十六話無限増殖《インフィニティ》
―帰還間際、神崎瞬と緒代孤影は思わぬ奇襲を受ける。突如として現れた謎の敵に二人は苦戦を強いられる。そんな時、とある人間が戦闘に介入し-
更新が遅くなりまして真に申し訳ございません。GW中は頑張るのでヨロシクです!
一人、路頭を彷徨い歩いていた。何の目的も無く。ただ、ただひたすらに彷徨っていた。強い雨が降りしきっていた。それは体に強く滴を打ち付ける。だが、痛みすらも何とも思わなかった。頭の中が真っ白になっていき、自意識すらも薄れ、そこで地面に崩れ落ちた。何が起きたのか分からなかった。たった一瞬で全てを失った。自分の手を見ながらその一瞬を思い出す。
「……げて!に……!早く……逃げ―」
誰が何を誰に伝えようとしたのか分からなくなってくる。言われた通りにしようとした。恐らく「逃げて」と、そう伝えたかったはずなのだ。間違ってなかったはず。言われた通りにすれば、誰も犠牲にならず助かったはず。それじゃあなんで、なんで……
「お母、さん……!」
「はぁぁぁぁっ!!!!」
木々を飛び上がり、そこから標的に向かって短刀での一刺し。さらに、それを即座に引き抜いてから何度か斬りつける。護身用に常に持ち歩く事を命じられているただの支給品とは言え、その切れ味はなかなかのものだ。瞬は、拳銃の弾が切れてしまったのを機に、短刀で戦闘を繰り広げていた。
「なんだよ!効いてないのかよっ!」
目の前にいる正体不明の敵は、まるで動じない。それどころか、むしろ余裕を見せるかのように歪な動きをする。
「……焦っても駄目。相手が正体不明だというなら、しばらくは様子見するべき」
冷静に冷淡に、孤影は瞬にそう言った。同じく正体不明の敵と対峙する彼女は、先程からあまり大きな動きを見せていない。言葉の通り、様子見をしているのだろう。
「くっ……!」
とは言え、正直なところ様子見など出来る余裕など無かった。
「何なんだよ……!」
不死体らしき敵は、全長こそ瞬と大差ないのだが、問題は体の細かいパーツであった。まず以って目に入るのは、その敵の腕であった。普通は両腕が二本だけのはずなのに、その敵は、何故か四本の腕を生やしているのだ。しかも、その内背中から不気味に生えた二本は異常なほど太く、血管らしき管が幾重にも現れていた。
「孤影!このままじゃ防戦一方だ!」
瞬は、短刀をしまってから敵に対して隔離能力を発動するために手のひらを向ける。すぐに、敵は隔離壁からなる立方体の中に閉じ込められ、外界から隔離された。後はこのまま強く手を握ればそれで終わりだ。
「隔離圧縮ッ!」
間髪入れずに、瞬は標的を圧縮した。瞬の手の動きに合わせて立方体は目に見えないほどの小ささまで圧縮された。もしもこれがシャドウタイプと同じように第二形態への形態変化をするのであれば、恐らく瞬の隔離は破られる。なにせ経験した事の無いはずの力だからだ。だが、以前のようにあっさりと破られたくない瞬はかなりの力で拳を握る。
「どう、だ……!」
ゆっくりと手を開き、隔離を解いていく。段々と元の大きさに戻り、そして立方体は解かれる。それと同時に大量の血が噴き出し辺りの木々にべちゃべちゃと付着していく。嫌な音が耳に入った事を確認すると、瞬は安堵の表情を浮かべた
「よし……!」
が、その安堵も束の間、孤影が瞬の肩に手を置き、闇の波動の中へと瞬を連れ込んだ。
「うわっ……!?何するんだよ孤影」
真っ黒な闇の中で、未だ自分の肩に手を置いたままの孤影を振り向き怪訝そうな視線を彼女に向ける。だが、闇の中であるが上に、顔を認識する事が出来ない。
「……神崎君、今、危なかった」
きっと今も、孤影は無表情を崩していないのであろうが、彼女自身の声質はいつもより低いのが分かる。何が危険だったのかと、瞬は疑問に思うが、その疑問を口に出す前に、孤影が独り言のように呟く。
「……周り。いっぱいいた」
言葉数は少ないにしても、一瞬で悟った。
「も、もしかして動かなかったら……」
「……うん。多分、死んでた」
孤影の一言が終わると同時に、二人を包んでいた闇が晴れた。周りを見てみると、そこは先程までいた場所とは違う場所であった。目の前に現れたのは自身の身長の何倍もの大きさのある枯れ果てて腐った巨木。
「あれ、ここって……」
ここは、森の外であった。そう、枯れ果てた木々の立ち並ぶ森の外。たった数秒で、孤影はここまで移動したのだ。
「……はぁ、はぁ」
「孤影、今の移動でかなり力を使ったんじゃ……?」
大丈夫。孤影はそう小さく呟き平静を取り繕うが、肩で息をしているのが見て取れる。かなりの距離を高速移動したのだから、精神的にダメージが伝わるのは無理も無いはずだ。
「それにしても……さっきのはいったいなんなんだ……」
