二十三話次につなげる言葉の意味
―作戦開始の先駆けとして、東京外に出る事になった騎士団一行。そこで、彼らは―
七月三日―
聖騎士団隊長格一同は、新騎士領と外界を隔てる巨大な壁の外へと足を伸ばし、作戦の事前調査を行った。未だ到達したことのない新たな外界には、当然の如く大量の不死体の反応が確認され、皆それぞれが移動中の警戒を怠る事はなかった。
「よろしいですか。今回はあくまで事前調査だけなので、くれぐれも無理はしないようにお願いします。不死体との戦闘を行う場合は、必ず細波さんに連絡を入れてからにしてください」
総合部隊隊長の御剣幸人の指示に返事とともに頷く隊長格達。これからの行動は、付近の探索と、この地点の不死体の調査。隊長と副隊長は常に共に行動することとなる。また、非戦闘部隊の隊長格に限り、他の戦闘部隊の隊長格との行動が指示された。
特攻部隊隊長の神崎瞬と同じく副隊長の藍河静理は一際離れた場所で不死体と戦闘を繰り広げていた。瞬は二丁の拳銃を、静里は右手に拳銃、左手に長刀を携えている。
「静里さんっ!予想よりも数が多いから、死角に注意!」
目視した敵の数がかなり多いと分かった瞬は静理に注意を促す。静里は流れるような動きで瞬と背中を合わせた。つまりこれで、死角がほぼなくなるということだ。ともあれ、動けないのでは不死体を討伐しにくいことに変わりはないので、その辺りを考慮しなければならない。
「やはり未開拓の土地となると、放置されていた不死体の数が多いですね。私としては、いい修練になるのですが……どう思いますか?隊長」
「言う通りかも。でも俺、一体一体を片付けてやれるほど余裕はないよ」
静理は例によって、敬語を使っている。瞬が腕を前に伸ばした。これは間違いなく。瞬が能力を使う前触れだ。一気に精神を集中させた瞬は、頭の中に対象を隔離するための、立方体の底面をイメージする。どこに、どうやって、どのような大きさで立方体を生み出すか、その全てを計算しつつ意識を込める。
「隔離、圧縮……!」
一集まりの不死体の群れを対象にして、真っ黒な立方体が出現した。瞬が伸ばした腕を強く握ると同時に、立方体が圧縮されて、目視できないほど小さなものになった。そして、元の大きさに戻ったかと思うと、突如その立方体は展開され、内部から大量の血が噴き出す。
「よし……次っ」
つまりはこれが、対象を隔離し、圧縮する。瞬の隔離能力である。
「返り血を浴びないように気をつけてください!傷口に付着すれば即感染です!」
「分かってるよ!」
静理が、大地を駆ける。かなりの速度で走る彼女は、目の前に現れる不死体を迷う事なく斬り崩し、次々討伐する。鋭い視線で不死体を一瞥した静理は、立ち止まり、銃を腰にくくり付けられたガンホルダーへとしまい、もう一方の手に所持してある日本刀を同じく腰にくくりつけられている鞘へとしまう。
「……」
態勢を低くし、鞘と、刀の柄に手をかける。そう、これは居合い切りと呼ばれる剣術の構えだ。だが、静理のそれは居合い切りというには、あまりにも特殊過ぎた。
「抜刀斬式形態……始式・桜花ッ!」
抜刀された刀から、桜の花びらにも似た形の光が螺旋を描きながら不死体へと向かっていく。その螺旋に巻き込まれた不死体は花びらを模した光に切り刻まれ、肉体を削がれる。
抜刀斬式形態は、剣術を放つときの基本姿勢を居合い切りの構えにする。抜刀する際に自信の精神エネルギーを糧として光を生み出しながら技を成し、様々な剣戟を描く。ただし、この抜刀斬式形態自体は異能力ではないので、どんな人間でも日々鍛錬を重ねれば習得できるのだ。現在この剣術を扱えるのは静理一人であり、それに続く者も数多くいる。
