十五話幻想演舞
―緒代孤影の窮地に神崎瞬が現れた。無数のシャドウタイ プを目の前に瞬は明らかな怒りを表す。一方の孤影は助け に来た事などどうでもいいように戦闘へと舞い戻った。瞬 はその後ろをやれやれとついていく―
「やはり、行ってしまいましたか……」
総合部隊専門施設の隊長格室とは違う隊長及び副隊長用の部屋、即ち部隊長室から城下の町並みを見下ろす御剣は小さく呟いた。別に、今この部屋に他の人間がいるわけではないが、ふと、心の中の言葉を口に出した。
「……」
緒代孤影に秘密裏に命じていた任務の事を告げると、少年は一目散に走り出していった。内容を聞いた瞬間の少年の表情を見る限り、かなりの怒りを覚えているというのも分かった。我ながら、中々ふざけた命を下したと思っている。いくら作戦を手短に終わらせるためとは言え、孤影一人だけをシャドウタイプの巣窟に向かわせ、先遣として闘わせるのは難しい作戦だ。
「作戦の中に、別の作戦を入れる事自体、まだ私達には早すぎたのでしょうかね」
最後にそう呟いた御剣は、腰に差した愛刀・白雪に手を置きながら、静かに部屋を後にした。
聖騎士団から数キロ程度離れた森の内部に発見されたシャドウタイプの巣窟。細波が、第一フェイズ開始時からずっと、各制圧地点に出現するシャドウタイプがどこで発生しているのか探していた。その結果、突如大量のシャドウタイプが現れた騎士領北城門からさらに北に数キロ離れた枯れ果てて腐った木々の立ち並ぶ森の中に、シャドウタイプと思われる真っ黒な影の反応を複数感知したため、そこが巣窟であると断定された。御剣は、作戦の効率化を考えて、秘密裏に孤影に指令を出したらしい。
(効率化って……!いくらなんでも無理があるよ!)
暗闇を駆ける瞬は、不規則にうろつく不死体には一切目もくれずに、一心不乱に巣窟を目指す。数キロ離れていると言っても、瞬にとってはそこまでの距離には感じ取られない。高速で移動することを意識した以上は、隔離能力をうまく使って移動をする。
(まして、孤影を一人で行かせるなんて!せめて数人同時に行かせるべきだ!)
騎士領を出て数分と立たないうちに、枯れ果てた木々の立ち並ぶ森が目前に迫ってきた。目の前にまで来て、瞬は思わず顔を歪めた。
「うげ……!酷い臭いだ」
鼻腔を強く刺激する、何かの腐った臭いが辺りに充満しているのだ。
「肉?血?いや、とにかく酸の強い臭いだ。孤影はこの森の中で……」
瞬は、出来るだけ鼻から息を吸わないようにし、森の中へと入っていく。周りは暗闇に包まれていて、夜目を整えていなければほとんど様子を窺う事など不可能であろう。だが、それにしても暗闇に包まれすぎている気がする。これは恐らく……
「孤影の力の影響がここまで及んでるのか」
夜の暗さというよりも、孤影の闇の力による暗闇の作用のほうが強そうだ。つまり、それほどまでに、孤影が力を解放しているということになる。
「それにしても、巣窟って言われてた割にシャドウタイプの姿はあんまり見えな――」
ドン!!
