30時限目 寄生
「はっ。はっ。はっ。」
吐く息が荒い。
後方からはタタタタと細かい走る足音。
「くそっ!」
魚島は後ろを振り返って悪態をつく。
石田を裏切って逃げた魚島は二階廊下をさ迷っていたところを”死神サン”に見付かってしまった。
強面の魚島の顔は既に崩れ、その頬には脂っぽい汗がいく筋も垂れている。
魚島は所属していた野球チームでは一番走るのが速かったが、それもここでは役に立たない。
「!」
ついに”死神サン”が30cmという所まで迫って来た。
「ぐおおおお!ちきしょおおお!」
魚島は逃走を諦めその場で急旋回し、そのまま己の拳を”死神サン”の仮面へ向けた。
バキャッと仮面の割れる音が廊下を満たした。
カランカランと破片が床に落ちた。
「!!!…………あんた………」
魚島は仮面の向こうの顔を見て硬直してしまった。
「………立高の教師じゃねえか……」
魚島は目の前の白眼を剥いた男に覚えがあった。男は立田高校の教師で野球部顧問だ。
「アアアアア………」だが最早あの教師の見る影は無い。
鼻からドボドボと血を流しながら魚島に近付いた。
「くそ………知り合いを殴るなんて出来ねぇ……」魚島は意外にも義理堅かった。男とはちょっとした知り合いだったので殴れないのだ。
「ゥゥウウ………オオオオオオオオ!!」人間とは思えない声を上げた。
そして魚島を脇から抱えあげる。
「…………くっそ…………」
◇◇◇◇◇
その頃、希崎と大野田は小木から離れる為に走っていた。
「何処に隠れる?」大野田が希崎に歩幅を合わせながら聞いた。
「えーっと……」「御免、やっぱりいいよ。」ふぅと大野田は軽い溜め息をついた。希崎はそっか…と呟いたまま黙ってしまった。
「俺はさ、このゲームを創った支配人に逢いたい。どうしてこんなものを創ったのか、目的は何か………じゃないと不合理だろ?急に拉致されて、殺されて………」大野田の目の奥には深く暗い憎しみの色が見えた。
『ふふふ。確かに、不合理ですねぇ。』「!?」「!?」咄嗟に希崎と大野田が後ろを振り向く。
そこに立っていたのは……「っっっっってんめぇぇええええええ!!!!ああああああああああ!!」大野田は拳をギリギリと握り締めて声の主に向かっていった。………そこに立っていたのは、スピーカーからいつも聴こえていたあの声の主……支配人だ。
汚れたピエロの様な服を身に纏い、蒼い帽子を深く被っていた。
『おやおや、血の気の多いことだ。』支配人から発せられるその声は何故か胃をグッと握られた様な感覚に陥らせる。
大野田の拳は支配人の鼻先を捉えた。
「おらぁあああああ!!!」
スカッ。
「……え?」『何処を見ているのですか?』「うっ!」
それは一瞬だった。
鼻先を捉えたと思われた拳はそのまま虚空を裂き、気付いた時には支配人が真後ろに立ち、蹴りを背中に見舞われた。
「………今の、どうやって……」
『私は人間を越えた存在です。普通の人間に私の動きを捉えられる者などいません。』そういって支配人はくくっと笑った。
「人間を越えた?どういう意味だ……常人の頭とは思えない。」
『ええ、私は常人ではありませんよ?人間を超えているのですから。』
大野田は怒りを抑えて支配人に問う。
「………どうして、どうしてこんなゲームを創った?」
『……ふむ。簡単な質問ですね。集める為です。』「何を……」『超人です。私の様な人間を探しているのです……』
「何で集める?!真の目的は何だ?!」
『くくく。それは言えません。まあ、代わりに超人の力を見せてあげましょう。少しでもこの力の素晴らしさを感じて頂ければ幸いです。』支配人は帽子を脱いだ。
◇◇◇◇◇
魚島はボックスの中で目を覚ました。
そして驚愕した。
壁が緑色だ。いや、色ではなかった。それは何千、何万ものカメムシだった。わらわらとうごめいている。
「ひいっ!気色悪い。」
魚島は自分の肩を抱いた。
背筋がぞくりと動いた気がした。
次第にカメムシがボックスの中に入ってくる。
わらわらと足下に溜まっていく。そして魚島の体をぞろぞろと登ってくる。
魚島はカメムシが潰れるのを恐れて何も出来なかった。
「くそっ!ひいいい!!」
魚島の枯れた叫び声が部屋に虚しく響き渡った。
現在時刻午後七時四十五分
ゲーム開始から約六時間四十五分