「弐式・陽炎……」
不死体が静理の周りから攻撃をしてきた。だが、その技の名の通りというかなんというか、不死体が触れた静理の体は、モヤモヤとした空気の淀みに掻き消えた。
「私は……ここだっ!!」
一刀両断。まさしくその言葉が似合いそうな一閃。動きの遅い不死体(静理が速過ぎるのかもしれない)の体が、縦に二つに裂かれた。とはいえ、数体を片付けただけでは到底を数を減らせない。それを悟った静理は、再び刀を鞘に戻し、居合いの構えを取る。
「埒があかないのであれば……参式・紅葉!!」
虚空から、鮮やかな紅い葉がひらひらと舞い降りてきた。静理が抜刀した瞬間に、斬撃からなる衝撃波が不死体に向かって進んでいった。その途中に、衝撃波が紅い葉に触れると、触れた部分からさらに別の衝撃波が生まれる。いくつも出現した衝撃波は、一斉に不死体を切り刻んだ。
「なんだよあれ……」
離れた場所で見ていた瞬は、呆気に取られていた。実の所、瞬が知っていた静理の剣術は、桜花、陽炎の二つだけであったのだ。今ここで初めて見た紅葉はあの二つよりも数段上の剣術なのが、一目で理解できる。
「気を抜かないでください隊長。次が来ます」
「は、はいぃ!!」
凛とした感じの静理の言葉に、隊長であるはずの瞬が下手の返事をした。やはり、戦闘経験は静理のほうが豊富なのだろう。ともあれ、早急に方はつきそうだ。
「各部隊、程好い具合に外界の状況を把握できたようですね」
御剣は、柔らかな笑みを浮かべながら、隊長格達の様子を眺めていた。それを近くで見た孤影は、もの凄く不機嫌そうな表情になり、小さく呟く。
「……少しは協力して」
黒鎌と闇鎖を同時に扱う孤影。なんと、一人で十体近くの不死体を相手にしているのだ。御剣はそれを隣で微笑を浮かべて見ているだけなのだから、孤影が不機嫌そうになるのも仕方ない。
「そうは言われましても……私の光の力を使えば、孤影さんの闇の力は消えてしまうではないですか」
「……そんなのは知らない」
御剣が言った言葉は事実であった。消失の輝きと、闇の力は、相反する能力なので、同時に発動すると、相殺、またはどちらかの力が飲み込まれるという減少が起きる。この場合、能力の上で圧倒的な力を持つ御剣の消失の輝きが、孤影の闇の力を飲み込んでしまい、闇の力が発動しなくなる恐れがあるのだ。
「まあまあ、そろそろ退却しますから、そう不機嫌な顔をしないでください」
「……全隊長格に撤退命令を」
孤影は撤退に関しては特に何もなかったようだ。相変わらず、不機嫌そうな表情のままであったが。
『全隊長格に撤退命令。隊長格の騎士は至急指示された場所へと集合し、点呼を取ってから帰還するように』
これは細波からの通達。
「あら、随分早いんですのね。わたくしとしては、もっと範囲を広げてもよかったのですけれど」
最初に反応したのは交易部隊の隊長である天条遙香。能力である創意魔術を使って、自身はその場から動かない状態で不死体を討伐していた。
「今回はあくまで外界の状況を知る為の、いわば様子見ですので、あまり範囲は広げられないのでしょう」
その遙香に対し口を開いたのは、真紅の騎士甲冑と真紅の槍と盾を展開した、副隊長であり、遙香専属のメイドである三條瑠華。聖装騎士というこの能力は騎士領の中で最も騎士らしい能力として名高い。
「ふうん……ま、どうでもいいですわ。早く帰還しますわよ、瑠華」
「はい」
最後に、群がる不死体に対して爆炎の魔術を放って、彼女は踵を返して颯爽と指示された場所へと歩を進めた。
「……帰還か」
