二十五話空へと……
―七月七日、作戦開始と同時に真っ先に動いたのは空への調査に向かった秋川拓哉と指原秋人であった―
この二人の調査からがスタートの今回の作戦。第二章のメインの幕開け……
秋川と指原の二人が揃うと、真面目な空気をぶち壊すでしょう(笑)
七月七月―
聖騎士団の上空に、無数の人影が見える。その中でも、際立って目立つのは、やはりこの二人だ。秋川拓哉と指原秋人。外界の空の調査に行く部隊の中心となるこの二人は、外界へ飛び立つ前にしっかりと飛行出来るかを確認する。秋川は自身の周囲に反発しあう磁力を生み出し、それを使ってバランスを取りながら空中浮遊。指原のほうも、能力を使い周囲にある重力を小さくしてから空を飛ぶ。その他にも、空を飛ぶ事に特化した能力を持つ騎士団員も同行し、騎士領から遠く離れた地点まで遠征する。上手くいけば帰還するのは作戦終了である五日後よりも早くなるとの事だ。
―新制圧地点城壁にて―
「うおお……意外に安定しにくいな」
ふわり、と宙に浮いた秋川が呟く。その隣で、余裕そうな表情を浮かべた指原が空中で寝転がりながら欠伸をする。
「ふわぁぁ……全然余裕ー」
「な……この野郎、あてつけか!」
秋川が指原に向かって飛行し、指原を空中から叩き落とそうとする。だが、指原はスウっと高く上がっていき、あっさりと秋川の攻撃を避けた。どうやら指原は、空中浮遊に慣れているらしい。
「くそ……まあいい、それより、どのくらい上から調査するんだよ?」
「あー、それならー……細波様から指示が出てたぜい」
何故様付けしているのかは今はおいておくとして、一体どのくらいの上空から調査をするのかを確認。
「えっとー、地上から、約二千メートルぐらい上を飛行して調査しろってさ」
「ああ、そうかそうか。地上二千メートルか……二千メートル!?」
うんうん、と指原は能天気な感じで頷く。秋川は一度上空を見やり、二千メートルを目測で確認した。そしてその結果……
「高くないか?」
まあ、当然の言葉が出てくるだけであった。
―上空二千メートル付近―
「大体予想してたけどよ……やっぱ上空に不死体なんていないだろ」
かなり高い所まで上昇してから、秋川が溜め息混じりにそう呟いた。実際、彼の言うとおり、普段陸地を制圧している時にも、上空はある程度目視できているわけなのだから、今更空の調査に行くなど正直無意味に近いのだ。
「そうだよねー。そもそも、二千メートルっていうのも謎だし」
空への調査を実行すると言ったのは瞬。しかし、上空二千メートルの高さでの調査を行うように指示したのは細波。
「何を考えてるんだっての……」
と、皮肉たっぷりに呟いたところで、秋川の制服の胸ポケットに入っているアリスから着信音が鳴り響いた。画面に表示されたのは細波誓歌の名だ。
「噂をすればなんとやら……こちら秋川」
『細波よ。初めての空中浮遊はどうかしら?』
陽気に質問してきた細波に、秋川は呆れた声で反応する。
「どうもなにも無いっての。何の用でございますかね?細波監視部隊隊長様」
『あら、私を崇めるかのような言いぶりね。いい心掛けだわ』
今度は誇らしく言葉を発する細波。秋川はその態度に若干のイラつきを覚えるも、敢えてスルーする。
「いいから、何の用なんだ」
『あら、失礼。用というか、瞬からの言伝なのだけれど……』
打って変わって真面目な口調になる彼女。瞬からの言伝、とは一体なんなのであろうか。
『上空二千メートルは、あくまで予行演習。実際には上空五千メートルで行動しなさいって』
「はぁ!?」
結局、それだけを告げて細波は連絡を切った。どうやら、最初に告げられた上空二千メートルでの調査は建前であり、本当の目的はそれより高い上空五千メートルで調査をすることだったらしい。秋川は呆気に取られて固まってしまった。だが一方の指原は特に驚きもしていない様子で宙に寝転がったままだ。
「まぁー。なんとなくそんな感じではあったかなー」
「能天気だな、バカ原」
指原を明らかに馬鹿にしたあと、秋川はゆっくりと上昇を始めた。
「絶対不死体とかいねぇだろ」
上空五千メートルまで来たものの、やはり周囲に敵の気配はない。それどころか、高すぎて吐き気さえ覚えてしまう。秋川は下を見ると吐きそうになるので、出来るだけ下を見ないようにする。
「あーきーかーわー。帰ろうぜーい」
「隣にいる呑気な阿呆は放っておくとして……他の皆は大丈夫か?」