瞬の呟きを遮って、途端にどこからか激しく何かのぶつかる鈍い音が響いた。それも一回ではなく数回続けてだ。瞬はそれに反応すると、腰に巻き付けたガンホルダーから二丁の拳銃を即座に引き抜き身構えた。
「風が止んだ……近くにいるのか?」
シャドウタイプが出現する際には、必ず風が止む。その理由は、シャドウタイプの高速移動により空気が真空状態になるからだ。その高速移動により、真空状態が強力な衝撃波を生み、これが真空波となるわけだ。瞬は、いつでも最小限での動きが出来るように姿勢を低くながら最初に音が聞こえた下へと歩を進める。
「!あれって……!」
そう何歩も歩かない内に、少し開けた場所に出た。と同時に、とんでもない光景を視界に映す。
「な……!」
暗闇に慣れてきた目の視界の中に、おぞましい数のシャドウタイプの、その肉塊が辺り一帯にごろごろと転がっているのが見て取れる。それに加えて、真っ黒な二つの何かが鈍い音を立てながら、何度もぶつかり合っている。その度に、片方の黒い何かがその場に崩れ落ちる。
「片方はシャドウタイプか……なら、もう片方は間違いなく孤影だ。あんな数のシャドウタイプと一人で闘わせるなんて!」
瞬の予想通り、もう片方は孤影であった。次々と崩れ落ちるシャドウタイプの巨体に意も介さず、孤影は新たに出現するシャドウタイプに攻撃する。孤影は特に苦戦しているようには見えない。
「凄いな……」
怒りとは裏腹に孤影の奮闘ぶりにも感心する。だが、そんな感心も束の間。シャドウタイプの高速突進が孤影の身をかすめた。なんとか闇の中に身を投じ、それを回避する孤影だが、闇での移動の反動が大きすぎて、闇の中から移動の途中で無理やり移動を拒絶される。
「闇の力が、孤影を拒んだ……!?いや、反動が大きすぎて力をろくに発動出来てないのか」
その後すぐに、他のシャドウタイプが孤影めがけて高速突進を仕掛けようとする。孤影は、移動の反動が大きくて、まるで動きが取れない。このままではまずい……瞬は、隔離壁を出現させる。
「……何故、助けに来たの?」
孤影は無表情のまま、だが冷たい視線を瞬に送りながら、そう問う。瞬はそれを見て短く息を吐くと、呆れたように話す。
「何故って……孤影、今の自分の状況理解出来てる?」
戦況は、明らかにこちら側の不利。この状況を見て、助けに来ないものなどいるのであろうか。
「……馬鹿ね。あたしはこんな奴らに負けたりしない」
そう言って、孤影は漆黒の鎌を闇より出現させ、ゆっくりと構える。同時に、闇の力の黒い波動が孤影を包み込み、移動させる。先程の反動は既に回復しているようであった。
「あ、孤影!ちょっと待ってよ!」
近くに群がるシャドウタイプに颯爽と突っ込んでいく孤影を瞬は慌てて追う。暗闇にすっかり慣れた目ならば辺りの様子がある程度は見渡せるようになってきた。瞬は、シャドウタイプの数に驚きの表情を浮かべる。孤影が相手にしていたのはせいぜい二、三体だと思っていたのだが、検討違いにも、その数は二桁を超える数であった。
「これに加えて辺りに崩れ落ちたシャドウタイプ……」
正直言って、一人じゃ相手に出来ない程の数だ。孤影は、その一人じゃ相手に出来ないような数のシャドウタイプにやられる事無く闘っていたのだ。流石総合部隊副隊長といったところか。
「……撃ち抜いて、黒銃」
闇の波動の込められた銃弾を撃ち出し、確実にシャドウタイプを捉える。孤影は先程よりも圧倒的に速い動きで戦闘を繰り広げる。瞬もまた、それに遅れる事のないよう、拳銃を手にシャドウタイプの眉間を狙って銃弾を放つ。
「第二形態への形態変化が始まってきてる!孤影、追撃は!?」
「……神崎君に任せる」
孤影の指示に、瞬は頷き呼応する。そして、指示通りに、孤影が攻撃したシャドウタイプを次々隔離していき、同時に圧縮する。
「隔離、圧縮!」
何もない空間から生まれた立方体に、巨体を隔離及び圧縮する。そして、立方体を解くと、大量の血が辺り一帯に噴き出る。血など、気にする間もない。孤影に続く事、それが今は最優先だ。
「とは言え……無理があるって!!」
あれからどれほど経っただろうか、ひたすらに殲滅活動を続けているが、正直敵の数は減る余地もない。それどころか、段々と数を増している気さえする。しかも実際、あれからあまり時間は経っていない。
「……口よりも体を動かして」
「は、はい……」
孤影の静かな言葉に、思わず敬語で返事をしてしまう。孤影の言葉通り、今は闘う事だけに専念したほうが良さそうだ。
「く……!こうなったら、もうアレをやるしか!」
