十九話彼ら彼女らの協力戦線
―緒代智影と如月弥生は、それぞれの仕事のために動き、緒代孤影と三條瑠華は静かな共闘。そして―
こんにちこんばんは!
更新ですよ!更新!
A君よぉ!!あんまり急かさないでくれよう!!リアルが忙しいんだよぉ!!
その言葉を聞いて、思わず部屋から飛び出してしまった。聞きたくのない言葉を、彼の口から聞いてしまうとは思ってもいなかった。十年の間、たったの一回も記憶の奥底から掘り出そうとしなかったその言葉を、藍河静理は聞いてしまったのだ。
幻想黙示録――
神崎瞬が呟いた言葉。十年前に起きた聖騎士団史上最も残酷な事件。その事件の記憶を覚えている者は騎士領内にほぼいない。まして、瞬に至っては、覚えているわけもないはずだ。何せ、彼は当時まだ七歳の子供だったから、そして、事件そのものの記憶を消されているからだ。
「なのに……何故、神崎は……」
触れてはいけない何かに触れてしまった瞬の表情は、とても複雑なものであった。そして、その表情を見た静理もまた、言い知れぬ不安を抱えるのであった……
「……瑠華、後方約三メートル後ろに数体不死体」
「了解しました」
西側で戦闘を繰り広げるのは、総合部隊副隊長の孤影と、交易部隊副隊長の瑠華である。二人は非常に冷静に、落ち着いた動きで不死体を討伐していた。主に孤影が上空に浮遊し、辺り全体の様子を瑠華に伝える。そして、瑠華がそれに素早く反応し、聖装騎士の真紅の槍で敵を貫く。もちろん、手が空いている孤影も闇の力で瑠華の相手にしていない不死体を倒す。さながら、息ピッタリと言ったところか。
「緋鋭の槍……!」
後方を振り向き、振り向きざまに真紅の槍を鋭く突く、瑠華の使う最も基本的な技、緋鋭の槍。対象の急所を的確に狙って貫くこの技は、初動が神速であり、避けることは困難である。あの、高速で移動するシャドウタイプですらも、緋鋭の槍を避けることは不可能であった。
「孤影様、不死体の気配が急に収まり始めてきました」
「……うん。分かってる。そろそろ、仕上げ」
孤影が地上に降り立ち、その華奢で小柄で小さい体で、漆黒の鎌を両手に持つ。体の大きさに見合わぬサイズの鎌を、振り上げると、その鎌の刀身を遠心力の重心にし、暗闇の中へと投擲する。
「……貫いて、黒槍」
漆黒の槍を出現させ、瑠華の隣に肩を並べる。孤影もかなり小柄なほうだが、瑠華も中々に小柄なものである。というか、瑠華の方が普通に小さい。
「孤影様。もしや……?」
「……うん」
特に会話をしたわけではないが、なにやら二人は意思疎通したようだ。背中合わせになり、互いに前方に槍を構える。漆黒の槍と、真紅の槍が対を成し、そこから、孤影の闇の力による闇の波動が周囲を包み、さらに、瑠華の聖装騎士から溢れる紅い光が輝く。周囲には不死体の残党。二人の下へと不規則な動きをしながら近寄る。
「紅黒の槍旋」
瑠華が小さく呟いた。
ドォォォォォォォォォッ!!!!!!