秋川が同じく空を飛んでついて来た団員にそう聞いた。団員達は口々に大丈夫であると秋川に伝える。それが確認できた秋川は改めて周囲を確認した。が、やはり不死体らしき影など全く見えない。それどころか、厚い雲に覆われていて視界があまり優れない。この高さで雲があると言うのもなかなかおかしい話であるが。
「ん……待てよ……厚い雲……?」
「どーした秋川ー?」
思考に引っかかった秋川は、恐る恐る先の見えない雲に視線を送る。確かに、付近に不死体の姿は見えない。だが、見えないのはこの厚い雲のせいではないかと、そう思うのだ。そして、その思考は、的中することとなる。
「秋川隊長!!雲の中から影が!」
団員の一人が、雲の中に何かの影を確認したのを秋川に知らせる。秋川は迷うことなく団員に武器を取る指示を出した。もちろん自分自身も能力を発動できるように身構える。
「不死体はいなかったんじゃない……見えなかったんだ」
「……秋川、来るよー!」
「分かってる!!お前も構えろ!」
秋川が指原に指示を出すと同時、雲の中から、高速で動く影が現れた。それは、紛う事なき不死体の影だ。だが、知っている姿とはいえ、知らない部分もある。
「なんだよあれ……羽、なのかよ……?」
目視した空を飛ぶ不死体の背からは、黒い肉塊が生えていた。どうやらそれで空を飛行しているようだ。
「羽には見えないよね。なんか汚いし……」
「とりあえず、姿は騎士領に送るべきだ―うわ!」
秋川がアリスを胸ポケットから取り出し、その姿を撮影しようとした瞬間に、目の前に黒い影が現れた。その正体は当然不死体、秋川の目の前に来た不死体はガパァ、と大きく口を開く。捕食するつもりだ。
「捕食……!?んなこと、させねぇよ!!」
拳に力を入れて、喰らわれる前に触れて酸素にしようと試みる。が、秋川の反撃を察したのか、不死体は翻り、後退する。
「動きは速いっと……だけど逃がさねぇって!」
足下に生まれた磁力を思いっきり反発させる。反発させた磁力の勢いで、後退した不死体に一気に詰め寄る。
「さっさと、大気に還れよ!!」
あと数センチ手を伸ばせば不死体を酸素に変換できる。と言ったところで、突如、不死体の動きが変わった。秋川に対して、正面を向かって羽を広げ、その胴体から……
「な、んだよ……こいつ……!?」
鳥のようにも見える肉塊がいくつも飛び出してきたのだ。その肉塊は目の前の秋川に体を打ちつけ、彼の体に物理的なダメージを的確に与える。秋川は為すすべなく体中に肉塊を打ちつけられ、身動きが取れなくなる。一方の不死体は秋川が身動きを取れなくなるのを確認してか、今度こそ口を大きく開いた。秋川は、大量の肉塊を防ぐ事で目の前の視界を防がれているため、不死体の動きを目視できない。
「隊長ならしっかりしろよー」
体を打ちつけていた肉塊の感触が収まる。同時に、自身の体が後ろに引っ張られる。引っ張ったのは十中八九指原だ。
「うるせえ。あんな動き予測もできないだろ。大体な、物事には必ず何かが起こりうるための仮定っていうのがあってだな、その仮定を基に理論的かつ哲学的に動く俺にとって今の動きは―」「はいはい」
一旦の後退。秋川の長文を指原は適当に制してから、秋川に不死体を見るように促す。
「まぁー、簡単に言えば、アレは化け物だって事だよね」
「理解が速くて助かる。馬鹿のくせに」
指原に文句を言いながらも、秋川は再び不死体の姿を見る。
「不死体って、一応人間の体を媒体に生まれたやつだよな……?」
「おーう。そうだぜい」
どう見ても、今目の前にいる敵は人間など媒体にしているように見えない。そもそも、人間らしき特徴がほとんど見当たらない。
「秋川隊長、どう致しますか?」
眼鏡をかけた騎士団員が問う。確か総合部隊の団員であったはず。
「それを訊く意味があるか?俺達は空の調査を任されてるんだ。やることは決まってる」
薄く笑みを浮かべた秋川は、殺意むき出しの口調で低く呟く。
「徹底的に、殺す……!」
秋川の言葉と同時に不死体が叫びを上げたのは、偶然なのか、それとも、秋川から溢れ出る殺気を感じての事なのか、それは定かではない。
不死体ではなく、秋川と指原は化け物と称した。
新たな敵の出現ですね。上の通り、見た目は不死体ではなくもはや化け物……
空での五日間の作戦が、始まります!
―飛行する不死体との戦闘は思った以上に秋川拓哉を苦しめた。だが一方の指原秋人は余裕の表情で―




