二十二話過去を知り、今動く
二章の正式な一話が今から始まります。二章も飛ばすのでよろしくなのです。
七月一日
東京制圧作戦の終了からしばらく時間が過ぎた。不死体を殲滅し、制圧完了した地点には、新たな城壁を立て、新騎士領として整地し、居住区として開放するために製造部隊が日々仕事をしている。本日もまた製造部隊は新騎士領の整地のために夏に近づく陽射しを汗水垂らしながら直接受けている。正直、暑いとしか言いようがない。
「暑いね……」
「暑いな……」
特攻部隊の隊長、神崎瞬は、整地される新騎士領を、同じく特攻部隊の副隊長を務める藍河静理と共に見学していた。瞬の怪我はすっかり回復し、今では訓練にもしっかり参加できるほどになっていた。隣を歩く静理は、季節が夏に近づいているということで、騎士団員専用に配布された薄地の夏服を着用している。鮮やかな真紅を基調としたブラウスに、汗や水で簡単に下着が透けないよう上からさらに乳白色の薄いシャツ。胸には黒いリボンを結び付けられており、スカートは上のブラウスと同じ真紅。短めの丈なので、正直中は大丈夫か問いてみたい。足は、太腿までの真紅のニーソックスと、脛を覆う長めのブーツを履いている。
「あのさ、どうして俺達ここに来てるの?」
暑さで全身から汗を流す瞬は心底ダルそうな表情で静理に声をかけた。そんな瞬に対して静理は頬に流れた汗を持っていたタオルで拭きながら凛とした感じで反応する。
「仕事だ。最近私達は訓練ばかりで雑務形式の仕事をやっていない。今日は、新騎士領の整地状況を観察し、帰ってからレポートにまとめ、資料にして誓歌に渡す。ここまでの仕事をする事になっている」
瞬が、なんとも言えない表情をした。
「む……?嫌なのか?」
静里の目つきが少し鋭くなった気がするのだが、瞬は敢えてそこには触れないように、遠くを見る。
「別に~。なんでもなーいよ」
「まあ、我慢するんだ。資料自体は部隊長室で書くのだから、冷房さえ入れれば涼しい」
静理が凛々しい微笑を浮かべる。そういう問題ではないと、瞬は肩をすくめて呆れたように溜め息を吐いた。
「失礼するわ。瞬はいるかしら?」
なんだかんだで部隊長室に戻ってきて、それぞれ自分の机に向かい作業をしていた瞬と静理。聞き覚えのある声がドア越しに聞こえてきたところで、瞬はそれに応じた。
「いるよ。どうしたの細波?」
ゆっくりと室内に顔を覗かせた細波は、冷房が利いているのを確認すると、なんだか満足げな表情で備え付けのソファーに腰掛けた。
「いきなりで悪いのだけれど、少し付き合って頂戴」
細波は悠然とそう言った。瞬は、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに同じように腰を下ろす。
「いいけど……何すればいいんだ?」
「城下の製造部隊工場に、監視部隊が使う放送機材があるのだけれど、かなり大きいから一人じゃ運べないのよ」
「それで、手伝って欲しいのか?」
細波は小さく頷く。瞬は、もちろん。と頷こうとしたのだが、その前に、静理が二人の間に口を挟んだ。
「待て。神崎には別の仕事がある。今は無理だ」
「いいじゃない。仕事って言ったって、私が頼んでいたレポートなんでしょう?」
細波の言葉に、静理は頷く。瞬を逃すまいとしているのか、静里の目は鋭くなっている。
「大丈夫よ。そんなに急がなければいけないものではないから」
「だが……!早めに終わらせておいて損は―」
「それとも、折角の瞬との二人きりのチャンスを持っていかれたくないのかしら?」
静理の反論を制し、細波は言葉を重ねてきた。いたずらっぽく微笑む細波に、静理は赤面しながら反応する。
「ち、ちがっ……!何を言っている!わた、私が神崎と二人きりで喜んでいるとでも思っているのか!」
「あら、違うのかしら?なら、別に瞬を借りてもいいでしょう?」
「うぐ……」
完全に言葉に詰まってしまった静理。細波はそんな静理をからかうかのように、瞬の座っている瞬の隣まで移動し、腕を絡ませる。
「おい。細波……!離れろ」
振り払おうとするが、なお絡む力が強くなる。静理は、悔しそうに呻くが、やはり何も言い返せないようで、結果、肩を落としてがっくりとうなだれるだけであった。
城下にある製造部隊の工場―
「よい、しょっと……確かに、これは女の子一人じゃ運べないよな」
