十八話創意魔術
―今度こそ始まった第二フェイズ。神崎瞬は心に疑問を抱いたままに戦地へ赴く。過去にあったとある事件。幻想黙示録。十年前に、一体何が―
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天条ちゃんマジ神ですわ!!
心の中の、モヤモヤとした気分は絶えずに、自分の中を充満している。浮かび上がるのは、疑問。疑問疑問。ひたすらに疑問。天条遙香より受け取った古書に記されていたのは、十年前の、当時の聖騎士団の事について。その一年間の出来事を全て記したものであった。これで、十年前に何が起きたのかが分かるはずだと、そう期待したまではよかったのだが、問題はそこから先だ。一年間の出来事を記してあるはずのその古書の中身は、ほぼ空白と言ってもいいくらいのもので、期待を大きく外れた。この事により、また新たな疑問が脳内に浮かび上がった。それは、なぜほぼ空白なのかということだ。結局遙香が持ってきた古書はなんのあてにもならず、曖昧なままに瞬の寮室に放置されるだけであった。
六月二十二日、深夜。東京制圧(または隔離)作戦第二フェイズがその幕を開けた。参戦する隊長格は、総合部隊より緒代孤影。特攻部隊より、神崎瞬。狙撃部隊より、緒代智影と如月弥生。爆撃部隊より、郷田甚助。援護部隊より、鷹山昂大。そして、交易部隊より天条遙香と三條瑠華である。なお、今回のこの第二フェイズでは、隊長格のみが参戦するとの事で、それ以外の一般団員は騎士領の防備、及び、衛生維持に努めるように指示が下されている。また、戦線救護の担当として、救護部隊から、隊長の大館ゆかりと、副隊長の宮間深夏が出撃するようになっている。今回もまた、第一フェイズ同様に、いくつかの地点にそれぞれ分かれ作戦を実行する。
『全出撃隊長格に通告よ。今回の作戦、あなたたちの素早い行動にかかっているわ。だからこその隊長格限定出撃の作戦。思う存分やりなさい』
出撃団員が持っているアリス越しに、細波から通告が来た。監視部隊の専門施設から介して聴こえてくるその声色は、どこか楽しげで、妖艶ささえも感じ取れるほどだ。きっと、上品に腕を組みながら話しているのだろう。
「なんで重要作戦なのにあんなに楽しげなんだ……」
瞬は細波に対し、呆れ返った。
瞬がいるのは、騎士領の北のほう。つまり、シャドウタイプの巣窟があった方向だ。共に戦線に立つのは、交易部隊隊長の、遙香だ。
「お、天条と一緒か。これなら安心出来るな」
マガジンに弾を装填しながら、瞬は遙香に楽観的な笑みを浮かべる。遙香は唐突に笑みを向けられた事に赤面する。
「そ、そそそんなに期待しないで下さいましっ!わ、わたくし期待に応えられるほどではありませんわっ!」
「ま、とりあえず頼むよ。天条の能力なら、かなりの範囲の敵を相手に出来るしね」
とはいえ、時間帯が時間帯なので、辺りは真っ暗。どこに敵が潜んでいるかなど、到底見当もつかない。瞬の隔離能力がどこまで通じるか、それは戦闘が始まらない限りは分からない事であった。
「さて、それじゃ、そろそろ始めるとしますか。天条、行くよ」
声のトーンが少し低くなった瞬。つまりこれは、作戦開始のスイッチをオンにした証である。楽観的な彼が、真剣になれば、それに合わせて遙香も真剣な顔つきになる。
「はい、ですわ」
一言、遙香が小さく同意すると同時、瞬が駆け出した。即ち、戦闘開始である。
「細波!周囲の敵の数は!?」
『ざっと見て二十くらいかしらね。そこまで多くはないわ』
細波に直接通話を仕掛け、周囲の敵の数を聞く。即座に、細波から敵の数が伝えられる。瞬は、暗闇の中を高速で駆け、潜む不死体を次々に隔離していく。その動きは、とても暗闇の中で出来るようなことではなく、普通の人間が見たら、尋常ではないほどだろう。一方、遙香は先程から動いてはおらず、上品に、扇子で口を覆って立つだけである。
「ふふ……焦ってはいけませんわね。こうして、ゆっくりと待つだけでも、敵はやってきてくれますわよ」
余裕綽々といった感じで、ブロンドのツーテールを揺らす遙香。その周りには、暗闇で分かりにくいが、間違いなく不死体と思われる人型の影がある。遙香は、すぐ近くにいる敵に一切の恐れを抱かず、平然と、扇子を仰ぐ。
「さあ、おいでなさい。わたくしが……」
パシっと扇子を閉じた彼女は、薄く微笑む。
「わたくしがあなた方に終わりというのを教えてあげますわ!」
