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『お前が生きていればいい。……エンディーン』

 そんな声を、聞いた気がした。

 初めて、彼にその名を呼ばれた。

 これでもう、リースと呼ぶ者はまわりに誰もいない。やっとこれで、『エンディーン』になれる。

(……よ、かった)

 そう思うのに、心はどこか、晴れていないことに気づく。

(セイン)

 代わりに、呼びかけたつもりだった。

 だのに、この暗闇では誰も振り返らない。彼を犠牲にしてまで生きていいのか。そんな自問が聞こえる。

(リン、姉さん……)

 だがエンディーンは気づいてしまった。自分の中の醜い欲求に。

 ―――生き、たい。

 何を、誰を、失っても。

『だから、生きて』

 か細い、声。

 約束を破る自分にも、彼女は最後までその笑顔を守ってくれた。

 もうこれで、何もかも捨てたのだ。

 過去も、家族も、たった一つ残しておいた少女すらも。

(本当は……生きて、彼女と……)

 少女の幸せの、すべてを守りたかった。誰に預けるでもなく、自分の手で。

 けれど、イデアがいたらそれも無理だった。あの殺人鬼は、いやおうなくエンディーンに過去を思い出させる。ただ剣を渡してしまえば楽でよかったのだろうが、そのまま生きていくことはできなかった。

 過去と決別。

 それは、未来をもなくす。

(だからもう、貴女を守れない……)

 すべてを切り捨ててきたのだから、憎んで憎んで、そして忘れてほしかった。

(リトルセ、様)

 泣かせてしまうかもしれない。

 けれど、いつかまたあの輝くような笑顔を取り戻して、自分ではない誰かのために、幸せでいてほしい。

『お前の過去、俺が残らず消してやる』

 セイン―――ただ一人の戦友。

 そんなの無理だ……どこかで気づく。

 だって、彼の存在そのものが、エンディーンの過去を象徴する。消すことなんて、できない。わかっている。見ないふりをしていただけだった。けれど、そういうふりができるだけでよかった。

(……セイン、何処へ……行く?)

 何故かその後ろ姿が、遠ざかっていった気がした。

 捕まえようと、腕を伸ばすのに。

 届かない。

 遠すぎて……。

(っ!)

 ふと、明るい光が、一筋差し込んできた。

 眩しい。

 けれど、そこへ行かなくてはならない。

 目を、開けて。

 前を見て。

 そこにあるものは、たったひとつ。

 希望だけなのだから―――。



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