二十四話陸と空と海と
―作戦の指揮を執ることとなってしまった神崎瞬は、とりあえずどういう配置で作戦を行うかを決める為、皆を集める―
主人公属性を発揮した神崎君の、ミーティングですよ!ミーティング!
七月四日―
次の作戦の総指揮を任せられた瞬は、とりあえず皆を隊長格室に集めて、いつも通りの席の配置に座らせてから、話し合いを始める。なんだかやる気のなさそうにする瞬だが、当然、誰もその事にはつっこまない。なぜなら、彼の意見は完璧だからだ。
「それじゃあ、前に言った通り、今回の作戦は陸だけでなく、空、海からも調査をしていこうと思うんだけど、何か異論は?」
全員が満場一致で首を横に振る。瞬は、溜め息を吐いた。
「最初に、空の調査に行く人を決めようと思う。この中で、飛行できる人は?」
まず初めに、空の調査に行く騎士を決める事にする。瞬の質問に対して、手を挙げて反応したのは四人だ。孤影と、秋川と指原、そして遙香。確かに全員、能力を使っての空中浮遊、もしくは飛行が出来る。しかしながら、全員を空に行かせることが出来ない。
「孤影は……出来れば陸のほうに回ってもらいたいな。あと、天条の飛行は術式を展開するんだよね?」
「はい、そうですわ。体のどこかに術式を展開させてそこから風魔術を発動するんですの」
だとしたら、遙香には空の調査を任せる事が出来ない。その理由は、体に展開した術式は衝撃を受けるとすぐに乱れる可能性があるからだ。孤影に関しては、戦力的にも作戦のメインとなる陸での戦闘を行ってほしいため、無理がある。
「とすると……行けるのは秋川と指原になるかな」
「おう、俺は磁力操作して空中浮遊とか出来るぜ。でも、なんで指原も出来るんだよ?」
指原に視線を向ける秋川。指原はなんだか気の抜けた表情で応える。
「えー。だって、俺は能力で重力の大きさを変えれるけどー」
「お前の能力はなんでもできるのか。すげーな」
と、秋川。周りにいる者達は、お前が言うなと言わんばかりの視線を彼に送る。だがしかし、彼はそんな視線には全く気が付かなかった。
「それと、同系統の能力を持った騎士団員を連れて行こう。よし、これで空の部隊は完成だ」
空からの調査部隊は、秋川と指原の製造部隊コンビがリーダーとなり、調査することになった。恐らくこの二人が筆頭となれば、連携も取りやすいだろうから、あまり心配することはなさそうだ。
「次に、海の調査に向かう部隊だけど……」
その次に決めるのは、海の調査に向かう騎士だ。海は、空や陸と違って、酸素のない水中を調査することになる。本来ならば、こちらの調査も、体内で酸素を無限精製できる秋川が最適なのだが、なにせ秋川は一人しかいないので、他の騎士を向かわせることになる。
「それならば、わたくしの出番ですわね!」
遙香が胸を張りながら立ち上がった。皆の視線が一斉に彼女に向かう。遙香は戸惑うことなく、自薦した理由を述べ始めた。
「簡単な話ですわ。先程の風での魔術は常に体に術式を展開させる必要がありますけれど、体の回りに酸素の壁を作り出す魔術は、騎士領に術式を展開、設置させれば、不安定になることはありませんの」
「つまり、常時安定させた状態で術式を展開させていられるから、水中での行動に適してるって事か」
そういうことですの、と自身満々の表情を浮かべツーテールを揺らす遙香。確かに、騎士領に術式を展開させておけば、本人の意思の乱れがないかぎり安全だろう。ただ、遙香一人では危険なので、他に行ける者がいないか問う。
「なら俺が出よう」
真っ先に反応したのは、昂大だ。彼の能力は制限突破であるが、どのようにして水中で行動するのだろうか。瞬が問う。
「どうやって水中で行動するんだ?」
「制限突破で、呼吸に必要な酸素の循環を二酸化炭素と切り替える。二酸化炭素は肺の中にある酸素が生まれ変わって出来たものだから、その事象自体を変えてしまえば呼吸をする必要がなくなる。もし二酸化炭素が体内から無くなるのであれば、今度はその循環を元に戻す。あとはこれの繰り返しだ」
なんだか、よくわからない理論を述べられた気がするが、とにかくこれで大丈夫ということだろう。多分。
「まあ、もしもの時のために、一応天条の魔術の保護を受けておけば……大丈夫かな」
結局、遙香の魔術保護を受けていれば水中で呼吸はできるので関係なくなってしまうという、なんともあっさりした答えであった。この海への調査部隊もまた、同系統能力者を連れて行くことで話は決まった。
「じゃあ次に、作戦のメインになる陸の調査に行く部隊を決めよう」
と言っても、ほとんどこの部隊のメンバーは決まっていた。先程までの間に名を挙げていない騎士の中で、陸での先遣として最適なのは……
