バレンタイン
2月14日。
世間でいう“バレンタイン”。
だが私には縁のないイベントなので、いつもスルー。
だからまったく想定していない自体が起きて、どうしたらいいのか…私は下駄箱を開けて固まった。
確かバレンタインデーは“女の子が好きな男の子に思いを伝える日”だった気がするのですが…
何をどう間違ったのか、私の下駄箱に綺麗にラッピングされた小包と、それと一緒にご丁寧に手紙まで添えられて入っていた。
何かの間違いだと思い、もう一度下駄箱を見たが、間違いなく私の下駄箱である。
私はおそるおそるそれを取り出してみた。
そして、一目見てこれは私宛てではないと思った。
自分で言うのもなんだが、地味であまり目立たず、なんの取り柄もない私に、こんな贈り物をしてくれる人なんていない。
だとすれば、誰かが間違えて入れてしまったのだろう。
添えられていた手紙を読もうかと思ったが、プライバシーの侵害になるのではないかと思い、やめた。
手紙の表面には“鈴木さんへ”と書かれている。
私の名前も鈴木、“鈴木奈緒”。
きっと鈴木違いでしたっていうオチなのだろう。
さて困った。
これを返さなければいけなくなってしまった。
だが手紙には差出人の名前がない。
どうしたものかと考えているとチャイムが鳴ったので、私は慌ててそれを持って教室に向かった。
ここは普通の県立高校。
私はここの2年生である。
教室に入り自分の席へ着くと、タイミングよく担任の小林先生が入ってきた。
いつもならしわしわのYシャツにジャンパーを羽織った独身の中年のおじさんなのだが、
今日はビシッとスーツを着てピンクのネクタイを付けて、しかも髪まで綺麗に整っている。
あきらかにいつもと違うその風貌に、みんなは笑いを堪えていた。
バレンタインということもあって、先生まで浮かれている。
まあ私には関係ないけれど。
午前の授業が終わり、昼休み。
屋上の扉を開けていつもの通り、指定の場所に腰を下ろす。
私は今朝の小包と手紙を手に途方に暮れた。
「どうやって返そうか…」
例えば校内放送で呼び出すとか、ひとクラスずつ回って捜すとか…。
考えれば考えるほどろくでもない考えしか浮かばない。
「も~どうしたらいいの!!」
とその時、強い風が吹き、手紙が飛ばされてしまった。
「あっ!」
私は咄嗟に手を伸ばしたが、あと少しというところで届かず、グラウンドに落ちていってしまった。
慌てて手紙を取りにグラウンドへ行くと、ひとりの男子生徒がその手紙を手に固まっていた。
「あ、あの…」
「っ…!」
私がおそるおそる声をかけると、男子生徒は肩をビクッと震わせた。
「あの、その手紙、返してもらえませんか…?」
そう声をかけると、男子生徒は手紙を手に、猛ダッシュで走りだした。
「え!?」
突然走りだした男子生徒を前に、私はただ驚くことしかできない。
だが手紙を返してもらわなければと、後を追って走り出した。
「ま、待ってー!」
私は必死に男子生徒を追いかけたが、とうとう見失ってしまった。
「はあ…どうしよう…」
まさか手紙を持って逃げるなんて…あの手紙のことについて何か知っているのだろうか…?
そんなことを考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。
「はあ…」
結局解決法も考えつかず、私は渋々教室に戻ることにした。
午後の授業はやけに眠くなる。
私は窓際の一番後ろの席なので、たまに眠ってしまうこともあったりする。
ふと外を見てみると、どこかのクラスがサッカーをしているのが見えた。
みんな楽しそうにボールを蹴っている。
とその中に、先ほどの男子生徒がいることに気がついた。
なんとなく目で追っていると、ふいに彼がこちらを見た…気がした。
「…!」
ほんの一瞬だったけど、目があったような…。
まあそれは置いといて、彼について何も知らない私は、前の席の松本さんにこっそり聞いてみることにした。
松本さんは運動神経抜群にも関わらず、“運動部には所属しないが、スケットとして入る”という変わった主義の子で、
運動部の生徒には詳しいのである。
「ねぇ松本さん」
「何?」
「あのサッカーやってる男子生徒って、サッカー部なの?やけに上手いけど」
「…ああ、サッカー部の工藤だよ」
「工藤?」
「うん。工藤幸樹。同じ2年生だよ。ディフェンスで活躍してる」
「そうなんだ…」
「あんた、工藤のこと好きなの?」
「へ?」
「工藤ってけっこうモテるから、毎年すごい数のチョコレート貰ってるみたいよ」
「は、はあ…」
「まっ、頑張って」
松本さんはそう言うと、前を向いてしまった。
何か誤解をされてしまったような気がするが、まあそこは置いておこう。
学年と名前が分かったことは大きな収穫だ。
さっそく放課後サッカー部に行ってみよう。
一人でそう意気込んでいると、先生に注意され、課題を出されてしまった。
それにしても『今日中に終わらせて提出しなさい』って、先生も鬼だ。
まあ自分が悪いのだけれど。
私は仕方なく放課後課題をやるはめになってしまった。
放課後、誰もいなくなった教室で、私は黙々と課題に取り組んだ。
早く課題を終わらせて、手紙のことを聞きにに行かなければと思ったからである。
外を見ると、サッカー部が練習しているのが見える。
その中にあの男子生徒、工藤幸樹の姿もあった。
「…!」
今一瞬、目が合ったような気がしたのは気のせいだろうか…?