巨木を見上げる瞬の頬を冷や汗が滴る。孤影の助けが無ければ死んでいたかもしれない。シャドウタイプでもなく、ましてや普通の不死体ですらない特徴を持った何か。それが、すでに瞬と孤影を取り囲んでいたなんて、分からなかった。
「とりあえず、一旦退くべきだ」
そう言って、瞬は孤影の手を引こうとするが、孤影はその手を振り払った。瞬はその行動に若干の戸惑いを見せる。すると、その様子を察してからか、孤影が小さく口を開き言葉を発した。
「……待って。それは出来ない」
「え?どうして?今退却すれば、騎士領安全だしやられる事もないんじゃ……」
瞬の言葉を聞いて、孤影が表情を歪めた。まるで、何も分かっていないのか。そう伝えてくるかのように。
「……神崎君。分かってないわね。さっき、あの変なのいっぱいいたって言ったでしょ」
そして、言葉にしてしっかりと瞬に伝えてきた。
「……どれくらいいたと思う?」
孤影の質問に、瞬は顎に手を当て、思案の意を表した。しばらく考えた後に、瞬は頭の中で数えた敵の数を回答する。
「うーん。五体くらい?」
「……はぁ」
普段無口で無表情で無感情で無口で無表情な彼女が、珍しく呆れたように溜め息を吐いた。そして、やっぱり何も分かっていないのね的な目で瞬を見つめる。
「……やっぱり何も分かってないのね」
当然、目で伝えてきた事を口にする。瞬は困ったような表情を浮かべた。
「……一桁で済んだなら、あたしは神崎君を連れて逃げたりしない」
言う孤影が、突然に闇の中から漆黒の鎌を出現させ、右手に握った。さらに、左手のほうにも鎌を出現させ、二つの鎌を装備する。瞬は、その行動の意図が分かっていないようで、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべた。
「……あなたも構えて。来る」
え、と孤影の視線を追っていくと、暗闇の中に立つ巨木の、その根元に一段と黒い影が現れていた。それも、一つだけではなく、二つ、三つ……いや、それ以上にたくさん。瞬は、いつでも隔離能力を発動できるようにやや姿勢を低くして構える。
「なあ、孤影。もしかして、あそこに見える大量のナニかは、全部さっきの奴かな?」
孤影は、小さく頷き、それと同時に闇に身を投じた。恐らく、敵の下へと先陣を切ったのだろう。瞬も、遅れないように続いていく。
「一桁じゃないって……はぁ、どうやらそうみたいだね」
瞬の顔は、妙に自信ありげだった。楽観的な笑顔を作り、敵の下へと駆ける彼は、心なしか楽しげである。多分恐らく、先程の戦闘で隔離壁を破られなかった事で自信がついているのだろう。
「だけど……一度でも隔離が破られなかった以上、俺は負けない!」
立ち止まり、両手を左右にばっと広げる。すると、すぐさま敵の大きさに合った立方体が無数に出現した。目視できるだけで数十という数の敵がいるのなら簡単な話、それだけの数の隔離壁で隔離してしまえばいい。単純な話であった。
「まとめて圧縮ッ!!」
次々に、現れた立方体が圧縮された。それこそまさに殲滅と言えるだろう。目前に大量にいたはずの敵は一瞬で圧縮され、鮮血を噴き出し消え失せた。これでかなりの量を殲滅完了出来たはずだ。
「うぅ……さすがにまとめすぎたかな……」
隔離能力を広範囲で発動すれば、その分の負荷が体にかかる。瞬は、若干精神的な疲れを感じるが今はそれどころではないので表情に出したりはしなかった。孤影は闇の波動で高速移動しながらその様子を一瞥する。
「……」
彼女からすると、かなり馬鹿らしいことであった。
何故、数が未知数の敵を相手に大技を使う必要があるのか。
何故、必死になって戦闘を続けるのか。
何故、敵地に一人で乗り込んでいった馬鹿な人間を助ける必要があるのか。
瞬が考えている事を理解出来ない。普段無感情を貫き通す彼女が、珍しく不機嫌な表情を全開にして闘う。
「……なんか嫌だ。神崎君は、何がしたいのよ」
闇の中から出現した漆黒の鎌を投擲。投擲された鎌は物体の遠心力により回転しながら弧を描き敵を斬る。さらに、一度目の投擲から数秒も経たない内に新たな鎌を出現させ、そこから何度も同じように投擲していく。正直その動きは、瞬よりもキレがあり、尚且つ効率的であった。
「……あたしは使命を果たせればそれでいい。命は二の次」
数十はいる敵の群れの中へと駆けていく。
「……拘束して、闇鎖」
闇から出現した漆黒の鎖を持ち、敵と敵の合間を身軽に駆け抜ける。しかも、それだけではなく、孤影は通り抜けると同時に闇鎖で敵を拘束し、鎖一本で数体まとめて動きを取れなくした。闇から伸びてくる鎖はどんどんとその中へと引きずり込まれていく。的が身動きを取れないままに鎖が闇へと引きずられるわけであるから、鎖によって敵はきつく縛られる一方だ。
ヴァァァァァッ!!
