番外編 教会の怖い話Ⅰ
そう、あれは雷のひどい夜の事でした。
私はいつものように教会に来て、聖堂で絵を描いていました。
白兎さんは本を読んでいて、チェシャ猫さんは白兎さんの髪の毛を手ですいています。
普段通りの時間に帰る予定だったのですが、夕方にまばらだった雨は日が暮れるにつれて強くなってゆき、雷まで鳴りはじめました。
傘も役に立たないような土砂降りの中、私は帰るに帰れなくなり教会に閉じ込められたまま夜を迎えてしまったのです。
「バケツの水捨ててくるよ」
チェシャ猫さんが膝の上の白兎さんを下ろし、席を立ちました。
雨漏り対策のバケツはもう半分以上水が溜まっていました。
チェシャ猫さんが席を立つと、白兎さんは読んでいた本から目を上げて、唐突に低い声で話し始めました。
「あの祭壇の話は聞いたことがあって?」
「え?」
白兎さんは聖堂の祭壇の方に目をやり、つられて私もそちらを見ました。
「あの祭壇ね、よくある話なんだけど黒い染みがついてるからそれを隠すためにクロスをかけてるの」
何となく落ちが予想できたので警戒しながら話を聞いていました。
「昔、ある新興宗教団体の教祖が信者達の目の前で自殺したって事件があったでしょう? その現場がこの教会なのよ」
「え……」
その事件は私も聞いたことがあります。教祖が自殺した直後、その場に居た信者達も次々と後追いしはじめ教会は血の海だったそうだ。
「あの祭壇のところで首を切ったのよ。さぞ返り血がかかった事でしょうね。だからいつもクロスをかけてあるけど、たまにクロスまで染み出してくるから定期的に交換してるのよね」
私はまだ教会に来るようになって日が浅いせいか、クロスに染みがついているのを見たことがありません。
白兎さんの言っている事が本当なのかは、クロスを捲ってみればすぐに分かるけど。
確かめる勇気はありませんでした。
「ところで、雨もひどいし今夜は泊まって行かれるんでしょう?」
「あんな恐ろしい話の直後にそんな提案を!?」
「突然鳴り出した鐘の話も聞きたい?」
「いいです……きゃあっ!?」
私が弱々しく拒否したその瞬間、ひときわ大きな雷鳴が響いて、それから聖堂の照明が落ちました。
「あら、停電かしら?」
まるで「あら、お砂糖を買い忘れたかしら?」とでも言うような口調で白兎さんは平然としています。
だけど私は、あんな話をされた後にこんな曰く付きの廃教会で停電して真っ暗なんて事態になってもう泣きそうでした。
「そうだ、祭壇の引き出しにろうそくがあったかもしれないわ」
「こんなシチュエーションでなんて思い付きを!?」
「大丈夫、私がとりますわ」
「で、でも危ないですよ! 色んな意味で!」
視覚が使えない暗闇のせいで、聴覚が研ぎ澄まされてゆきます。
席を立つような音がして、続いて衣擦れの音。
そういえば、白兎さんは足音がするのが嫌だからといつも素足で音もなく歩いていました。
外から雨や雷の音がするけど、それでも室内はとても静かで、急に私は不安になりました。
「ち、チェシャ猫さんは大丈夫なんでしょうか」
自分の声がいやに聖堂に反響しました。
「……白兎さん?」
返事が返ってきません。
「も、もう、からかわないでくださいよう」
気付くと衣擦れの音も止んでいました。
思わず立ち上がった時、雷で一瞬室内が明るくなりました。
「え、え、白兎さん……?」
雷に照らされた聖堂の中には、私以外誰も居ませんでした。
「な、なんで隠れるんですかっ!」
私の声は虚しく聖堂に響きました。
もしかすると祭壇の陰に隠れているのかもしれません。
だけど、もし誰も居なかったら?
もし誰も居なくて……クロスに染みができていたら?
「そ、そうだ、チェシャ猫さん……」
多分、キッチンかシャワールームにいるはずです。
チェシャ猫さんが戻ってくれば白兎さんも出てくるかもしれません。
「痛っ」
何かにつまずきました。
つまずいたものの正体を手で探ると、何か取っ手のようなものが触れました。
どうやらこれに足をひっかけたようです。
試しに引っ張ってみると、ギイイ、と嫌な音を立てて開きました。
中は微かに明るくて、階段が下へと延びてるのが見えます。
地下……?
そうか、白兎さんは私を驚かせようとしてここに隠れたんだ!
「白兎さーん! 地下に居るんですかー?」
叫んでみたけど、返事はありませんでした。
一人で聖堂に居るのは怖すぎるので私は白兎さんを探しに行く事にしました。入口は開けたままで。(大抵こういう時は勝手に入口が閉じてて出られなくなる落ちだけど、深く考えない方針でいきます)
一歩踏み出す度に木製の階段が軋む音が不安を増長させます。
階段を降りた先には廊下が続いていて、壁には等間隔で蝋燭のような照明が仄明るく灯り、床にはえんじ色らしき絨毯が敷かれています。
こんな所に地下があったなんて知らなかった。
「!」
恐る恐る階段を降りていると、廊下の先から何か音が聞こえました。
やっぱり白兎さんはここに隠れていたんだ!
いくらなんでも少しやりすぎなんじゃないかと少しむっとしました。
「もう、白兎さ……」
文句のひとつでも言ってやろうと廊下に出て、凍り付きました。