「まず初めに御剣先生と孤影。この二人は確定だ。ただ、二人を同じ戦場に立たせることは出来ないから、先に行く前衛部隊と後からついていく後衛部隊の二つにわかれてもらうよ」
そして恐らく、この二人を作戦の重要戦力として扱うことになる。そうなれば、最強の戦力となる御剣は後衛でしばらく待機させるのが得策であろう。孤影を中心とした前衛部隊から改めて決める。
「前衛の部隊に入るのは……」
孤影は能力的な考えからいくと、近、中、遠距離全ての戦闘に適している。そうなると、他に入るメンバーはそのどれかに偏った戦闘方法の者でも大丈夫だ。瞬は、銃を使っての遠距離、隔離能力での中距離戦闘、短刀を使っての近距離が可能だが、恐らく戦闘では隔離能力での中距離戦闘が主となるはずだから、前衛に入っても問題はなさそうだ。
「あとは、瑠華もこっちで大丈夫かな」
瑠華は、聖装騎士を扱うのだが、この能力は近距離での戦闘に特化しているので、前衛に入って悪いことはないだろう。可能であれば、孤影との連携技を使える。
「了解しました。尽力致します」
孤影、瑠華、瞬の三人。この三人が、前衛に入る主力の隊長格となる。基本的な動きで安定している瑠華、敵を圧殺できる力を持った瞬、様々な動きの出来る孤影なら、前衛は安心だ。あとは、この三人に加えて総合部隊と特攻部隊から人員を確保すればいい。
「よし、それじゃ後衛部隊になるけど……」
御剣を中心とした後衛部隊には、まず間違いなく緒代が入るところなのだが……
「……僕はいい」
瞬が緒代の名を挙げようとしたところで、緒代がそれを制した。
「どうしてだよ?緒代はいい戦力になるじゃん」
「……早まるな。僕は本来前に出て戦闘を行うような人間じゃない。確かに、遠距離特化と言えば狙撃部隊が最適なのだろうが、だとしたら騎士領の守備を固めたほうが断然いいだろう」
「あ、なるほど。外にばかり戦力を集中させてたら、騎士領の守備が甘くなるのか」
そういうことだ、と緒代は呟く。緒代の言うとおり、戦力を外に集中させていると、騎士領付近は危険になる可能性が高い。狙撃部隊は遠距離からの攻撃を得意としているのだから、外界から騎士領に近づいてくる不死体の討伐に専念したほうが得策だ。
「それなら、後衛には、緒代と如月は入らなくなるから……」
では入る人間は確定している。それは、静理、おやっさんと冴場だ。静理は剣術による近、中距離戦闘が可能だ。冴場は大剣による近距離戦闘と、能力である爆刃による中、遠距離戦闘が可能だ。そして、おやっさんはというと、能力、爆撃地帯には距離の概念は存在しない。目視できる範囲ならば例えそれが何キロ先でも爆発を起こすことが出来る。色んな意味で万能だ。御剣に関しては、とにかく全ての戦闘方法が完璧なので、案ずる事は無い。ただし、爆撃地帯を扱うということなので、一般団員は連れていけなくなるが、まあ、大丈夫だろう。
「最後に、騎士領に残る人達についてだね」
まず、狙撃部隊は、先程緒代が提案したとおり、外界の不死体が接近してきた場合の討伐担当だ。
「監視部隊はいつも通り作戦のオペレーティング。ただし今回はかなり忙しいかな。救護部隊も、基本的にはいつもと変わらない動きをしてもらうけど、隊長格であるゆかりんと深夏、この二人は外界に行ってる人達の治療を優先して行ってくれ。もちろん、能力を使ってもらうよ」
援護部隊も普段通り支援物資の調達、戦場にいかない騎士は騎士領の治安維持。と、ここまではいいのだが、問題が一つ。
「秋川達がいない間の製造部隊の物資製造ラインはどうしよう」
つまり、この二人がいない間、物資の製造が遅れてしまう。そうなれば、日常生活に支障をきたすことになってしまう。
「安心しとけ神崎。この日のために、団員に全ての知識を叩き込んでおいた」
と、秋川。どうやら、心配する必要はなかったらしい。作業の工程は若干遅くなるかもしれないが、できなくなるわけではないので、大丈夫だろう。
「よし、そしたら、これで次の作戦のそれぞれの動きは決定だ。細波、あとから聖騎士団の公式に、団員の動きの詳細を載せておいてくれ」
「了解したわ」
数分と経たない内に、聖騎士団の公式ブログ(サイトと言える)に、作戦開始時の騎士団員の動きに関する詳細が載せられた。こういう事に関しては、細波は仕事がとても速い。作戦開始は三日後の七月七日、日本でいう七夕と呼ばれていた日だ。それまでの間、騎士達は自分のやりたいことを優先でやってもいいことになる。だが、驚くべきことに、作戦の終了は作戦開始からたったの五日後。短期間での集中した作戦となるので、失敗を許されなくなる。特に、新境地となる空と海に向かう騎士は、動き一つで流れを大きく変えてしまう。しっかりとした意識で行く必要があるだろう。
