2
「つ、着いた……」
午後になって到着したフェイの町は、ユティアが住んでいたラタの町より小さく、農家ばかりの長閑な風景が広がっていた。
ライは剣を腰に帯びていたが、馬車で半日の距離の間それを使うことはなかった。彼はくったくなくよくしゃべり、国境が解放されてカストゥールからやってきた旅人なのだと言った。
「ここからなら乗合馬車も出てるんじゃないかな?」
ライは適当なところで馬車を乗り捨て、自分の馬をその馬車からほどきながらユティアたちを振り返った。少し高い位置にある荷台は乗り心地がいいとは言えなかったが、階段まで取り付けてくれていたおかげでなんとか乗り降りは自分でできた。こんなところまで、いつもはカディールたちにまかせっきりにしていたのだと気づく。
「あの、ありがとうございました。おかげで道中はつつがなく過ごせましたわ」
「じゃあオレのこともう信用してくれた? お嬢ちゃん」
「―――これほどの短期間で得られる信用など、儚いものでしかありません」
リトルセはあくまで冷静だった。相手が誰でも物怖じしない口調に、ライは機嫌を悪くするでもなく、ただ少しだけ驚いた様子でリトルセを見つめ返した。
「へえ? なっかなか言うじゃん、かっこい~ね」
毅然とした態度を崩さずにさっと町の中心のほうへ歩き始めるリトルセを、ユティアは慌てて追いかけた。彼女の身分や育ちを知らなければ、大人たちには生意気だと思われてしまうだろうその雰囲気も、柔らかくかもし出す気品が見事に押し隠すのだ。
「本当にただあてのない旅をしているのですか?」
後ろから馬の手綱を引いてついてくるライに、リトルセが振り返らずに尋ねる。それは馬車の中で幾度も繰り返されたこと。そして、彼の返事もいつも同じだった。
「うん。別になにも。エヴァン王国に来るのは久しぶりだけどね」
嫌な顔せずに、彼は何度も答える。
(……リトルセには、そう見えないのかもしれない)
だからきっと同じことを何度も尋ねてみたくなるのだ。
つまり、彼が嘘をついているのではないか、と。
とはいえ、疑っていてもきりがない。ともかく今は、彼のおかげで馬車を使い、安全に人の住む町まで辿り着けたのだから、素直に感謝するべきところだった。
(わたしはまだ、言ってない)
たった一言の礼すらなにも。
ユティアは人見知りする性格ではなかったが、やはり赤の他人をどこかで恐ろしいと思ってしまうのをやめられなかった。もう殴られることはないのだとわかってはいるつもりなのだが、それでも……。
馬車の中でもリトルセは彼の明るい会話に答えていたが、ユティアは聞いていてもほとんど口を挟むことができなかった。彼は底抜けに明るく、ユティアが心配するようなことはなさそうな雰囲気なのに、不安がよぎるのだ。
それを断ち切るように、彼を少し振り返る。
予感などは何もなくて……ただ、自然と。
「―――あ」
ユティアが思わず声を上げ、リトルセも振り返った。
ライの後ろから誰かの手が伸び、その首元に銀色に輝く冷たいものが隙なく添えられていた。
彼は苦笑……していたのだろうか、曖昧な表情ではらりと手綱をその手から落として丸腰だと示すために両手を軽く挙げた。
「動けば首はないぞ」
それは有無を言わせない口調。反論の余地はなかった。
だが、聞いたことのある声のような気がして、ユティアはゆっくりとその銀の刃を持つ人物の顔を視界に入れ―――。
「―――あ、違……っ」
思わず叫んだ。けれど、それは遅かった。
剣を素早く持ち替えてその柄でライの後頭部を殴りつけたカディールは、一瞬遅れてユティアの呟きを吟味したところだった。
だが、そのときにはすでに、ライの意識は強い衝撃で奪われ、地面に倒れていた。