二十七話空挺師団…?
―秋川拓哉達の前に現れた城。そして、その中から現れた、まさかの生存者。為すがままに連れて行かれた空の部隊はそこで―
頭上に出現した、巨大な純白の城を前に、空の調査部隊は呆然とするだけである。まず、その規模は、秋川達から見ると計り知れない大きさだ。先程から、純白の城とばかり言っているが、これは、たまたま城が視界に入っているだけで、城に視界を遮られていて、奥行など確認できないのだ。ただ、真下に入って上を見上げれば、視界を完全に埋め尽くすほどの浮遊城の底面。
なにより驚いたのは、やはりこれだろう。
『あれー?君たちもしかして生存者さん?』
「は?」
自分達と同じ言葉を話す活発そうな声が、浮遊城から聞こえてきた。何事かと、秋川は驚く。いや、秋川だけでなく指原や、他の団員も。何せ、自分達に対して呼びかけを行ってきてその声は、=生存者であることを示すのだ。
「いや、それは俺達が訊きてえ話だよ」
と、秋川が小さく呟くと、それに反応したかのように、浮遊城の底面の一部が正方形型に開き、その中から、小柄な人影が現れた。その姿を目視した秋川は、小さな声で、他の団員に指示を出す。
「油断するなよ。まったく状況の訳がわからんから」
「そんなに恐い顔しなくてもいいじゃーん。生存者同士仲良くしましょ?」
背後から唐突な声な聴こえた。秋川は一瞬遅れて振り返り、声のする方へと腕を構えるのだが、振り返った所で、背後には声の主はいない。
「まあまあ、中々イケメンだねぇ」
今度は前。イライラしてきた秋川は思いっきり目つきを鋭くしながら振り返った。
「てめぇ……いい加減に……」
目の前に、見目麗しき少女がいたのでしたとさ。
空挺師団
それが、この浮遊城を操る、聖騎士団以外の生存者達の組織らしい。物心ついた時には、城は地上からはるか上空を浮遊しており、地上の様子はほとんど分かっていなかったらしい。今回、たまたま浮遊していた所に秋川達がおり、そこで始めて他の生存者を確認した、らしい。
「正直、理解に困る説明だっての」
「仕方ないでしょー。ほんとに、生存者さんなんてあたし達以外見たことなかったんだから」
秋川達は、訳もわからないままに、城の内部に連れられている。生存者発見の報告を内部にいる人間にするらしい。
「空挺師団、ねぇ……ってことは、今から俺達は団長サマの所に行くのか?」
「おおー凄いね。そうだよ、今から空挺師団の団長に会いに行くよ」
自分達がその立場に立った時は同じ事をするのだから、大体の予想はつく。
「それにしても、外観は純白って感じなのに、内部は暗いんだな」
「それには少し理由があってね。今は話さないけど」
浮遊城の底面から少し歩いてきたところ、そこは、風景的に薄暗く、また、人の気配を一切感じさせなかった。まるでここだけが、一切何も手をつけていないかのようだ。と、そこからさらに歩いていくと、前方に光が見えてきた。おそらく、外に出るのだろう。
「ま、詳しい話は団長のところでやろっ」
言われなくともそのつもりだ。秋川は視線だけでそう告げた。当然、これから話す内容を全て聖騎士団に流す為、細波のアリスに直接通話を入れている。
「おー。秋川ー。ここめちゃくちゃ広いやーん」
眩しい光を何とも思っていないのか、先程まで沈静化していた指原が城の開けた場所(中庭かと思われる)に出た瞬間真っ先に声を上げた。なんとか目を開き、その様子を続いて確認する秋川。
「おおう……なんて広さだよ……」
目前に広がったのは、眩い光を放つ巨大な剣のアーティファクトを中心に円形に造られた中庭。やけに光が強い原因は、あの巨大な剣だろう。周辺には草木が生い茂り、心地よい風が吹き抜けている。だが、ここに来ても、人の気配をはっきりと確認できない。秋川はその事を口にはしない。
「謁見の間はここから見て丁度あの剣の陰になってるところから入るんだよ」
特に何も反応はせず、言われた通りに歩を進める。相変わらず、指原の方は色んなものに興味を抱いて目をキラキラさせている。緊張感の無さがよく伝わる。そんな指原に、深く溜め息を吐いた秋川は、剣の後ろまで歩いていき、目の前にある巨大な扉を押し開けた。隣の少女はいなくなっていたが、これも特には気にしなかった。