突如、ゴウッ!!と、遙香の背後から焔が音を立てて出現した。灼熱の焔は、周囲を真っ赤に照らし出し、不死体の体を一斉に焼き尽くす。一瞬の出来事で、不死体の群れは自分が焼かれている事にさえ気付くのが遅れ、何も動く事はなく灰になる。
「名をフレイムと言いますわ。初歩的ですわよ?」
フレイム。彼女が今しがた出現させた、灼熱の焔。初歩、とは、つまり。
「わたくしの能力の名は、創意魔術。天条家の直径に属する者が得る事のできる、上位能力ですわ!」
創意魔術。
交易部隊隊長の天条遙香が扱う能力。世界が滅亡してからすぐに、天条家の人間に開花した、昔から存在する能力。使用者の意思(創意)により、火、水、雷、風の四属性魔術と、光、闇の上位属性魔術を発動することができる。元々、かつての天条家は裏社会の魔術関係のトップにも立っており、魔術の素養自体が最初からあった事から生まれた能力としても伝えられている。先程のフレイムと呼ばれた魔術は、四属性の中の火属性に値し、さらにその火属性の中でも最も初歩的な能力である。
「ああ、言い忘れていましたわ。わたくし、こう見えてもランクはSなんですの」
遙香は、五人しかいないランクS騎士の、一人であった。
「と言いましても、不死体に理解できるものではありませんでしたわね」
加えて言っておくと、光と闇の二属性魔術は、御剣の消失の輝きや、如月の確殺雨天、孤影の闇の力に匹敵するものだ。ただし、その二属性に関しては、体力の消耗が激しいため、遙香は滅多に使ったりはしない。
「荒れ狂う水流よ……スプラッシュ!全てを押し返す激流となるといいですわ!」
彼女の後方から、青白く光る術式のようなものが出現し、その術式から、高水圧の水流が噴き出した。その水圧はとてつもなく大きいため、不死体の体は水流に貫かれる。
「迸る雷鳴……ライトニング!全てを穿つ刃となるといいですわ!」
水流に続いて、今度は遙香の真横に出現した術式が、幾重にも枝分かれする雷を放った。凄まじい轟音と共に、不死体は雷により、水流同様体を貫かれる。それに加えて、雷が先程の水流に感電し、まだ動いている不死体を感電死させる(といっても、すでに死んでいるが)
「吹き荒れる旋風……ウィンド!全てを吹き飛ばす豪風となるといいですわ!」
四属性最後の、風属性魔術が遙香の頭上から出現した術式より、吹き荒れた。元々足取りが不安定である不死体は、強風に容易く吹き飛ばされる。何体もの不死体の体が宙を舞い、空中に現れた少し大きめの術式に風で運ばれる。
「おいおい。天条、いきなりアレをやるのかよ……」
戦闘をしながら、横目で遙香の様子を窺っていた瞬が、上空に現れた術式を見て動きを止めた。そして、いつも通りの楽観的な表情を浮かべて遙香の動きを見続ける。が、不死体にはそんな事は関係なく、すぐに瞬は囲まれる。そして、腐った肉体が、一斉に瞬に飛びかかった。
「はぁ……邪魔するなよ」
瞬が溜め息を吐いた瞬間、周囲に、複数の立方体が出現した。飛びかかってきた不死体を、一体一体確実に隔離したのだ。
「おとなしくしててくれ」
真上に掲げた右手を、強く握る。同時、周囲にある立方体は圧縮され、元の大きさに戻り展開される時に、大量のどす黒い血を噴き出した。瞬は、構わず血を浴びる。べちゃべちゃ、という音を立てて体中に付着する血液。普通、付着した部分に傷があれば、その傷口から感染性ウイルスが侵入するのだが、いかんせん、瞬は傷一つついていないので、感染の心配はない。
「さて……天条、加減はしろよ……?」
風により運ばれた不死体が集まる術式を瞬は、しっかりと見据える。
「フフ……見せてあげますわ。天条家の、その令嬢であり交易部隊隊長を務める、わたくしの力を!」
空中に出現した術式が真っ白な光を発し始め、その上に密集する不死体の群れの体を照らす。さらには、その術式を囲むかのように、周りに数え切れないほどの術式が出現する。出現した術式に囲まれて覆われたことにより、不死体達の体は見えなくなった。そして、術式から溢れる光はより一層輝きを増す。
「絢爛たる慈悲の閃光……シャイニング!寛大なる心で全てを滅するといいですわ!」
遙香が魔術発動の言葉を誇り高く発したの同時、不死体を覆っていた術式がこれまでにないくらいの輝きを見せた。夜の暗闇が消えてなくなってしまったのかと思ってしまうほどの光が辺りを包み込み、そして、一瞬の内に収まる。
「ざっと……こんなものですわっ!」