至極冷静な様子で、狙撃部隊隊長の緒代智影は呟く。言い方からするに、この外界の調査自体に興味はあまりなさそうだ。構えていた愛銃、スネイクショット二丁を、まるで刀を鞘に戻す時のように腰にくくりつけて、待機場所へと行こうとする。
「たいちょ~、少し待ってくださいよ~」
その後ろを、光の弓矢を手にした、活発そうな一言で表すなら天真爛漫という言葉が似合うかもしれない副隊長の、如月弥生がついていく。
「よかったんですか~?この辺り一帯の不死体全滅しちゃってますけど……」
周りを見れば、無数に転がる不死体の群れ。それぞれ、確実に頭部を撃たれており、即死という感じだ(と言ってもすでに死んでいるのだが)
「……構わんだろう。ただの調査だ、全滅させるなとは誰も言っていない」
「はわ~、でも凄いですよね~。あんなにいたのに、それを全滅だなんて」
感心したように、如月は両手を合わせる。
「……よく言うな。実際は貴様のほうが倒した数は多いというのに」
「ば、ばれちゃいました~?」
当たり前だ、と緒代は低く呟き、歩き出す。如月は遅れを取らないようにぱたぱたと駆けていった。
指示された場所へと集まった隊長格。そこで、彼らは御剣から次なる作戦の概要を聞かされる。
「皆さん集まりましたね?それでは次なる作戦について、その内容を確認したいと思います」
「その前に質問いいですかねー」
いざ話そうとした時、秋川が手を挙げて御剣に質問を投げかける。
「はい、どうぞ」
「御剣先生は、前に、次の作戦は首都圏制圧だ、とか言ってましたけど、そもそも首都圏がなんなのか分かってるんですか?」
恐らくこの疑問は、秋川だけでなく、他の者も同じく心に秘めていたものだろう。何せ、聖騎士団にいる人間の、その全てが東京以外の「日本」を知らないのだ。首都圏というのが詳しく分かっていないのも仕方が無いはず。しかし、御剣はそれを気にも留めずに作戦を実行しようというのだから、秋川も我慢がいかなかったのだろう。
「鋭いですね秋川君。そうですね、恥ずかしい話、私自身も首都圏がなんなのか、というのは詳しく既知としていません」
はぁ?と、離れた場所で冴場が、苛立ちを全開にした表情で口をぱっかり開けていた。それに続くように、他の隊長達も口を開く。
「ど、どういうことなんですの、総隊長っ?」
「作戦の総指揮を執る貴方が、何故知らないんですか……」
前者は遙香、ブロンドがかったツーテールがぴょんと跳ねる。後者は細波、頭を抱えてもの凄く呆れている。
「総隊長!あなたは真面目に作戦をやる気があるのかっ!」
静理が食ってかかろうとする。正直。相当な反応で、御剣も対応に困っている様子だ。苦笑いしかできない。だが、一部の人間が焦る中に、他の一部の人間が言葉を発する。
「うんにゃあ、仕方ない事じゃろうに、お前さんらも首都圏の事なんて知らんじゃから、どうとも言えんじゃろう」
一人目は爆撃部隊のおやっさん。珍しく、正論を述べている。それに続くようにして、今度は緒代が口を開いた。
「……どの道全部制圧するんだ。関係ない話だろう」
どうやら、首都圏自体に全くの興味がないようである。というより、緒代の場合は結果論となってしまっているので、あまり説得力を感じられない。これは遠回しに、「どうでもいいから早く帰らせろ」と言っているかのようだ。
「緒代の言うとおりだな。結果論にはなってしまうが、制圧する事に変わりはない。さっさと終わらせて、さやかを楽にせねばな」
緒代と同調した意見を述べたのは援護部隊の副隊長、鷹山昂大。彼の場合は、この場にいない隊長の津田さやかに関しての事も交えて発言している。彼にとっては、津田の能力からの解放が最優先事項なのだろう。