押し開けた扉の先に広がるのは、入り口から玉座までの距離が数十メートルはある謁見の間。一本のレッドカーペットの両脇には、西洋風の騎士をイメージした銅像がずらりと並んでおり、それだけで威圧感のある場所だ。ちなみに、先程の少女が着ていたのは、銅像のような鎧ではなく、胸元に赤いリボンをくくりつけ、蒼を基調としたデザインを施した制服に似た服。首の後ろの襟から伸びた白いヒラヒラしたものが良く目立つ。後は、丈の短いスカートだ。
「やあやあ、いらっしゃい。生存者さん」
視線の先、つまりは玉座に堂々と座る者の影を見て、秋川は呆気に取られた。いや、それは秋川だけでなく、周りにいる指原達も同様だ。
「いやいや、なんでお前?」
「右に同意っ」
なんと、玉座に座っていたのは、先程まで秋川達に道案内をしていた少女だったのだ。
「ふふん……そう驚かないでよ。何も、あたしがたくさんいるわけじゃないんだから」
おどけてみせる彼女に、秋川は食ってかかる。
「だったら何でお前なんだよっ!団長どうした!さっきから全くない人の気配の原因は何!何なんだよ!」
何を伝えたいのか全く理解できないうえに、心の中で思っていた事まで言葉にしてしまった。それでも少女は動じる事無く淡々と言葉を告げる。
「簡単に言えば、ここにはあたし以外いないんだ」
一瞬遅れて、秋川が反応した。
「どういう……意味だよ?空挺師団は、俺達以外の生存者が集まってできた組織じゃなかったのかよ?」
「ごめん。それは、嘘なんだ。生きてる人がこんな上までやってくるなんて思わなくって、初見の人がこの浮遊城を見たら、絶対驚くだろうなぁって……それで、あたししかいないはずだけど、嘘ついちゃった」
これには、ここにいる全ての人間が驚きを隠せない。誰もが、固まりきってしまった中、指原がいつもと変わらない口調で一言呟く。
「へー。凄いねー。でも、だからって別に気にすることねーだろー」
「え……?」
少女は指原に視線を向ける。だが、指原は数十メートルはあろうかという感じの天井を見上げるだけで、それ以上は何も言わない。その指原に続くように、秋川に言葉を続けた。
「ま、確かにそうだよな。生存者は実は一人って言っても、そもそも生存者がいること自体凄いんだし、気にすることねぇな」
少女は、意表を突かれたようで、口を開けたままポカンとしている。
「そ・れ・より~指原さんは気になっていることがありまーす」
なんだか上機嫌そうな指原が、話を切って言葉を発した。
「ど、どうしたの?」
「この浮遊城の動力源は一体なんなのですかー?」
指原の疑問に、少女は小さく答え始めた。
―数時間後―
何が動力源なのかは、分からなかった。そしてそのまま、秋川達は浮遊城を出て、再び空の調査へと向かおうとする。
「ちょっと待てぇい!!この数時間何をしてたんだよ!?」
秋川が全力で止めに入る。それを見た指原は、呑気な声で呟く。
「……あー。あれだ。動力源が何かはあの子にもわからなかったとさ」
「訳分からねぇままに浮遊城とはおさらばって事か」
秋川は後ろを振り返る。中庭には相変わらず眩い光を放つアーティファクト。加えて、微塵もない人の気配。
「それで、結局あの女はどうするんだろうな」
「そうだね。とりあえず君たちについていこうかな」
どこから現れたのか、隣には少女。少女が現れたところで、秋川は驚きはしなかった。ただ、その頭の中では様々な思考が交錯する。
(まずもってこいつの能力は、空間転移的な能力で、空挺師団の動力は全部あの光る剣と考えられる。ただ問題なのは、ここにはこいつ一人しかいない上に、物体を浮かせるような能力じゃない。これが全て間違いなき事だとしたら、この浮遊城を操作する何者かがいることになる。そして、その存在とこいつに深い関わりがあるとすれば……あるいは……)
「別に構わないぜ。俺達と来たかったらくればいい」
秋川は、少女についてきてもいいと言う。それに同調して、周りの団員も頷く。おそらく、団員が考えているのは、この少女一人では危険だと思ったから同行に許可を出した。というものなのだろうが、一人、秋川に関しては、全く別の考えでの同行許可だった。
(疑う訳じゃねぇけど、こいつが何かを隠してる可能性も否めない。つまりは、様子見ってことだな)
「わかった。ならついていくっ」