光が収まり、再び扇子で口元を覆った遙香は心底楽しげに、誇らしくもそう言った。気が付けば、上空に出現していた術式は跡形もなく消えており、また、それに覆われていたはずの不死体の姿すらも消えていた。
原理は、御剣の消失の輝きと同じ。使用者の意思次第で、その威力と影響範囲を自由に設定し、対象を光の力で滅する。ただし、違うところもある。それは、遙香が使った光の魔術が、魔術であるということだ。御剣の場合は光の力そのものが能力として作用しているのだが、魔術の場合はそれと異なる。消失の輝きは使用者の意思から発動して、それを具現化することで能力を発動する。しかし、魔術の場合は、元々存在していない力を、使用者の意思で発動した能力から生み出したものなので、発動時の精神的消耗や、使用者にかかる負担が大きくなるのだ。そのため、遙香自身はあまり多く光属性の魔術を使うことはない。今回は、手短に作戦を終了させるために放った、光属性の中でも最も初歩的な魔術。シャイニングで片をつけた。
「おい!少しは加減しろよ!眩し過ぎて目が開かなくなっただろ!」
ただ、初歩と言っても光属性の魔術は強力なため、味方が近くにいると、こういったクレームが来たりもする。
「えぇ……!?わたくしなりに加減はしたんですのよ?」
あれでも精一杯に加減したつもりらしい。
「って……細波~、周囲の不死体の情報は?」
瞬が思い出したかのように細波へと直接通信を入れる。コールが始まる前には細波が通話に対応した。何故、コールが始まる前に出る事が出来たのかはわからないが。
『瞬、先に言っておくけれど。私が通話に出る前に用件を話されても、理解できないわ』
「あ、はい。すいません」
『よろしい。それで、周囲の情報なんだけど、それがね。どこぞの令嬢のお陰で、周囲から不死体の姿は消えてしまったわ』
やけに皮肉たっぷりに、細波はそう告げた。もちろん、細波の言葉は近くにいる遙香にも聞こえているので、遙香は反応する。
「ちょ、ちょっと細波さん?どういう意味なんですの!?」
『それじゃあ、帰還指示が入るまで二人で、ふ・た・り・で!ゆっくりしておくといいわ』
遙香の言葉を完全スルーした細波は、意味深な強調をして、そのまま通話を切った。
「……なんか、凄い不機嫌だな……」
「わ、わたくしは何も知りませんわよ!えぇ、まったく何も知りませんわっ!おーっほっほっほ!!」
わざとらしく高笑いする遙香を、瞬は、ジト目で見据えるだけであった。
「う、細波さん……まだ根に持っているのですわね……」
この作戦のために、遙香と細波で色々あったのは、また別の機会に知ることになるであろう。
「……本気で言っているのか?如月」
瞬達の居る所とは真逆になる、南方向で制圧。そこには、狙撃部隊隊長の緒代智影と、副隊長の如月弥生がいた。こちらも、瞬達とほぼ同じタイミングで制圧完了しており、帰還指示を待つだけなのだが、待機中に如月が呟いたある言葉に、緒代は反応していた。
「はい~。なんでも、この第二フェイズで今回の東京制圧作戦が終わるんじゃないかって。あくまで、噂のはんちゅうですけど~」
二回の分割で、この作戦が終わる。普通ならば、考えられない事であった。外界の事はよく知りはしないが、それなりに土地が広いはずの東京。そこを制圧するのに、たった二回……
「……本気でそうならば、御剣は何を考えているのか分からなくなるな」
紅く輝く右目を少し押さえながら、緒代は肩をすくめて溜め息を吐いた。不機嫌そうに地面に座り込んだ彼は、確定射撃を発動したまま、辺りを見渡す。
「……ふん。まさか、こうもあっさりと片付いてしまうとはな」
「隊長、本気出しすぎですよぉ」
「……馬鹿を言うな。貴様こそ、変わらないくらいだっただろう」
こちらはこちらで、相当なまでにやりつくしたのだろう。それなのに、随分余裕に見える。
「……さて、そろそろ仕事に取り掛かるとするか。僕達は僕達でやらなければいけないことがあるからな」
立ち上がった緒代は、真剣な顔で如月に向き直る。それを見た如月もまた、真剣な表情で小さく頷いた。
十七話の最後、静理のあの反応に関しては、次回書くのでよろしくです。
今回はサブタイが能力名でした。「創意魔術」天条家の直系のみが使える上位能力。ウィッチ+お嬢様=ビ○チ?いやいや、ビーチですよ!
―緒代智影と如月弥生は、それぞれの仕事のために動き、緒代孤影と三條瑠華は静かな共闘。そして―