私はもう一度彼の方を見た。
だが彼はこちらを向くことはなく、練習に集中している。
その姿が妙にかっこよくて、思わず見とれてしまった。
けれどすぐに切り替えて、私はとりあえず目の前にある課題に集中することにした。
「終わった~!」
日が陰ってきた頃、私はようやく課題を終えることができた。
時計を見ると、だいぶ時間が経ってしまったようだ。
「大変!早くサッカー部に行かなくちゃ!」
そう思って立ち上がった時、教室の扉が静かに開いた。
見ると、そこには例の男子生徒、工藤幸樹が立っていた。
教室に入ってくると、彼は黙ったまま、じっとこちらを見つめていた。
「あ、あの…」
妙に気恥ずかしくなった私は、おそるおそる声をかけた。
すると、彼は私の前まで来ると、突然お辞儀をした。
「ごめんなさい!」
「……え?」
目の前で謝る彼に、私の思考はついていかない。
「あの、どうして謝ってるのかな…?」
「手紙、受け取らなかったことにしてくれないかな」
「え?」
「ふられるって分かってるから…だったら最初からなかったことに…」
「あ、あのー」
話がみえないのは私だけだろうか…。
と、とにかく、話をまとめなくては。
「えっと…工藤君だっけ?」
「な、なんで俺の名前…」
「友達に教えてもらったの」
彼は鳩が豆鉄砲を食らったように、ぽかんと私の方を見た。
「そんなことより、手紙を受け取らなかったことにしてって、どういうこと?」
「そ、それは…」
私がそういうと、彼はおずおずと話し始めた。
彼の話によると、今朝まで手紙とチョコを渡すのをためらって、結局渡すことにして私の下駄箱に入れたらしい。
だけどその後手紙に名前を書き忘れたことに気がついて、慌てて戻ったが、すでに私の手に渡っていた、と。
「だいたいは分かったけど、なんでさっき言ってくれなかったの?突然猛ダッシュで逃げちゃって…」
「そ、それは…」
「それは?」
「それは…」
しばらくの沈黙の後、彼は思い切ったように言った。
「…君に…君に知られたくなかったから…」
「え?」
「恥ずかしいじゃん。好きな子に告白するって時に、自分の名前書き忘れるとか…」
「…」
なんだろう…胸がキュンとする…。
よく見ると、彼も顔が赤い。
「お、俺…君のことずっと見てたんだ。
あまり目立たないけど、優しくて、思いやりがあって……クラスが違っても、体育の時間や部活の時とかに、いつも見てた」
「…」
「だから…その…俺と……俺と、付き合って下さい」
「!!」
こんな私を…見ていてくれる人がいたんだ…。
松本さん曰く、女子にモテるという人が…私を…?
しばらくの沈黙の後、私はおもむろに返事をした。
「…はい」
「え?ってことは…」
「私でよければ」
「…やった!」
彼の嬉しそうな顔に、私も自然と頬が緩んでいた。
「これって逆告白だよね?バレンタインなのに」
「いいじゃん。女子だけ思いを伝える日、なんて、誰が決めたんだか…」
「それもそうだね」
彼の言葉に私も自然と納得する。
『ハッピーバレンタイン』
私達の気持ちが通じたように、誰かの気持ちも繋がるといいな。
おしまい
バレンタインといえば“女の子が男の子に思いを伝える”というのは定番ですが、今回は『逆チョコ』つまり、“男の子が女の子に思いを伝える”という設定で書かせていただきました。
いつもは女の子目線が多くありがちですが、今回はちょっぴり心がキュンとなる男の子の心情も注目していただけたら幸いです。