と、凄まじい音が辺り一帯に響き渡り、二人を中心として、竜巻のような風が吹き荒れた。中心に引き寄せられた不死体が、風で高く舞い上がる。そして、舞い上がりながらその体を削られていく。真っ黒な肉塊が鈍い音を立てて地面に落ちる。
「……ふぅ」
やがて、竜巻が収まっていくと、先程の場所から全く動いていない状態の孤影が溜め息とともに姿を現した。勿論、隣には瑠華もいる。が、なんだかあまり気分が優れていない様子の表情である。
「相変わらず……凄まじい回転でございます」
「……こうでなければ、この技の意味がない」
どうやら、紅黒の槍旋という技は竜巻を起こすために相当な回転を要するようだ。そのお陰で、瑠華は酔ってしまったらしい。対して孤影はなんともないようだが。
「……仕上げ」
「は、はい。了解致しました」
颯爽と歩いていく孤影に、瑠華は慌てたようについていく。が、颯爽と歩いていこうとした孤影は、若干おぼつかない足取りである。つまりは、孤影も酔っていたということだ。
「……如月!仕事とかなんとか言っていたが、そうでもない!」
「は、はいぃ!いくらなんでも急ぎすぎましたぁ!」
南方向では、さっさと周囲を殲滅させて、とある仕事を行おうとしていた狙撃部隊の緒代智影と如月弥生が思わぬ襲撃を受けて苦戦していた。
「……大体、僕達の扱いが適当な気がする!」
スネイクショットを完全装備した緒代は不機嫌全開の表情で声を上げる。そして、普段の冷静さなど無視して銃を乱射。暗闇に潜んでいた不死体は次々撃ち抜かれる。乱射とは言え、確定射撃の力により補正があるため、結果急所を撃っていることになる。
「隊長……絶好調ですね」
如月はというと、確殺雨天により出現した光の弓矢で、的確に不死体を射抜き、落ち着いた感じで闘う。
「確殺雨天・迅雨!」
水平に構えた弓から光の矢を放つ。すると、一本の矢が真っ直ぐに不死体に向かう。そして、体を射抜くのだが、その際に、貫通した矢が複数に枝分かれし、貫通した後で再びその体を貫く。つまり、一度貫通してしまった矢が、もう一度対象を貫く。という技だ。
「……ええい!何故この地点だけ敵が多いんだ!」
装甲、重装によるスネイクショット二丁装備。放つ弾数は三十二発。確定射撃の発動率は全開。つまるところ、本気である。
「……ふ……死体如きが、僕に牙を向けるなぁ!」
正面だけでなく、背後にまで銃弾が飛んでいく。その原理は良く分からないが。
「隊長~!段々不死体の数がすくなくなってきましたよ~!」
「……了解だ。今度こそ終わらせるぞ」
スネイクショットを投げ捨て、緒代は長い息を吐く。そして、紅く輝く瞳を見開いた。
「……ふん。僕の確定射撃が、これだけだと思うな!」
緒代の足下から眩い光が溢れ出して来た。無論、色は確定射撃の瞳の色と同じ、真紅である。言っておくが、瑠華の聖装騎士の色ではない。
「……そもそも、この力を使うのに、武器を持つ必要などない。なぜなら、こうして貴様らを撃ち抜けるからだ!」
緒代が手を払うと、前方に真紅の手のひらサイズの粒子球体が出現し、それが光線となって一直線に空を駆けた。一瞬で不死体の体を捉え、その場に崩れ落ちさせる。
「……確定射撃・粒光線。いわゆる奥の手。僕が使う、確定射撃の本来の姿。高圧縮された真紅の粒子をぶつかり合わせる事で光線を生み出し、それで対象を撃ち抜く」
緒代がこの技を使うのは、主に銃の弾が切れたり、そもそも武器を装備していない時などなのだが、今回のように奇襲を受けたり、戦闘に時間をかけられない場合は無条件に確定射撃のもう一つの力を使う事もある。
「……粒光線の速度は、光の速さと同等。意識次第ではそれ以上にもなる。つまり、貴様らはこの力を避ける事は不可能だという事だ」
今度は、多方向に一斉に射撃。真紅の粒光線が不死体の体を撃ち抜き、光で消し去る。あまりに一瞬の出来事なので、血液が吹き出る事すらない。肉塊が地面いボトボトと落ち、そうして崩れ落ちてから血液が流れていく感じだ。
「……如月、仕事に取り掛かるぞ」
「はい~」
余裕の表情の緒代が、今度こそやるべきことをやるために、動き出した。
「おぉい!!鷹山ぁ!聞こえとるかぁ!?」
「うるさいぞ。もちろん聞こえている」
東側を制圧するのは爆撃部隊隊長の郷田甚助ことおやっさん。援護部隊隊長の鷹山昂大だ。えらく騒がしいこの地点は(主に騒いでいるのはおやっさんだが)すぐに制圧を終了していると言っても過言ではなかった。作戦が始まった途端におやっさんが爆撃地帯を発動し、群れていた不死体を吹き飛ばし、さらに後ろをついてきていた昂大が能力を使い残党を撃退。遡ること数十分前の話だ。