「……神崎君、下がって。面倒だから、あたしが一気に片をつける」
瞬が何かをしようと銃をホルダーにしまったところ、孤影がその動きを遮って、前に出た。その手に持つは、漆黒の鎌。華奢な体には見合わぬ巨大な鎌。
「……終わらせる」
「ん?何を――うわ!」
瞬が孤影の言葉に疑問を抱き、孤影の下へと歩み寄ろうとした時であった。孤影の小さい体の周りから漆黒の闇の波動が出現し、瞬は思わず吹き飛ばされそうになる。なんとか持ちこたえ、孤影のほうに目をやるが、既にその時孤影は目の前にはいなかった。
「……終焉への序曲、奏でてあげる」
どこからともなく、孤影の声が聞こえてきた。瞬は辺りを見回し探すが、やはり姿を確認する事が出来ない。と、視線をシャドウタイプの群れに向けた瞬間であった。
「な!?」
シャドウタイプの速度とは比べられぬ程の速さで、漆黒の闇が移動しているのだ。それが何なのかは一瞬で判別できた。
「孤影……!」
闇は、高速でシャドウタイプの巨体の間をすり抜ける。幾重にも重なるシャドウタイプの巨体は、闇の速度に反応しきれず、捕らえようと腕を伸ばしても届かない。一通りシャドウタイプの群れの間を抜けていった闇は、瞬の下へと戻る。そして、闇の波動の中から鎌を手にした小さな体の孤影が姿を現す。
「……終わった」
全く感情の伝わって来ない黒い瞳が瞬を見上げる。瞬は、孤影の言葉に戸惑いを表す。
「終わった……って、まだ何もしてないだろ?」
「……大丈夫。もう、終わらせた」
瞬がやれやれと言う感じでシャドウタイプの群れへと視線を向ける。反応しきれずに動きを鈍らせているシャドウタイプの群れは何の変化もしていない。それどころか、不規則な動きでこちらに近づいてくる。
「ん……?不規則な動き?」
そう疑問を持った瞬間に、目の前の光景が変化した。
ヴオォォォォォォォッッ!!!
シャドウタイプが、絶望の叫び声を上げる。そして、それと同時にその巨体がバラバラの肉塊になって崩れ落ちる。それも、一体のシャドウタイプだけではない。周りにいる他のシャドウタイプも同様に、バラバラになっていく。
「な、なんだ!?なんでこんな……!」
「……あたしが言ったはず。これは終焉への序曲」
正直、言っている意味がさっぱり理解出来なかった。
「はい?」
「……つまり、あたしが攻撃した。あの嫌なの」
つまりはこういう事だ。余裕をかまして一人で巣窟に行ったところ、これが意外にも苦戦してしまい、挙句、瞬にまで助けられたとあっては総合部隊副隊長としての尊厳を失うし、なんか不甲斐無いので、大人気ないが、少しばかり力を出してみたところ、敵が大した事無かった。孤影の言う終焉とはつまり、手加減の終わり。そういう事らしい。
「うん。全く分からない」
「……そう、残念……」
少し肩を落とす孤影に、瞬は苦笑いを返す事しか出来なかった。そのまま静寂の時間が過ぎる。
「……幻想演舞」
不意に、孤影が呟いた。瞬は、小首を傾げて疑問符を浮かべた。
「何、それ?」
瞬の疑問に対し、孤影は静かに呟く。相変わらずの無感情な表情のまま。
「……今の技。高速移動からなる黒鎌での斬撃。肉塊が崩れ落ちるのが遅かったのは、速すぎたから」
「は、はあ」
いかにも、という感じの技名だったので、瞬はなんとも言えず、短く息を吐くだけであった。それを見た孤影が、他に言う事はないのか、と言いたげな目で見上げてきたが、なんとも言えない。
「……行こ?」
孤影は、無表情のままそう告げる。そして、瞬の返答を待つ事無く振り返り、森の中を歩き始めた。瞬は、髪を掻きながら呆れ顔でその後ろをついていく。そして、ついていこうとしてふと疑問が生じた。
これで、終わったのだろうか?
確かに、孤影の幻想演舞とやらで大量のシャドウタイプは片付けられた。第二形態への変化も見られない辺り、相当なまでに切り刻んだのであろう。だが、それで終わったのだろうか。この森(巣窟)にいる全てのシャドウタイプは片付けられたのであろうか。それに、突如として現れたシャドウタイプの、発生源は掴めたのであろうか。
「…………」
そう思った矢先であった。森を歩く二人の眼前に、今まで見たことの無い特徴の不死体らしき何かが、まるで待ち構えていたかのように、立ち塞がったのだ。
サブタイが久々に技名です!
孤影らしい痛い名前の技名ですが、気にしたら負けですよ!どんどんと変なフラグが立っていきますが、僕はなーにも知りません(笑)
-帰還間際、神崎瞬と緒代孤影は思わぬ奇襲を受ける。突如として現れた謎の敵に二人は苦戦を強いられる。そんな時、とある人間が戦闘に介入し-
 




