十話キオクノナカノダンマツマ
今回も短めの内容になっております。
静理と瞬の帰り道での会話のやりとりです。加えて、数名の隊長格との会話もあります。
よろしくです。
制圧作戦の詳細が話され、二日後にそれが遂行される事が決まり、聖騎士団内の空気はより一層張り詰めたものとなった。特に、最重要戦力となる隊長格の団員達は来たるべく作戦遂行の日に向けてそれぞれの部隊の軍備に向かったり、自分自身を強化しようと訓練場なるものに行ったりなど、かなり空気を張り詰めている様子だ。隊長格室にまだ残っている瞬と静理、秋川と深夏、遙香と瑠華は、作戦について何やら会話を繰り広げている。
「明後日に第一段階が開始か。なーんかいきなりだな」
「うむ。総隊長が考えた作戦にしては急だな」
前者に口を開いたのは瞬。それに続いて言葉を発したのは静理。二人とも、隊長格会議に座っていた席から動いてはいない。
「その割に落ち着いていますわね」
そんな二人に反応したのは、同じく自席で優雅にも紅茶的な何かを啜っていた遙香だ。彼女は、紅茶的な何かが入ったティーカップを手元にゆっくり置くと、ツインテールのブロンドがかった髪を小さく揺らす。
「落ち着いてるって言うより、気が抜けた感じがするだけ。いつもと違うような……」
顎に手を当てて、疑問符を浮かべる瞬。だが、疑問の答えは出てこない。最早考えるのも疲れるだけだ。
「瞬の言うとおりだね。俺も何となくそんな感じがする」
高めの声で瞬と同調するのは、部屋の壁にもたれかかって座り込んでいる秋川だ。彼は、薄く煌めく石を手に、それをじっくりと観察している。
「わたくしの予想ですと、それは昨日の作戦に力が入っていたからそう感じるだけだと思いますわ」
遙香はおもむろに立ち上がると、上品な歩き方で瞬のいる方へと歩み寄ってきた。その後ろを、無言で瑠華が付いてくる。
「そんな事よりも神崎様、怪我は大丈夫なんですの?」
高飛車そうな彼女が、瞬を心配して昨日の怪我について聞いてきた。瞬は、遙香に向き直ると、右手でガツポーズをし、完治している事を示す。
「うん。治ったよ」
「そ、そうですの?ならいいですわ。神崎様に何かあれば、こ、困りますものっ」
言葉の途中で頬を赤く染めていった遙香は、顔を背けてしまう。それを見た深夏が、何やら楽しそうに遙香をからかう。
「恋する乙女の心配はいいものね~」
「な、何を言ってますの!?深夏、からかわないで下さる!?」
両手を合わせてごめんなさいごめんなさいと二回謝罪の意を表した深夏。言った後も、何となく顔が綻んでいるのを見ると、反省の色はないようだ。
「深夏ーあんまり天条をからかうなよ。そんな事やるからいざ自分が何か言われた時に思わず走りだしてしまうんだ――いや、何でもない」
秋川が深夏に対して何かを言いかけた(ほとんど言ってしまったが)のだが、その途中で、深夏から冷たい視線を受けたため、慌てて誤魔化す。
「時に深夏。お前は二日後の行動についてゆかりから何も言われていないのか?」
ふと、静理がそんな事を深夏に聞いた。なぜ彼女に聞いたのかと言うと、それは彼女が救護部隊の副隊長を務めているからである。救護部隊は、戦闘の細かい部分ですぐに行動を左右されるので、自分の意思では動けない。まして、隊長格の大館ゆかりや深夏などは作戦の成功具合や負傷者の数によって細かく動きが変わる。
「ううん、それが何もないの。ゆかりさんの所に指示が入ったら、普通あたしにも来るんだけどね」
「と言うことは、まだ何も指示が来ていないということなのか?」
「ええ。どうもそうみたい。まさかとは思うけど指示を出さないで、行動しろ、なんて命令が来るのかな?」
仮に深夏の言った通りになるとしたら、当日の動きはかなり限定される恐れがある。
「もしかしたら、御剣先生は敢えて指示を出してないんじゃない?」
え?と、周りにいた静理達が疑問の表情を浮かべた。敢えて指示を出さない、その理由がよく分からない。
「もしかしたらさ、救護部隊の動ける範囲を限定することによって、無駄に突っ込まないように出来るんじゃないかな」
「と言いますと?」