スピーカーのような、放送用の機材を入り口まで運び終えてから、瞬は大きな溜め息を吐いた。結構重いと、道すがら細波から聞いていたとは言え、いくらなんでも重すぎた。一人で運べた事がなんだか誇らしい。
「ね?言ったでしょう?ほら、まだこれからこの機材を監視部隊の施設まで持って行かなければいけないのだから、頑張りなさい」
「他人事のように言うなよ」
暑さで噴き出してきた汗を拭いながら、瞬は細波に呆れたようにそう呟いた。細波は先程から、機材を運ぶ瞬を呑気に見ているだけだった。優雅に。そう、優雅に。
「ちょっとは手伝ってくれないかな?」
「どうしようかしら。私としては、あなたが暑さと重さに苦しむのを見るのもなかなか楽しいのだけれど」
「鬼畜か……!」
冗談交じり?の会話をしながらも、細波は瞬が楽になれるように、支えに入った。
ふにゅん。
「ん……?」
なにやら背中に柔らかい感触が。
「っておい。なんで抱きついてるんだよ?」
背後から、腰に手を回され、しっかりと抱き締められている。しかも、意外に力が強い。
「あら失礼。間違えてしまったわ」
いたずらっぽく微笑んだ彼女は、なんだか満足そうな感じで、瞬が持っている反対側から優しく機材を持つ。瞬は、再び溜め息を吐いた。
「ふぅ……ここまででいいか?」
監視部隊の専門施設まで、大きな機材を運び終え、瞬は、細波に最終確認を取る。細波も、なんだかんだで途中から真剣に手伝ってくれたため、運ぶのに時間はかからなかった。顔に若干の汗を滲ませる細波は、大きく息を吐いた後、息を整えてから瞬に向き直る。
「え、ええ。ふぅ、大丈夫よ。ありがとう、瞬」
「いや、気にしないでくれ。細波の頼みなら、聞かないわけにはいかないしね」
瞬がにっこり微笑むと、細波は頬を紅潮させて、それを見られないようにするかのごとく、瞬から顔を反らした。
「……もう、そういうのは、もっとちゃんとした時に言いなさいよね。ばか」
悪態を吐いた彼女であるが、その顔には悪意を感じられず、どこか嬉しそうな表情である。
「さて、俺はもう帰るかな」
瞬は、全部終わった事を確認すると、辺りが夕暮れに包まれている事に気付き、帰ろうとする。そんな瞬を、細波は呼び止めた。
「瞬……」
「ん?」
「ちゃんと、静理の所に行ってあげなさいよ。きっと寂しがっているから」
果たして自分をこんな所まで連れてきたのは誰なのか、そう問いたくなったが、細波のどこか悲しげな表情を見て、言葉を詰まらせる。だが、すぐに微笑を浮かべると、優しく一言。
「もちろん」
「ただいま戻ったよー」
部隊長室の扉をゆっくりと押し開ける。返事はない。これはつまり、静理が先に帰ってしまったという事を表している。いや、確実にそうとは限らないのだが。
「……わざわざ待ってたのかよ」
どうやら、前者ではなかったらしい。室内に据え置かれたやや大きめのソファーに、横になってすぅすぅと寝息を立てる静理がいた。状況を見るからに、全ての雑務を終えて、瞬を待っていたらそのまま眠ってしまったというところか。
「無理に起こす必要もないからなぁ」
頭を掻きながら、瞬は気持ち良さそうに眠る静理の下へと寄る。そこにあるのは、普段の凛とした表情からは想像も出来ないような可愛らしい顔。この辺りが、静理が「姫」と称されている部分なのだろうか。
「なんか……いや、なんというか、可愛い……」
思わず、右手が静理の頭を撫でていた。こんな事を静理が起きている時にやれば、間違いなく殺される。
「んぅ……」
可愛い声が聴こえたのは気のせいか。瞬が少し擦ると、静理はくすぐったそうにしてから、そしてまた寝息を立てる。
「……」
だが、瞬は触れていたその手を離し、先日の事を思い出した。
『幻想、黙示録……』
『なぜ……お前がその言葉を……』
あの時、驚愕した表情の静理を呼び止める事は出来なかった。部屋から駆け出し、その後は会う事もなかった。かといって、作戦終わりに「幻想黙示録」という言葉についての話はしていないし、中途半端にギクシャクするだけであった。孤影だって同じ言葉を言っていた。
『虚ろなる狂乱は、一切の血を流さず幕を引く。それ即ち、幻想黙示録』
と、全く言葉の意味が理解出来なかった。正直、孤影が少しイタイのかと思っただけであった。
「いや、待てよ……一切の血を流さず幕を引く……?」
その部分に、瞬は疑問を持った。
一切の血を流さず幕を引く。
何が?