会議終わり、隊長格室に残った瞬は、改めて自分が総指揮を執ることに多大なる不安を感じ始め、溜め息を何度も吐いていた。側にいるのは静理。心底疲れていそうな瞬の隣で、彼女は優しそうに微笑んでいる。
「そんなに不安なのか?」
「まあね。絶対有り得ない事だしさ」
作戦の総指揮を執る事など、一生の内に果たして何度経験できるものか。恐らく、片手で数えられるレベルであろう。いや当然、瞬も特攻部隊の指揮を普段から執っているので、まとめる事自体は慣れているのだ。
「そうなのか?神崎ならばいつか総指揮を執る事がくるだろうと私は思っていたが」
「なんでさ……その根拠はどこから来るの?」
「む……?根拠、か……」
静理が顎に手を当てて思案する。いや、思案というよりは、なんとなく言いにくそうな感じである。瞬はそれを察して、無理に言わせないよう、彼女を制した。
「いや、別に求めようとは思わないよ。それより、静理さん大丈夫?最近仕事ばっかりでろくに寝れてないんじゃない?」
瞬の言葉に、静理は大丈夫だ、と首を横に小さく振る。こんな時も、相変わらず凛としているその姿に、瞬は思わず苦笑いするしかない。
「あはは……よし、それじゃあ俺は帰るよ。今日はもう眠い」
「あ、ああ、そうか。そうだな。ここの戸締まりは私がしておこう。先に帰ってゆっくり休むといい」
静理がそう言うと、瞬はすぐに隊長格室から出ていった。その後ろ姿からして、彼が疲れているのはよく分かる。体力的な疲れというより、どちらかと言うと精神的な疲れが大きいようだ。
「ゆっくり、休むんだぞ……」
念を押す。そして、瞬が完全に隊長格室から出ていったのを確認すると、静理は目を伏せて、二人のやりとりを終始覗き見ていた人間の名を呼ぶ。
「どういうつもりだ。御剣」
「ほう……気付いていましたか。流石ですね、藍河さん」
柔らかな笑みを浮かべながら、すっと物陰から姿を現したのは、御剣であった。静理は、視線を鋭くし、思いっきり御剣を睨む。
「総隊長ともあろう人間が、こんな事をしていいと思っているのか?」
「大丈夫ですよ。二人が騎士らしからぬ事をしていないのは確認しましたから」
何を言っている。と、静理は低く呟く。
「それよりも……訊きたい事がある」
「なんでしょう?」
ここからが、彼女の話の本題である。
「何故、神崎を総指揮に当てた?お前も分かっているだろう、神崎が記憶を取り戻しつつあることを」
瞬はかつての記憶を取り戻している。十年前の事を。もし、今の彼に戦闘で大きな刺激を与えてしまえば、その反動で細かいところまで全て思い出してしまう可能性がある。
「だからこそです。彼には全てを知ってもらう必要があるのです」
「神崎はまだ若い。記憶の一部を取り戻した事で精神的に不安定なんだぞ」
静理の表情にはいつもの凛々しさがない。むしろ、焦っているかのようだ。
「若いうちに、彼にとって最大の苦難を乗り越えてもらえば、将来は安定でしょう?」
「その根拠はどこからくる!!」
声を荒げて、彼女は御剣の胸ぐらを掴む。かつてないほどに眉間を深くした静理からは溢れるほどの殺気が滲み出ている。が、御剣は一切表情を崩さないままに、言葉を続ける。
「根拠なら、彼女がすでに示していたはずですよ?」
御剣は、腰にくくり付けられた自身の愛刀・白雪に手をかける。それを見た静理がさらに激昂した。
「ふざけるな!!ここで唯の事を口に出すんじゃない!」
「ですがこれは唯さんの答えなんです」
「その刀は本来ならば神崎が継ぐべきものだ!神崎がそれを握るまで答えは出ないはず―」
スッと、静理の喉元に白雪の刃が添えられる。もちろん、刀身のほうを、だ。
「そろそろ落ち着いてくださいね。いつもの凛々しさはどうしたのですか?」
御剣は笑顔なのだが、先程の静理以上に殺気が現れている。下手をすれば、一瞬で頚動脈を断ち切られるであろう。
「その刀で、生きた人間を殺すのか……」
「さあ、それはどうでしょうか。とにかく今は私が所有者なのです。それとも、今すぐ取り返して、神崎君に譲渡しますか?あなたが能力を使えば、すぐにすむ話なのですが……」
「私、は……能力を、使わない……」
そうですか、と御剣は白雪を鞘に収める。相変わらずの優しい笑みを浮かべたまま、御剣は隊長格室から出ていった。今度こそ一人になった静理は、悔しそうに唇を噛み締め、顔を伏せる。
「唯……私は……!」
唯って誰だぁ!?
最後は御剣と静理さんの秘密のお話になりましたねぇ。まあ、それはおいおい話していくとして、次回はついに作戦開始!
―七月七日、作戦開始と同時に真っ先に動いたのは空への調査に向かった秋川拓哉と指原秋人であった―