と、敵は悲痛な叫びを上げた。その叫びと比例するかのように、鎖が敵の体に食い込んでいき、ブチブチブチ、と神経らしき物を切った音を立てる。
「……足掻いても、無駄」
最後。孤影の手によって縛られた敵は、胴体を真っ二つにして、その場に崩れ落ちた。孤影は敵の死をはっきりと確認すると、次の動きに入ろうとするのだが、そこで、ある事に気が付いた。
「……あれ?減ってない?」
見渡す限りの真っ黒な影。瞬の隔離能力含め、かなりの数を殲滅させたはずなのだが、暗闇には未だに敵が犇めいている。数が、全く減っていない。それどころか、心なしか先程よりも増えている気がする。
「孤影!」
少し離れた地点で戦闘を繰り広げる瞬から、強く呼びかけられた。孤影は、突然の呼び声に不機嫌そうな表情を向けて反応する。
「……なに?」
「思ったんだけど!敵の数、減ってないよね!?」
瞬もまた、孤影と同じ事を思っていたらしい。孤影は小さく頷いて、同じくそう思っていたことを確認
する。
「……やっぱり。どうしよう、あたしあんまり力を使えないかも」
孤影が弱気な事を言った。そんな言葉は孤影から普段発せられる事はないので、瞬は聞きなれない発言に若干驚きの表情を浮かべた。とは言え、孤影がかなり力を消耗している事は充分すぎるくらいに知っているので、仕方ないと、心の中で承諾した。
「孤影、あんまり無理をしないでくれ。騎士領に連絡を入れて支援要請を出すから」
瞬は孤影の身を案じてアリスを取り出し、連絡先一覧から監視部隊のフォルダを開き、その中から、細波の名を選択する。が、孤影は瞬のその行為を小さく制した。
「……駄目。これは、秘密裏の指令。他に知れ渡ったら無駄」
「でも……!」
瞬は、孤影の言葉に反論しようとするが、反論できない。孤影の言葉の通り、この指令は元々、孤影にのみ発令された秘密裏の指令だ。それが他者に知れ渡れば、騒動になるのは確実なのだ。そんな事になれば、制圧作戦そのものの計画が狂ってしまう。すると、作戦は悪い方向にしか流れないわけなのだし、聖騎士団全体に何らかの不穏な波紋が伝わる可能性もある。
「分かった……だけど、このままじゃ正直危ない。撤退しよう」
「……そうね。強がっても意味無いかも」
「よし。それじゃあ、この場を一気に駆けよう。走る力はまだあるだろ?だから―」
「その必要はありませんよ」
瞬が孤影を先導し、撤退しようと振り返ったところ、暗闇の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。瞬は、どこから聞こえるものなのかと視線を闇に這わせるが、見当たらない。
「遅れてしまいました。僭越ながら、加勢させていただきます」
声の主が誰なのかは一瞬で悟ることが出来る。瞬の側に小さな体で立つ孤影もまた、声の主が誰かは分かっているようなのだが、瞬よりも夜目の利く孤影でさえ、姿を確認する事が出来ないようだ。
「御剣、先生……!」
瞬がその名を呼ぶと同時に、周囲に眩いばかりの光が奔った。それはまさに「光」である。純粋無垢で完全なまでの「光」が、閃光となって駆ける。御剣の、消失の輝きが発動した合図である。この能力を前にすれば、いかなる敵も光でかき消され消失されるのだ。使用者の意思次第で何もかも消えてなくなる。
「随分と懐かしい敵ですね。まるであの時のようです」
光の中、瞬達の後ろのほうから現れた御剣が意味深な言葉を告げると同時、今まで瞬達が敵対していた謎の敵は、光に包まれ消えうせた。血の一滴も残さずに。まるで存在ごと消えてしまったかのようだ。あくまで例えであるが。
「御剣先生!気を付けてください!こいつら、無限に沸いてきます!!」
瞬が注意を促すが、御剣は優しく微笑み返すだけで、特に何も気にしている様子は無い。それどころか、余裕すら感じられる笑みを浮かべるだけだ。
「大丈夫です。問題ありません」
「いやいや、本当に沸いてきますって!」