少女は目を輝かせてそう言った。
『あら、許可も取らずに聖騎士団にお客様を入れるのかしら?』
唐突に、胸元から声が聞こえてきた。声の主はもちろん細波。秋川はハッとなってアリスを取り出した。そういえば、アリスの通信状態を、保ったままにしていた。
「許せよ細波。折角の生存者だぜ?」
『別に駄目だとは言っていないわ。ただ、今までの話を聞いていて思ったのだけれど、その子がもし仮に聖騎士団に来るのなら、この浮遊城は一体どうするのかしら?』
「それな」
細波の言葉に、指原が全くその通りだと言いたげに反応した。
「細波が言うとおりー。まだ浮遊城の動力源とかも分かってないのに離れるのは危険だね」
「待て待て待て。なにも、今すぐって訳じゃねぇよ。どうせ、空の長旅になるんだったら、寝る場所も必要だし、作戦終了までに空の調査とここの事を調べるってのを兼ねていいだろ?」
それならば、と細波は承諾した。ただし、あくまで目的は空の調査なので、浮遊城についてはあまり深く調査しないように、とのことだ。
―夜―
秋川達は、この浮遊城を空の部隊の仮拠点として、一日を過ごすことに決めていた。人はいないのに規模だけは充分にあるこの浮遊城。内部には客間と思われる部屋も存在していたため、寝床は確保できた。警戒すべきは、深夜になると活発化する不死体の動きに関してだ。秋川は、他の団員が眠っている間に、外に異常がないかを監視する。その秋川の隣には、少女がいた。
「ところで、訊くタイミングを思いっきり逃してたんだが、お前、名前は?」
中庭にあるベンチに腰掛けている少女と秋川。黙っているだけというのも気まずいので秋川は少女に名前を訊いた。
「え……あ、ああ、うん……えっと」
急に声を掛けられて驚いたのか、あるいは他の理由があってか、少女は言葉を詰まらせてしまう。
「その……わかんないんだ……」
後者であるのが、彼女の言葉で決定付けられた。だがしかし、問題なのは少女の反応とかではなく、少女の言葉。
「は?わかんない?なんでだよ?」
「記憶が、ないんだと思う。あたしは、気がついたらこの浮遊城にいて、どうしてここにいるんだろうって思い出そうとしたら、頭が痛くなって、何も分からなくて。名前はなんだっけって考えても、やっぱり駄目で……」
記憶喪失。ほぼ間違いなくそうである。少女は俯いたまま顔を上げない。
「記憶喪失か……」
だが、秋川には記憶喪失だと言う人間に心当たりがある。その人物もまた、自身の数年間分の記憶が抹消されている。
「聖騎士団にも、記憶がない奴はいるぜ。そいつは記憶が無いってのに、そんな事は一切口にはせず、ただ楽観的に笑ってやがる。自分がやったことも全部忘れて」
その人物は今も恐らく作戦遂行のために戦っているんだろう。秋川からすると、記憶喪失なんて今の自分達には関係の無い事象なのだと、そう思えているから。
「どんなに醜悪な記憶でも、それは所詮過去の話なんだよな。お前が過去にどんな人間だったとか、どんな事をしたのかとか、そういうのは、過去っていう記憶の狭間に埋もれていくだけなんじゃないか?記憶喪失で、何も思い出せないって言うなら、これから新しく作っていけばいいだけの話。だからな、例えば今のように、お前が名前すら思い出せないんなら、新しい名前を考えてもいいんじゃないかっていう俺の考察なんだが」
「……難しくてあんまりわかんないよ。でも、大切なのは、あたしっていう一つの存在は、今を生きてるってことだよね。なら、今の記憶を一番に尊重するべき、なのかな?」
ああ、と秋川は優しく頷く。心なしか、少女の顔は明るさを取り戻していた。
「じゃ、じゃあさ、その……名前、付けてくれないかな……?」
遠慮がちな少女の声。秋川は迷う事無く承諾した。
「どうせ空で出会った人間だ。名前の由来なんて一つしかない。ソラ……ってのはどうだ?」
「ソラ……ソラ……うん。うんっ!ありがとう!嬉しい!」
心底嬉しそうに飛び上がる少女・ソラの姿を見て、秋川は優しく微笑む。少し眠たそうに欠伸を堪えていたが。
まさかのね(笑
今回は完全に秋川君主人公でしたな。でも忘れないで欲しいのは、この物語の主人公が、神崎瞬であることです☆
―二日目の空の調査部隊。同行することになったソラの能力を見て、秋川拓哉はある違和感を感じた―