遙香から、さらに質問される。瞬は、それに反応するように、言葉を綴る。
「ほら、制圧作戦は何分割もして行われるんだろ?なら、少しずつ遂行していくためにはあんまり大きく動くわけにはいかない。動きすぎれば、そこが穴になるかもしれない。均等に勢力拡大していくためにはそうやって動きを制限する必要がある。だったら、最も動きの重要性がある救護部隊に指示を出さなければいい」
「なるほど……それならば一理あるな」
静理が何度か頷いて納得の様子を示した。だが、あくまで瞬の推測は推測の範疇であるため、本当の所はどうか分からない。
「ま、何はともあれ二日後に備えて戦闘準備を怠らないようにしないとな」
瞬の最後の言葉の後、彼らはそれぞれのやるべき事のため、解散していった。
総合部隊の隊長格室を出てからも、瞬と静理は行動を共にしている。その理由は、瞬の夕食のためである。夕方から集まって、気が付けば日も沈んでしまった時間帯まで会議が行われていたものだから、瞬としては、空腹すぎてたまらないのだ。静理が行動を共にしているのは、瞬から夕食の誘いを受けたからである。瞬が空腹なのと同じく、静理もまた、空腹だったようなので、断る理由が無い事から夕食を共にすることになった。
「あー空腹空腹ー」
城下の照明灯だけで照らされた薄暗い夜道を、騎士団専用の赤を基調とした制服のズボンのポケットの中に手を突っ込んだまま歩く瞬が、不満げにそう言った。
「だから夕飯を食べに行っている最中だろう。我慢しておけ」
隣を歩く静理は、呆れた声でそんな事を言った。彼女は、長い黒髪をポニーテールにまとめて結っている。
「そうは言ってもさ、腹が減るのは人間として当然だろ?」
「それはそうだが、それでも我慢くらい出来るだろう。現に私は我慢している」
凛と言い切った静理を見て、瞬は思わず苦笑を漏らした。
「はは……」
その苦笑を見て、静理は瞬の元気の無さに気が付く。
「む……?やけに元気が無いな。どうしたんだ?」
静理が心配したような感じで瞬に声をかけるが、瞬からは返事が来ない。どうにも気になって、足を止める。だが、足を止めたのは静理だけで、瞬はとぼとぼと夜道を歩いていくだけだ。どうにも様子がおかしいので、呼び止める。
「か、神崎!どうしたんだ?」
「んあ?あれ……?静理さんどこー?」
はっとなって歩を止めた瞬は、隣に静理がいないのを知ると、きょろきょろと辺りを見渡す。静理は、ここだ、と呼びかける。
「ふうぅあぁ……ねむ」
自ら静理の下に歩み寄ってきた瞬は、大きな欠伸をする。察するからに、相当に眠いようだ。若干歩きもおぼつかない感じである。
「眠いのか?」
「ん……?いや、別にー」
否定の意を表する彼だが、まるで説得力が無く、静理の胸に倒れこむ。
「な!?か、神崎っ……!い、いきなりどうしたんだ?」
静理はいきなりの事で焦る。恐らくその顔は、真っ赤になっているのだろうが、いかんせん暗くて分からない。
「……すぅ」
抱きかかえられた瞬から、寝息が聞こえてきた。
「ね、眠っているのか?」
返事が返ってこないところからして、本気で眠っているらしい。無理やりにも起こしてやろうと思ったのだが、彼の寝顔を見て、その意思は無くなった。
「……」
その表情は、とても辛そうで、悲しそうで、そして、虚しさを覚える表情だ。いつもの彼からは想像できないような表情なので、起こそうにも起こせなくなった。眠たいから眠った、というわけではないのかもしれない。
「相当に疲れているようだな……」
結局、彼を起こす事はなく、静理は彼を近くにあった民家の壁に寄せて、もたれかかって座り込む。
「こんなにも、神崎は心の中で苦しんでいるのか……私もまだまだ神崎の事を分かっていないな」
未だに、重い表情の寝顔を崩さない彼の頭を優しく撫でながら、彼女は自分の瞬に対する足りない部分を考える。
―そういえば、彼に対して理不尽に怒りをぶつけている気が―
「そんな事はないな。悪いのは神崎だっ」
心の中で思っていたことなんて吹き飛ばし、小声でそう言った静理であった。
声が、聞こえる。それは、自分の頭の中に強く響く。
絶叫だ。言うなれば断末魔が聞こえるのだ。発しているのは誰だ?
