二十九話未開の海へと
―時間は戻り、作戦開始当日。天条遙香と鷹山昂大は騎士領内部の海岸にて、作戦開始の準備をしていた―
珍しく少し早く更新しましたわ。今回からは、海の部隊のお話ですよ!!
秋川達の空の調査部隊が作戦失敗を喫する前、つまり、時間は遡り、作戦開始一日目。天条遙香と鷹山昂大は騎士領に何故か入り組んだ海岸にて、作戦開始の準備をしていた。遙香は、会議の時に言っていたように、あらかじめ騎士領の安全な場所に、体の周りを空気の壁で覆えるようにする魔術の術式を展開しておき(設置型術式と言う)鷹山は訳のわからない理論で自身の体内の空気循環を覆しているようだが、それでも不安なので、一応遙香の術式も付加させている。
「まったくもう……不安で仕方ありませんわ……」
遙香は溜め息混じりにそう呟く。海中での調査は危険なので、午前中から入念に準備されているこの作戦。色々と準備に支障が起きていたのだ。その色々、の原因が、遙香の前で静かに佇む鷹山だ。
「どうした天条?まだ何か問題があるのか?」
「どうした、じゃありませんわよ!あなた、真面目に作戦を遂行する気はありますの!?」
鷹山は、早朝ここに来た時から既におかしかったのだ。例えば、海の中で作戦を行うというのにいきなり弁当を持ち出してきたり、寒いと分かっていて、なぜか半袖半ズボンに着替え出したり(本人曰く動きやすくするため)よく分からない準備体操を始めたりと、まるで真面目にやるつもりのない装いなのだ。
「俺はいつだって真面目だ。さやかをこの騎士領の呪縛から解き放つためにも、いつ何時も手を抜いたりしない……俺は、手加減が嫌いだからな……」
という鷹山の目は、キラキラと輝いていた。
「……バカですわ……」
溜め息混じりに遙香が呟いた。
正午過ぎ、なんだかんだで、完全に準備の整った海の調査部隊は海中に入る前に、遙香から再度注意点を聞かされていた。
「改めて確認しておきますわ。今回のこの海の調査において総指揮を務めるのはわたくし、交易部隊隊長天条遙香。その補佐で鷹山昂大援護副隊長。絶対に忘れてはならないのは、この調査では、海中にいる間、監視部隊との連携は図れないということ。ですので、急な連絡などが出来た場合は、一度わたくしか鷹山さんに伝えて、それから一旦海面に浮上し、監視部隊に連絡をいれてくださいまし」
つまり、海中ではアリスは役に立たないという事だ。なぜアリスを使えないのかというと、なんでも、もしも海中にアリスから発せられる周波数に反応できる敵となる存在がいた場合、奇襲を受ける可能性があるからだ。
「それと、先程質問があったので、こちらにも、改めて皆さんにお伝えしますわ。わたくしが施した空気壁の魔術について、なのですけれど……空気壁を体の周りに展開していても、口を開けることなどによって、体内に海水が侵入してこないか、という質問ですわね。確かに、そう思われる方もいるとは思いますが、わたくしは空気の壁を体の周りに展開させることで、海水と自身の体を空気の壁で切り離しているのですわ。体の周りに展開された空気は回転しながら高速循環を繰り返し、体に海水が触れることそのものを断ち切りますの。加えて、高速循環を繰り返す空気は半永久的に自身に酸素を与え続けますわ」
なんだか頭が痛くなるような説明である。とはいえ、これで海水が体内に侵入してくる危険性は無くなったということだ。
「また、海中で、不死体もしくはそれと同等の敵とみなされた存在と戦闘する場合は、真っ先に攻撃を仕掛けようとはせず、じっくりと観察してから交戦するようにお願いしますわ。新たな敵の情報を、監視部隊に正確にお伝えしなければいけませんものね」
それでは行きますわよ、と遙香は優雅に踵を返した。
海中に入ってみると、遙香の言った通り、体に海水が触れる感覚は感じられなかった。ちゃんと魔術が作用している証拠だろう。と、昂大は自身にかけた制限突破の能力をゆっくり解いた。体が完全に沈んだ辺りで、昂大は前を歩く遙香に声をかけた。
「天条」
遙香は振り返らずに反応する。
「なんですの?」
「貴様本当は、こんな作戦は反対ではないのか?」
昂大の質問に、遙香は立ち止まって、ゆっくり振り返る。真剣な表情の遙香は、息を吐いてからその質問に答える。
「そうですわね。実際の所、わたくしはこの作戦は反対する側ですわ。正直、わたくし達ごときで、日本全土の不死体を制圧なんて不可能ですもの」
「それでも参加した理由はなんだ?貴様ほどの女なら、拒否の一言で即刻作戦から外れる事も可能だったろう?」
遙香は上品な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「そんなのは決まっていますわ。……神崎様の一世一代の大仕事ですもの。手伝わないわけにはいきませんの。それに、多分この作戦は、神崎様にとって一つのきっかけになりそうな……」