虚ろなる狂乱が。
狂乱とは?
即ち幻想黙示録。
幻想黙示録とは?
その答えが明確になった時、ある情景が頭に浮かんだ。誰かの膝上で倒れている自分の視点。そして、自分を膝の上で寝かせている人間の顔。見覚えがあった。どんな人間なのかは詳しく分からないが、それでも、自分はその人間を知っていた。何かを必死に言っている。自分に語りかけている。何を?
『……るからっ!……対に……守……』
全部終わってから、一人、路頭を彷徨い歩いていた。何の目的も無く。ただ、ただひたすらに彷徨っていた。強い雨が降りしきっていた。それは体に強く滴を打ち付ける。だが、痛みすらも何とも思わなかった。頭の中が真っ白になっていき、自意識すらも薄れ、そこで地面に崩れ落ちた。何が起きたのか分からなかった。たった一瞬で全てを失った。自分の手を見ながらその一瞬を思い出す。
「……げて!に……!早く……逃げ―」
誰が何を誰に伝えようとしたのか分からなくなってくる。言われた通りにしようとした。恐らく「逃げて」と、そう伝えたかったはずなのだ。間違ってなかったはず。言われた通りにすれば、誰も犠牲にならず助かったはず。それじゃあなんで、なんで……
「お母、さん……!」
幼い自分には、何も出来なかった。自分が引き起こした事件であるのに、あまりに無情だと、そう思った。この手で、人を殺したのだ。この、能力で。自分を守ると、そう告げていた優しいその人物を、殺したのだ。殺すというのが、自分にはまだ分からない。それでも、確実に、幼い自分は、目の前にいた人物を、隔離圧縮したのだ
「そう、か……そうか……思い、出した。幻想黙示録がなんなのかを。静理さんがそれを聞いて驚愕した理由も、孤影が俺の近くでこの言葉を告げていた理由も、どうして、俺がこの事を記憶から抹消していたのかも」
「ん……神、崎……?」
静理が目を覚ましたようだ。まだ眠たいのか、目を擦りながら口元を覆い、欠伸をしている。瞬は、もう一度静理の頭に手を置く。静理はその行為で一瞬で目を覚まし、驚いたような挙動を取る。
「ひゃ……な、何をする?」
「何でもないよ。そう、何でも……ないよ」
聖騎士団は、次なる作戦として、首都圏と呼ばれる日本の中枢部分となる地点の隔離、及び制圧を目標に掲げた。日本の都市と呼ばれた東京以外の首都圏。ここを押さえれば、後は時間の問題だという御剣は、明らかな自信を見せていた。それに釣られるように、騎士達の士気も上昇し、騎士領はさらなる活気に満ち溢れるのであった。一方で、征伐者と呼ばれる存在について深く知っている冴場は、重要参考人として騎士領に匿われ、日々事情聴取されている。
そして、瞬は、閉ざされた自分の過去について、たった一人、調査を始めるのである。
物語の鍵となる、過去について、神崎君が思い出してしまいました。果たして、これから聖騎士団はどうなるのでしょうかねぇ。というか不死体との戦闘はどうなるんですかね(笑)
―作戦開始の先駆けとして、東京外に出る事になった騎士団一行。そこで、彼らは―




