の方に一斉に視線が集まった。皆の視線の先に現れたのは、自身が征伐者であると告げ、空の調査部隊を壊滅させた張本人、ソラ、もといアルマ。この黒い波動は、彼女の持つ能力、デス・ゲイズによるものであろう。
「貴様……!」
「クソ女が。邪魔してんのはどっちだ!」
静理と冴場は、アルマを鋭く睨みつける。対するアルマは、冷たい視線を送りながら、波動を強めた。
「御剣と言ったか?」
征伐者の男が地面に横たわる御剣に声をかける。
「ええ。そうですよ……!!」
御剣は力の限りに意思を強めた。こうでもしなければ、消失の輝きを上手く放てないほど消耗しているのだ。
「ふん。最強とは、いったい何のことを言っているんだ?」
「何、です……?」
突如、御剣の体の周りに隔離壁によく似た壁が出現した。その壁は、次々に展開され、やがて一つの立方体を作り出す。それはまるで、瞬の扱う隔離圧縮を模しているようである。
「この、力は……!?まさか、あなたは!」
御剣が何かを察したかのように後ずさりしようとする。だが、その時にはすでに隔離壁が立方体の構築を完成させており、逃げ場がなくなってしまう。
「待て……待て、それは……待てぇぇぇぇぇっ!!!!!」
瞬が体を起こし、男の方へと駆け出した。その顔には、絶望の色が浮かんでいる。
「ふん。再び繰り返してしまうといい。十年前の、あの時のようにな」
「お前ぇぇぇぇぇぇっ!!」
叫びを上げた瞬が男に銃弾を放つ。男がそれを回避したのを確認すると、瞬は隔離されかけている御剣を隔離壁から救出しようと試みる。が、その時、想像を絶するような頭痛が自身を襲った。
「うぐぅ……!」
それと同時に、脳内にある記憶が蘇ってきた。それは、紛れもなく、十年前のあの時の記憶。瞬の目の前で、瞬自身の能力で死んだ者の記憶。
「神崎君!!」
「俺、は……俺は……」
御剣が再び瞬の名を呼んだ時、はっきりと、全てを思い出した。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!」
瞬が絶望の叫びを上げたと同時、御剣の周囲の隔離壁が御剣を完全に隔離し、圧縮した。
予想できていた人もそうでない人も今晩は。ついにあんなことになってしまいました。作者自身、この展開はびっくりです!そして、次回、第二章最終話となります!すぐ更新できるよう頑張りますわ!
―作戦は終わりを告げ、彼らは絶望した。無力さを恨み、存在を憎む。記憶は鮮明に蘇り、そして―