「首都圏が分からないなら、範囲を決めて、その範囲内を首都圏にするのとかどうでしょうか?」
眼鏡を押し上げながら解析じみた感じで言葉を発するのは監視部隊副隊長の小鳥遊凛。なんとも計画的な発言であるが、それならば首都圏の意味がなくなってしまうため、結果的には無茶苦茶に制圧していってしまうことになる。
「あ、あのっ!騎士領の大図書館に、昔の日本の地図とか載ってる本なかったですっけ?」
静まりこんでしまった皆に対し、その空気を変えようと救護部隊副隊長の宮間深夏が意見する。だが、正直それが出来たらここまで首都圏一つに首を捻ったりはしていない。
『…………』
結局皆黙ってしまい、しばし沈黙が辺りを漂う。だが、そんな状況を打開する人間が一人いた。
「あのさ、そもそもの話なんだけど」
瞬である。瞬が口を開くと、皆の視線は一斉に彼に向けられた。瞬はその勢いに若干戸惑いながらも、言葉を続ける。
「首都圏っていうのに、固執する必要ってあるのかな」
「どういう意味かしら?」
細波が疑問を問うと、瞬はすぐに反応した。
「いや、やるべき事が確定しているのは凄くいい事なんだろうけど、でも、結局やりたい事をやる前からそれが何なのか分かっていないのなら、固執する必要ってないんじゃないかな」
瞬の言葉に、皆は何も言い返せない。確かに、瞬の言うとおりであるのだ。何を議論したところで、結局首都圏という言葉に対する答えは出ていないのだから、意味はない。
「それよりも、もっと、外界の身近な所から知っていくほうが重要なんじゃない?」
「というと……それは何なんだ?」
次の疑問符は、昂大だ。瞬はこれに対してもすぐに返答する。
「例えばさ、俺達は今、外界の陸に関して凄く熱心になっているけど、それとは別に、外界の空や海の事って分かってるのかな」
一様に、皆が再び黙り込む。その通りなのだ。今まで聖騎士団は陸地の制圧には全力を持って取り組んでいたが、身近にある空と陸の事に関してはほとんど手付かずだ。絶対防護領域の不可侵領域内にも海はある(たまたま入ってた)がしかし、誰もその海の、不可侵領域外を知らない。
「身近なものから少しずつ調べていけば、おのずと答えは出てくるんじゃないかなーって、俺は思ったんだけど……駄目かな?」
「よし、完璧です。それで行きましょう。神崎君は流石ですね。全く私は嬉しいです」
と、御剣が一言。それに同調して、他の者も次々瞬を褒め始める。
「か、完璧すぎますわっ!一つ一つを着実に……わたくし、賛成ですわ!!」
「こんなところで主人公属性発動するなよな。俺が狙ってたのに」
一人目は遙香、二人目は秋川だ。秋川の言っている言葉の意味は理解しがたい。
「あら、瞬にしてはやるじゃない。褒めてあげるわ」
「神崎様、賞賛に値します」
細波と瑠華。その後にも、なんだかよく分からないが賞賛を受けた瞬であったが、いやはや、そこまでされるようなことを自分は言ったのか、と逆に戸惑うだけであった。
「神崎君の今の意見は素晴らしいです。なので、今回の作戦の指揮は、思い切って神崎君にしてしまいましょう」
優しい笑みの御剣は、あっさりと、指揮権限を瞬に譲り渡した。
『えぇーーーーー!!??』
神崎君が、ついに作戦の指揮を執る事に!!
私とっても嬉しいですっ!!ついに主人公としての才覚が現れ始めたのですねぇ(ニンマリ
秋川君が悔しそうにしているのです(笑)
そんなわけで、次回予告
―作戦の指揮を執ることとなってしまった神崎瞬は、とりあえずどういう配置で作戦を行うかを決める為、皆を集める―