「……きっかけ、か……俺も、そのきっかけとやらに手を伸ばしているのかもな」
「あなたにとってのきっかけとは、さやかさんに対するきっかけですの?」
よく分かってるじゃないか、と昂大は言う。
「俺はさやかを縛り付けている絶対防護領域から、さやかを解放する。そのために、今まで聖騎士団に加担してきた。今回の作戦は、遠回しに言えば、絶対防護領域に頼らなくなるための作戦。そう考えれば、きっかけではあるな」
昂大は手を握り締めた。昂大の言った通り、津田は絶対防護領域の集中制御のために、意識を失い眠り続けたままになっている。絶対防護領域は、聖騎士団にとって極めて有用な能力だ。それに気付いた騎士が、津田がまだ幼い頃に彼女を眠りにつかせ、人為的に能力を操作、展開させたのだ。昂大は、その事に激怒し、長年の間否定し続けていた。もしも今回作戦が成功すれば、津田は絶対防護領域を使う意味が無くなり、解放される。そう信じて、昂大は作戦に臨む。
「まぁ、きっかけと言うよりは、目的のための過程の方が正しいか」
「本来の聖騎士団の目的とは大きく違いますのね」
だがそれがいい。昂大は明るい表情で呟く。
「誰かのために、という点では、わたくしとあなたはどこか近いのかもしれませんわね。それではいきますわよ」
遙香は再び前に向き直り、上品な歩きで進んでいく。既に、上からの光は遠くなっていた。
どれくらい進んだかわからないが、上の光がほぼ完全に遮断された地点で、遙香が術式を展開し、小さな光の玉を手のひらに出現させた。
「上からの光も遮断されていますし、足下を照らす程度の光は必要ですわね」
この時点までで、すでに足下が見えない状態であることに気が付き、遙香は魔術を発動させたようだ。手のひらの光の玉を自分達の歩いている丁度真上に飛ばし、周囲を明るくする。この間に、団員達は各々構える。不死体が光に反応して攻撃するのをすぐに対応するためだ。
「安心なさって。この付近にはまだ不死体の反応はありませんわ」
「なぜ分かる?」
遙香が昂大にあるものを手渡した。
「なんだこれは。アリスは持ってきてはいけないはずではなかったか?」
「これは違いますわ。この機械は音波受信用端末ですの。水中にいるというのならまず間違いなく音波を使っているでしょうから、と秋川さんに渡されましたの」
「もしも不死体がいたなら、その脳から発せられる音波を受信するということか」
「そうですわ」
ただし、不死体は死体なので、音波を扱えるほどの脳を所持しているかはわからないが。
「あぁ、それと天条。一つ、ずっと気になっていることがあるんだが」
「なんですの?」
「なぜ俺達は水圧で潰されないのか気になっている」
よくよく考えてみたら、海の中、深ければ深くなっていくほど、海水による水圧がかかってくるはずだ。おまけにかなり深くまで来たというのに、まるで水圧を感じない。
「あら、忘れましたの?わたくし達の周りには空気の壁を展開させているんですのよ。水圧も、空気壁によりわたくし達からは遮断されていますわ」
「よくわからんな……」
「それにしても……ここは海中だというのに、やけに地面がしっかりしていますわね」
遙香は地面を何度か踏みつける。それも何故か若干楽しそうに、だ。確かに遙香の言う通り、海底にいるのであれば、砂が足下を覆っているはず。それなのに、やけに地面が硬くしっかりとしているのだ。
「よし、ここは俺に任せてもらおう」
唐突に、昂大がジャンプし始めた。
「へっ?な、何を言ってますの?」
そして、真っ直ぐ駆け出していった。と思ったら、見えなくなってしまった。
「た、たた鷹山さんー!!??」
急いで後を追う遙香達であるが、その姿は見つからない。
「ど、どこにいきまし―きゃあっ!?」
不意に、次に踏み出そうとした足の、地面を踏む感覚がなくなった。これは、確実にあれだ。この先には深い溝があるということだ。
「お、おち、おちませんわぁぁ!!」
なんとか後ろに体重をかけなおし、落ちずに済んだ。のはいいが、遙香は暗すぎて何も見えないその溝を見て、遙香は確信した。
「絶対、落ちたのですわね……」
溝の対岸はこちらから把握できない。おそらくかなりの幅があるはずだ。何より、足下も見えないのに駆けていったのだ。この下へは確実に落ちているだろう。
「はぁぁぁ……バカですわ……」
深く溜め息を吐いたあと、遙香は風魔術を発動してゆっくり他の団員と溝の中へと落ちていった。
鷹山君は、クールに見えて、実は少しおバカさんが入っているんです笑
これは当初の設定から決まっていました。ギャップ狙いですよん
―深い深い溝の底。鷹山昂大は落ちた事を特に気にせず周囲を見渡したりしていた。そんな中、ふとした気配を彼は察し―




