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【夢幻の大陸詩】 Blue Bird & Black BloomⅠ ~勇の章  作者: 水城杏楠
二十二章  祈りを届けて
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「君の考えなしのところは今に始まったことでもないけれど、とにかく誰にもたいしたことがなくてよかったよ」

 たいしたことがない―――そう言われて、ライは苦笑したようだったが、ユティアの疑問が確信に変わる前にシオンの微笑がこちらを覗き込んでいた。

「……本当に無事でよかった。カディールが荒れて大変だったのですよ」

「心配かけてごめんなさい」

 真摯な翠の瞳を受けて、ユティアは何の疑問もなく謝罪を口にし、そんな自分に驚いてうつむいてしまう。心配かけて―――なんて、おこがましい言葉が素直に出てくるとは思わなかった。

 シオンはユティアの考えを読んだのか、そっとその頬に触れて顔を上げさせる。

 リトルセの持っている宝石のような、優しい翠の双眸がすぐそばにあった。ユティアは宝石が綺麗なものだと、彼に会って初めて知ったのだ。

 金持ちの商人たちがじゃらじゃらと重たそうにつけていたそれらは、たしかに光を反射して輝いていたけれど、どす黒い影が落ちていたから、ユティアは悪魔の象徴だと思っていた。

「あんたのせいじゃない。こればっかりは誤算だったんだ」

 横からカディールの手が伸びて、いつものようにユティアの頭をぐしゃぐしゃと撫ぜた。せっかく綺麗に整えているのにと最初のうちはシオンがいい顔をしなかったが、相変わらず粗野なカディールにはもう諦めているのか、最近は何も言わない。

「ごさん……」

 何のことだろうと首をかしげたが、すぐにフィオナ姫のことだと思い出した。もちろんカディールたちも彼女とセトの奸計に気づいているのだろう。そうでなければサルナードから離れたこんな辺鄙な町まで来るはずがない。

「カディ……どうしてここがわかったの?」

「わかったわけじゃない。あの姫が、ユティアをカストゥールに連れてくって計画に乗ってたって白状したから、この道が首都トゥールに続く最短の道だったってだけだ」

 あの姫―――フィオナの微笑だけをユティアは覚えている。彼女のそれ以外の顔を見たことがない気がする。まるでほかの表情を忘れてしまったかのようだった。

(優しそうなひとだったのに……)

 その儚げな瞳の奥で、何を考えていたのだろう。

 誰にも知られることなく、けれどきっと確実に陰謀を進めていたのだ。

「休まなくて大丈夫ですか? リトルセ殿の隣の部屋を取ってありますよ」

 フェイの町まで馬で駆けてきたのは、カディールとシオン、そしてエンディーンの三人だった。貴族のカリスやジュリアスは、さすがに突然王都を離れるわけにはいかないのだろう。

 リトルセはすでに、エンディーンに連れられて割り当てられた部屋で休んでいた。カイゼの街に突然やってくるほどの無謀をしでかす令嬢ではあるが、やはりどこかで無理をしていたのかもしれない。

(わたしは、リトルセのためになんにもできなかった……)

 支えてあげることも、励ますことも。

 従順であることだけを求められていた時期が長すぎて、自分から何かをすることを忘れていた。母といたころは少なくとももっと……。

(―――もっと? ……どうだったんだろう)

 思い出せなくなる。

 次から次に、増えてきた記憶のために、古いものから消えていってしまう。

「ユティア?」

 下を向いて黙ったままのユティアにかけられたシオンの声で、慌てて顔を上げて首を横に振った。

「……あ、大丈夫。わたし、まだ」

 まだ―――ここに……二人のそばにいたい。

 けれど、そこまで言うことができなくて、ユティアは言葉を濁した。

 二人が目の前にいるのが、いつのまにか当たり前になっていた。まだ知り合って数ヶ月なのに、自分がこれほど他人に安らぎを覚えているのがおかしいけれど。

 小さな町の神殿の小さな部屋にソファなどは何もなく、ユティアはベッドに腰掛けている。その横に膝をついていたシオンが、ユティアの様子に微笑みながらも安心したのか、立ち上がった。

 彼が次に向けた視線の先―――足がかたかたと不安定に揺れる木の椅子にはライが座って、シオンが魔道で冷たくした布を後頭部にあてていた。

 カディールが思いっきり殴りつけてしまったライは、それでも剣使いとして鍛えているせいか、こちらが介護するまでもなく自分で目を覚ましてすぐに立ち上がった。だが、そこで放っておくわけにもいかず、こうして神殿で休んでいる。

「こちらの勘違いで申し訳ないことをしました」

 神妙にシオンがライに一礼したあと、ちらりとカディールを振り返る。その視線の意味をすぐに悟った彼が、居心地の悪そうに頭に手を置いた。

「あー……その……悪かったな。誤解して」

「あはは。いいって別に。おれってば頑丈なのが取り得だし。それにしてもどっちのカノジョ? あんなとこまで二人で来るなんて痴話喧嘩かなんか? それとも―――」

 饒舌にさらに何かを言いかけたライだったが、殊勝だったカディール視線が一瞬のうちに変化し、その無言の圧力を感じ取って押し黙った。鈍感だったら先ほどよりもさらに酷い一撃を食らうのではないかという静かな殺気だったが、『彼女』などという意外な一言に別の意味で衝撃を食らったユティアは、そんな二人の攻防になどまるで気づいていなかった。

(彼女って……そう見えるのかな、周りには)

 姫と騎士―――。

 それはきっと、リトルセとエンディーンのような関係こそ、物語のように美しく優しいのかもしれない。

 ユティアとカディールの関係もまさしくそれなのだが、ユティアに姫の自覚はないし、カディールの態度も物語にあるような崇高な騎士とは違って大雑把だ。

「ふうん。―――まあいいや、おれはもう行くよ。急ぐ旅でもないけど、このお嬢さんたちももう迷子じゃないみたいだし」

 ライは後頭部に当てていた冷たい布をテーブルの上に無造作に置いて立ち上がった。

 部屋の外までシオンが送っていくその背中を見送ったあと、カディールがユティアを振り返った。

「ユティア。あの男からはどうやって逃れたんだ?」

「―――あ……あのひとは……」

 今までセトのことをすっかり忘れていた自分に気づいて、ユティアは驚いた。カディールたちの顔を見ていたらもうすべてが大丈夫だと安堵しきっていたから。

「えっと……わからないの」

 ユティアは突然どこかへ消えてしまったことを説明した。

 すぐにシオンも戻ってきて、ユティアの話に耳を傾ける。

「昨日へんなひとに馬車を壊されて……御者のひとは茂みで死んでたし、でもセトってひとはそのままいなくなっちゃって。国境が閉鎖とかって……」

 ユティアにも事態が飲み込めていないせいで、説明が酷く曖昧な上に順序もおかしかった。それでも何か得るものはあったのか、カディールとシオンはお互いの顔を見合わせて頷きあっていた。

「心配すんな。俺がいればもう大丈夫だ。変なやつとか気にすんな」

「それもまた根拠のない自信だけどね」

 力強いカディールと穏やかなシオン。二人の声がユティアの脳裏で溶けて、心地よい安堵感を生み出す。

「明日にはとりあえずサルナードに帰るからな。今日はさっさと休んどけ。やっぱ疲れてるだろ」

「……う、うん。そう、かな」

 疲れとは少し違うような気がするけれど、昨日は緊張で安眠できなかったことは確かだったから、素直にその言葉に従うことにした。

 だから、シオンがそっと窓際に寄って、馬に乗るライと静かに目線を交し合ったことには、ユティアはおろかカディールも気づかなかった。


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