強めの言葉になって御剣に呼びかける瞬であったが、御剣はそれを見ると、不意に前方に向かって人差し指を指した。その指先を追って、瞬と孤影は視線を這わせる。するとその先には、先程まで目前にあったはずの巨木が目の前から消えており、あれだけ大量にいた敵も何もかもその影を残さず消えていた。
「は……?」
思わぬ光景に、瞬は自分の目を疑った。
「……消失の輝きの影響範囲を、この辺り一帯全てにしたのかも」
孤影が冷静に全てが消えた理由を解析した。影響範囲とは、その能力が効果をもたらす範囲の事で、例えば今の御剣の消失の輝きに関して言えば、ただ純粋に光を放ってもその力を受ける対象が明確に決まっていないのであれば、能力が作用しない。これは、間接的能力を使用するほとんどの人間がそうであって、その中でもはっきりと影響範囲を指定しなければいけないのがこの消失の輝きだ。
「孤影さんの言う通りです。恐らく、あなた達が対峙していた不死体はあの森から出現しているのでしょうから、その負の根源ごと消失させました」
「へ、へー……」
瞬は心なしか畏怖を感じた。言葉こそ優しい御剣であるが、実際にやることはとてつもなく恐ろしい事だというのが分かる。対象を間違えれば、瞬と孤影ごと消えていたかもしれない。
「ていうか、あれって不死体だったんですか?」
「はい。先程の敵は、十年ほど前に大量に出現した不死体です」
その不死体の名を、インフィニティという。この名が付けられた理由は、他の不死体とは比べ物にならないレベルで繁殖または増殖することからである。
「繁殖……?人を喰らって感染させる不死体じゃないんですか?」
瞬の疑問に、御剣は首を横に振る。
「インフィニティは、人を喰らいません。ですが、自分達自身を喰らう事で、そこから何体もの同体を生み出し、増殖したり繁殖するのです」
今までに、聞いた事のない不死体の特徴であった。瞬達が既知としている、クローン、ヒューマ、シャドウタイプの不死体はいずれも、ヒューマタイプから感染した人間が元となって生まれているのが確認できており(シャドウタイプに関しては科学者がそう結論付けた)話を聞く限り、インフィニティと同時期に出現した事になるオリジナルタイプであっても、決してその増殖方法は自身を喰らうという事ではない。
「……何故公表していないの?」
孤影が、鋭い口調でそう聞いた。じっと御剣を見据える孤影の目を普段とは違い鋭く、油断していればすぐにでも御剣に刃を向けそうなくらいだ。御剣は、孤影の質問に対し、彼女から視線を外しながら小さく答えた。
「インフィティは、出現後にすぐ当時の聖騎士団の隊長格、つまり、今の神崎君達の先代に当たる人々が殲滅させたので、公表する必要がなかったのです」
「……それじゃあなんでまだいるの?」
「それは……私には分かりません」
それきり、誰も話さなくなってしまった。孤影は公表していなかった事に対しての若干の怒りをあからさまに表しているので、御剣はバツが悪そうにしている。また、瞬は孤影を一人で巣窟に行かせた事に対して御剣に若干の怒りを感じているようで、表情がむくれているようにも見えた。
なんだかんだで騎士領へと帰還した三人であったが、秘密通路となる小正門(用は隠し通路)から騎士領に入ると、入ってすぐに監視部隊隊長である細波が腕を組んで仁王立ちしており、孤影と瞬の怒りなど皆無になるかのように、細波から叱られた。三人とも、深く反省するように言われ、そこで解散となった。時刻は日付の変わる少し前で、騎士領や城下も家の明かりなどはすっかり消えてしまっていた。
第二フェイズの開始は明後日だ。
またもやフラグが…!!
ようやくアレですね。もう、ほんと更新できないのが悔しいです!頑張りますよプロデューサー!!←自重
―第二フェイズが始まる。作戦出撃メンバーに選ばれた団員達は各々の意思を見せる。はずなのだが、神崎瞬との共闘に興奮した天条遙香は―