――ああ、自分だ――
声がイメージを作り、やがて鮮明な映像を映し出した。その映像に映っているのは、人。のような気がする。どんな人なのかは分からない。自分の「視点」に映っているその人は、真っ黒で、まるで影が立体を成している感じ。手を伸ばしてみる。「視点」となっている自分は、手を伸ばすという意思通りに動いた。
でも、その人に触れそうな距離まで手を伸ばすと、そこで映像は、ぷっつりと真っ暗になって消失した。真っ暗な自意識の中、無重力空間にいるかのように体は浮いている。意識はあっても、動けない。縛られているかのように、体が硬直している。やがてその空間は、自分自身をすっぽりと包み込む。息苦しい上に、体中が謎の痛みに襲われる。理由など分からない。いや、分かりたくない。意識の中の意識が、理由を知ろうとするのを否定する。
「……んざ、き……神崎っ!」
「っ!?」
はっとなって目を覚ました。眼前には、自分を心配そうに覗き込む静理がいた。異常なくらい顔が近く、左腕に柔らかな感触を感じる辺り、結構な力で抱き締められているのだろう。
「し、静理……さん?あれ、俺、何して……」
ゆっくりと彼女の体から離れると、瞬は立とうとする事も出来ずに膝をついた。それに反応した静理は、すぐに彼の肩を支える。
「歩いている途中にいきなり眠ってしまったんだ。覚えてないのか?」
「いや、静理さんと歩いてたと頃は覚えてるし、眠ったタイミングもある程度思い出したけど」
自分の服を見ると、何故かもの凄く濡れている。別に、今雨が降っている訳ではない。それに雨が降っていたら、静理も濡れているはずだ。恐らく、これは眠っていた間に掻いた汗なのだろう。
「夢をさ、見た気がするんだよ。でも、内容を思い出せないんだ」
問題なのは、眠ってしまった後の記憶だ。全く思い出せない。そこだけが、ばっさりと断ち切られてしまっているような感覚で、思い出せる予兆すらもない。
「私が見る限り、かなり苦しそうではあったぞ?」
だからこそ、瞬を強く抱き締め、介抱していたのだろう。だが、静理の言葉を聞く限り、いい夢は見ていなかったようだ。
「はぁ……まあいいや。疲れてるんだろうし、体を休めろって事だろうねきっと」
「そうかも知れないな。昨日から動いてばかりで疲れているのだろう」
静理の言葉の通りであった。瞬は昨日からずっと動いてばかりだ。元々実践訓練を行っていたのに加えて不死体駆逐作戦の遂行、シャドウタイプの不死体との戦闘、及び隔離壁が破壊された事による直結的な体と精神に伝わるダメージ。ついでにクイズ大会。いくら救護部隊の治療を受けても、疲労自体は回復出来ていないのだ。
「うーん……今日は夕飯いらないや。部屋に帰ってゆっくり休んどくよ」
瞬は、肩を落として少々残念そうな表情をする。
「そうか……まあ、仕方無いか。無理は禁物だからな」
瞬の言葉に優しく同調した静理。だが、その彼女も少し残念そうな表情だ。瞬はそれには気付いていない様子で、立ち上がってから彼女に背を向けた。彼女は、覚束ない足取りである瞬を心配そうに見つめる。
「か、神崎……!そ、その、き、気をつけて帰るんだぞ」
静理の心配の言葉をかけると、瞬は、ゆっくりとこちらに振り向き、疲れているように見えるが、それでも優しい笑顔で別れを告げる。
「ありがとう。気をつけて帰るよ。静理さんも、気をつけてね」
そんな彼の言葉に、静理は頬を赤く染めて俯いた。それを見た瞬はもう一度優しい笑顔になると、暗闇の中を歩いていった。
(ば、馬鹿者が……!そんな顔をして私を心配するな……!)
寮にある自室へと帰宅した瞬は、とりあえず、汗でびしょびしょに濡れてしまった制服を全部脱ぎ捨て洗濯籠に突っ込む。その後、壁際に据え置かれた木製のタンスから下着を取り出し、ベッドの上に乱雑に脱ぎ捨てられた半袖のシャツと、同じく半ズボンを手に取り、室内にあるシャワールームへと駆け込む。
「あーやだやだ。濡れたまま生活なんて出来ない出来ない」
シャワールームは人一人分くらいの浴槽と、その横にシャワーが設置されたごく一般的なものだ。瞬は蛇口を捻り、温水が出るのを待つ。
「あつ……もうちょっと温度下げてもいいかな」
出てきた温水は少々熱く感じられたので、浴室を出てすぐそこにある温度調節用のスイッチに手を差し伸べ、温度を若干低くする。
「よし、今日はいつもより長めに風呂に入ろう!」
約一時間後、瞬は風呂から上がり、洗面台の前でドライヤーを使い髪を乾かしていた。彼は、男子の中では結構髪が長い方なので、自然乾燥には時間がかかる。そのため、髪を乾かすにはドライヤーが必要になるのだ。
「そろそろ切ったほうがいいかなー」
前髪を弄り、ぴん、と張らせてみる。するとその髪は、鼻の下まで余裕で伸びた。流石に長すぎるのだろう。
「いやいや、御剣先生は全然長いし、冴場も長いよな。だったら気にする必要ないかな」
前言撤回し、わしゃわしゃと髪をかき乱す。まだ乾ききっていない髪からは水滴が飛ぶ。が、彼は特に気にしたりしない。
しばらくしてから、瞬は首にタオルを掛けてベッドに寝転んでいた。もう寝る準備が出来ているのか、部屋の電気は消され、室内は暗闇に包まれている。
「ふわぁぁ……めちゃくちゃに眠たい」
大きな欠伸をした瞬は、今すぐにでも眠れるよう、目をしっかり閉じる。すると、すぐにうとうとなってきて、まどろみ始める。
明日は何を食べようか
明日は誰と行動しようか
明日は何をしようか
明日は、どんな生活を送ろ……すぅ
思考などあっさりと打ち消し、瞬は深い眠りについた。
次話に直接繋がる話というわけではなかったですが、隊長格とのやりとりを見てくれればそれで充分かと思われます。
次回は、章タイトルである東京隔離、作戦第一フェイズのスタートです。あいつとあいつとあいつとあいつの能力及び詳細が分かるかもです。ヨロシクデス!
ちなみに、遙香は僕の脳内ランク上位のお気に入りキャラです




