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 ユティアたちが案内された部屋は、階段をずっと下りた地下にあった。

 ひんやりとした大気が、流れることなく沈殿しているかのようだった。

 むき出しの大きな白い石の壁は、ランタンが少なくても部屋中を明るくした。天井も高く、広々として見える。

 その部屋には、寝台ひとつだけがあった。

 枕元に座っていたジェイドが、ユティアたちの気配にも気づかないのか、昏々と眠るエンディーンの額に軽く手を当てていた。そのそばではリトルセが膝をついて、彼の手を握り締めていた。

 声をかけるどころか、息をしてもいけないような気がして、ユティアは静かに深呼吸した。

 少しの足音すら、よく響く。

 息苦しさを感じ始めたころ、ジェイドがやっと顔を上げた。立ち上がらずに、身体ごと振り返り、やっとユティアたちに気づいて、無表情だった顔に少しだけ穏やかな色が混ざった。

「……エンディーンは、どうなんだ? 大丈夫なのか?」

「いいえ」

 ジェイドは、取り繕うことなく、はっきりと否を告げた。三人がそれぞれ息を呑む中、リトルセだけはすでに聞いているのか、顔を上げなかった。

「これは呪詛。生命が急速に流れていますから、私が留めていても長くて十日、生きられるかどうかでしょう」

「な、なんだよそれっ!」

「貴方が途中で止めたから、すべての生命が流れ出ずに済んだのでしょう」

 カディールの激昂にも、まるで動じずに、水のような緩やかさで、彼は言葉を紡いでいく。

「目を覚まさせることもできますが、ますます生命を流すだけです」

 十日間もこれでは生きているとはいえない。

 話もできず、リトルセはただ、そばで見ているしかできない。

 冷たくなっていく手を握るだけで。

 ユティアはエンディーンに近づいた。先ほどは苦しそうにしていたが、今はただ眠っているだけのように見える。ただ、その白すぎる顔色だけが、エンディーンの生死をわからなくさせていた。

「方法は、何もないの?」

 助けるための。

 努力は何も。

「ありますよ」

 ジェイドは、これもあっさりと口にした。

 あまりにも淡々としていて、ユティアは本当にあると言われたのかしばらくわからなくなるほどだった。

 だが、ユティアの手を冷たい手がそっと握ってきた。

 リトルセが、顔を上げずにただ首を振っていた。

「いけません……ユティア、様」

「え?」

「私は、魔道使いでは、ありませんけれど、少しくらいの知識は、あります」

 つながる手はわずかに震えていたが、その声はゆっくりながらもはっきりとしていた。

「どういう、こと?」

 魔道使いとしてようやく自覚のでてきたユティアよりも、様々なことを学んできたリトルセのほうがその知識はあるのだろう。だが、彼女が口を開く前に、シオンがユティアの肩にそっと触れた。

「この呪詛を、解くことはおそらくできます。ユティアでも」

 難しいことは何もない。

 それなのに、シオンもリトルセもその術を知りながら、やらない。

「けれど、解いた者が今度は同じ呪詛にかかるのです」

 エンディーンを救う方法は一つ。

 ほかの誰かが、犠牲になればいい。

 呪詛は、連鎖。発動すれば、必ず誰かがそれを受けなければならない。かけた相手が剣では、呪詛返しもできないのだ。

 ユティアは、リトルセの無表情の理由をやっと理解した。

 顔を上げられずに、ただエンディーンの色を失った顔を見つめるだけのリトルセ。乾いたままのその双眸がかすかに揺れていることにも、気づかないで……。

 何も、言えなかった。

 ただ待つしかないのだ。時が刻々と過ぎ、無常なのだと改めて知るために。


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