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エンディーンが倒れるのを、カディールは視界の隅にすら入れることはできなかった。
尋ねるまでもない。
(あれが、イデア)
逸らせない。
一瞬の気も抜けない。
あの不気味なほどの落ち着き。
静謐の中にあっても殺気を微塵も見出せない。笑顔はないのに、幼い表情は守らなければと思わせてしまいそうなほど、彼はただ―――子供だった。
それなのに、あたりの大気を一瞬にして倣岸に従えた。おそらくエンディーンもそこまでは気づけないだろう。それほど、彼は自然すぎた。
(……暗殺者向きだな)
すぐにそう悟った。
この少年ならば、誰もが油断する。人の多い街中ならば、カディールですら、普通の少年と思って通り過ぎてしまうかもしれない。
イデアは、エンディーンには目もくれず、彼が落とした短剣を拾い上げた。鞘に収めて、腰にさす。
捨ててあった偃月刀の鞘も同じように拾って、収めた。
何気ない、一連の動作。
カディールは、それをすべて顔を動かさずに目で追った。剣を抜いていないのに、その手にじっと汗がにじんでくるのを自覚する。
無理だ、と。
カディールは本能で悟った。
背中の剣を抜く間に、きっとこちらの首が落ちる。そう感じて、動けなかった。
指先一つ。
まるで凍りついたかのように。
呼吸も、忘れて。
「なんだ? 終わったのか。つまらないなそれは」
この場にそぐわない、やけに明るい声が聞こえても、カディールの呪縛は溶けなかった。
だが、ふとイデアの雰囲気が変わったことだけを感じた。
王子だと言う少年が、イデアに近づく。
「まだ、終わって、ない。目的、これ、ひとつだけ、じゃない」
手にした剣をじっと見下ろすイデアの瞳は、どこまでも無表情で無関心だった。
「あと、ひとつ。ひとを、探す」
「よしっ。では『地の果て改良版』を試す機会だな」
二人はもう、カディールやエンディーンや、遠く後ろに止まったままの馬車の姿も、忘れてしまったかのようだった。
隙だらけに見える背中を向けて、二人は歩いてどこかへ行ってしまった。
けれど、カディールはそれすら追いかけることもできなかった。
息をずっと、していなかったかのように、苦しい。喉の奥まで乾いているかのようだった。
「エンディーンっ!」
甲高い声に、はっと我に返った。
シオンが必死で抑えていたのだろう、イデアたちが去るまでほとんど気配を感じさせなかった。
カディールは顔だけを動かして少し振り返る。
(……いない)
エンディーンの後ろにたしかに誰かがたたずんでいたはずだったが、そこにはもう人影はなかった。