「人間は本来百パーセントの力を発揮する事ができない。常に、七割~九割までで脳制限をかけてしまう。その理由は、力を出しすぎて体に直接的なダメージを与えてしまうため」
だが、と昂大は目を伏せる。
「俺の能力は、その制限を意識せずに、対象となるものの力を解放する能力。つまり、制限突破」
制限突破。
昂大が扱う能力で、援護目的の能力としては上位に値するほどの力を持つ能力。使用者は、対象となるものが本来持っている限界の力を、負荷をかけずに出す事のできるように能力を付与させる。聖騎士団全部隊全団員の中で、このような系統の能力を使えるのは昂大ただ一人しかおらず、重宝されている。加えて、この能力を発動する上での精神的負担は恐ろしいほど小さく、使用者である昂大は様々な急な動きに対応できる。だが、彼はランクAである。それには、色々な事情があるのだ。
「俺は戦闘中、常時この能力を自分自身に発動させている」
冷淡な声でそう告げる彼は、残党の不死体の頭を掴み、そして、いとも簡単に握りつぶした。軽々と、だ。さらに、地面を強く踏みつけると、その周囲の土が一気に盛り上がり、石片とともに不死体を吹き飛ばした。
「貴様らに、俺を止めることはできない」
「嬢ちゃんにはちゃんと伝えてきたのか?」
今に戻る。すっかり静かになったその場所の、やや大きめの岩に寄りかかったおやっさんは、昂大にそう声をかけた。昂大は、暗闇をじっと見据えたまま、視線を変えずに答える。
「ああ。果たして聞こえているかは分からないがな」
「それでも、お前さんにとっては重要な事じゃろう?」
「そういう貴様こそ、ちゃんと娘には伝えているのか?」
昂大は、おやっさんからの質問に対し、同じような質問を返した。おやっさんは、威厳のあるゴツイ顔つきに見合わず、少し悲しそうな表情を浮かべる。
「うんにゃ。敵わんかった。救護部隊に止められてしもうてのう」
おやっさんには、まだ幼い娘がいる。とある事件で、意識を失い、救護施設の最上位救護室に隔離治療されている。おやっさんは、作戦前や行事がある時は、必ずその救護室に行き、意識のない娘に対してひたすら話すのだ。だが、今回はそれが出来なかったらしい。
「そうか。俺は挨拶程度はしてきた」
対する昂大は、嬢ちゃん、と呼ばれた人物に対して挨拶が出来たらしい。嬢ちゃんとは、援護部隊隊長の津田さやかの事である。彼女もまた、意識を失い行動不能だ。ただしその理由は、何かの病気やショックで、とかではなく、彼女の能力があるせいだ。
「絶対防護領域……いつまでさやかの人生を奪い続けるのか……」
絶対防護領域とは、津田が扱う能力で、聖騎士団防御系統能力最強の能力である。発動と同時に、指定された範囲に不可侵領域を展開し、どんなものも防ぐ聖域を生み出すものだ。不可侵領域とは、発動者が自分にとって害を成すものをすべて滅する領域の事で、その不可侵領域に侵入するものは、どんなものであれ滅される。ただし、この能力を継続して発動するのには、とてつもない負荷がかかるため、津田を無害に生かすためには、意識を失わせて無理やり能力を継続させるしかなかったのだ。そう、余計な意識をしないために。
「下らんな。最強と言えど、基本的継続が出来ないなら意味はないだろうに」
皮肉たっぷりに、昂大は呟いた。相当なまでに、絶対防護領域を恨んでいるらしい。とはいえ、この能力がなければ騎士領など即座に壊滅しているのだから、仕方がないのだ。加えて言うと、この能力の耐久度は瞬の隔離壁を大きく上回るので、簡単に考えると、騎士領の全体には、超高耐久性の見えない壁があると考えてもいい。だから、外界からは敵が侵入してこれないのだ。
「今回の作戦で最も重要となるのが、さやかのこの力……チャンスは一回か」
「ふん!鷹山。大仕事じゃぞ!」
東京を制圧するこの作戦、その終幕がいよいよ始まるのであった。
「全出撃団員に告げます!ただいまより、絶対防護領域の影響範囲拡大を実施します!細心の注意を払い、騎士領へ一時撤退してください!」
アリス越しに発せられた指令に、何も知らない瞬と遙香は呆然と立ち尽くすだけであった。
たくさんの技と能力が出てきましたね!如月に関しては相変わらずの中二っぷりですよ。緒代(弟な)の新技、確定射撃・粒光線は、麦野の能力だと考えればわかりやすいかもですよ。麦野がなにかって?アレですよアレ。
―絶対防護領域の再発動が始まる。神崎瞬他、出撃隊長格は騎士領へと一旦退避することになるのだが、帰り際に襲撃を喰らう。何事かと視線を向けると、そこにいたのは不死体ではなく―




